■ Remainder



[1:Want ]

 ―――ねぇ、一緒にゲームしよう?
 ―――ねぇ、一緒に寝よう……?

 平和になっても彼らのやる事はいつも同じ。二人はオルガを引っ付いて自らに気を引こうと声を張る。その声はMSに乗ってはしゃいでいた時よりも子供らしい。
 二人は彼と同じ年頃とは思えない程幼い。元から子供らしさを備えてはいたが、今の二人は異常に見えた。やはりアレもクスリのせいなのだろうか。……全てをクスリの責任にするのは間違っているかもしれないが、既に二人は来る所まで来てしまっている。幼くなってしまった精神を治療する術は見当たらない。あったとしても二人なんぞに与える事はないだろう。

「うっせーよお前ら……」

 二人の手を引くのは一人。口では二人を拒むような言い方しかしないが、その碧の目は実に優しそうだ。
 二人を見る事に幸福感を感じているのか、本当の意味で二人を拒む様な事はしない。それは幼児化は進むに連れて強くなってきたようだった。



 戦いが終わり、彼らなりに幸せを掴む事が出来た。今、おそらく幸せの中に人類はいる。あの三人もそうなのだろう。
 プラントは前の戦争で堕ちた。地球が破壊される前に空の化け物は潰した。不純な生き物は戦争を終わらせる鍵で一掃した。残党兵が各地で活動しているというが、表向きには地球側、連合軍が勝利したと言っていい―――。その勝利の影には多くの命が散っていった。その多くの犠牲が希望へと変わったのだ。
 ―――自分はあの戦争の中、死んでこいという莫迦な軍人達に比べれば多くの若者の命を救ってやったのだ。
 戦争が終結し、荒廃した大地に平和と繁栄の種を撒いた。そしてこれからこの平和を崩さない為の新しい兵器の開発は進んでいる。まだ完全に宇宙に平和が訪れた訳ではない。空の化け物が存在し続ける限り平和など訪れない。奴等を全て滅ぼす為にも、より強い兵器は開発されている―――。
 三体の生体CPUのおかげか、現在、より高性能な強化人間の開発にも成功している。地球を破壊しようとしたあの恐ろしい兵器も連合に吸収した。怖い物は何も無い。
 自分は『戦争』を終わらせた功績に多くの物を手にした。今まで手にしていたものは更に増え、―――自分は地上の神になった。
 金は有り余る程ある。人望も得た、前々から求めていた物は奪い入れた。欲しい物は何もかも手に入った筈だ。

 なのに何故僕の物にならないんだ。可笑しいじゃないか。



 ―――どんな物でも初期の形態、試作品は全て保管させられる。後の研究の為に、開発の為に、より多くの者達がより幸福になる為にも。
 兵器は戦場で使い終わったらどうなるか。捨てられ燃やされるか、それとも地球の資源に優しいと再利用されるか。
 これからそんな物を後生に伝えないよう封印されるか、過去の遺物だと展示させられるか。
 良くできた物こそ、そのままにしておくなんて勿体無い。今回の戦争で地球に勝利をもたらしたと言ってもいい最高の兵器を……初期の生体CPU達をそう簡単に捨てて堪るものか。
 数々の学者達が所有権を巡って争ったが、自分はそんな『戦争』さえも終わらせた。
 自分が全て手に入れた。―――神なのだから当然だろう。

「―――そう、やっと手に入れたんですよ。……ずっと欲しかったんですけど前は『軍の物』でしたからね」
「……」

 自分が欲しかったのはあの美しい宝石。
 あの美しい光の中に自分の姿を映してみたい……自分だけがそれに映させて良い物なのだと世界に叫びたかった。
 今は、もう誰に咎められる事もない。これは自分の物なのだから。どんな事をしようとも文句は言われない……。

「もう、離しませんよ―――……オルガ」
「……ッ」

 ……もう、どんな事をしようとも。
 これはもう自分の物。欲望の捌け口に使おうが、愛情の対象に使おうが構わないのだ。完全に『僕の物』だと解らせる為に、薬とあの二人の存在をちらつかせて胸の中へ収める。

「でもまだ僕の方には向いてくれないんですか? ……本当に邪魔ですねあの二人は」
「…………」

 心は抵抗しつつも身体だけは従う。元々そう言う交渉だったのだ。―――『交渉』などと人間に使うような高等な言葉では無かったが。
 ―――1つ以外は興味が無かった。必要なのは三つある中の一つだけ。
 ……三つも必要も無かったのにあまりにも五月蠅いから、―――二人と一緒にいさせてくれ、と五月蠅いから残りも引き取っただけだった。
 その宝石がより輝くには残りのも必要だと、だから序でに手元に置いてある……それだけだ。

「放っておけばあの子達はもう眠っただろうに。そんなにして長く生きさせても可哀相だと思いませんか、オルガ?」
「っ……」

 しかし未だに手に入れた宝石は、思った様に輝いてくれない。その輝きを占領しているのは何だろう。碧の宝石は僕を見ない。……僕以外の物しか目に入れない。

「彼らは初期の頃から研究に携わってますから、例え薬を投与し続けてももう遅いんですよ?」
「……うる……せ…………」

 シーツに歯を立てながら、まだ抵抗する僕の宝石。身体は何度も貰い受けようが未だ僕に縋ってきてくれる事がない。そのプライドの高さも魅力の一つだが一向に自分に向いてくれないのに焦りを感じていた。

「早く『無駄』だという事に気付いてくれませんかねぇ? アレ、見てると僕も心苦しくなるんですよ。助からないって判っているから可哀想で可哀想で……」
「……う……るさい……黙れっ!」

 折角綺麗な顔が僕を睨みつけて下品に歪む。やはりそうさせるのも、あの二人のせいか。

「――もう少し丁寧な言葉遣い出来ないのですか? 僕は君の保有者だって忘れていませんよね?」

 顎を持ち、首を上げさせより近くで宝石を眺める。少し力が入りすぎてしまい、痛みで表情を歪めるが、その目が美しい。
 そう―――コレが欲しくて堪らなかったやつだ。
 コレを手に入れる為に少々荒っぽい方法でも戦争を終わらせた―――と自伝に書いたら世界はこの神をどう思うだろうか。

「っ…………ちゃんと……アンタに…………従ってるだろ……俺は、何したって……いいから……アイツらは………………っ!」

 痛みで流す涙に言葉は止まる。そのまま続くものだったら首でも絞めて無理矢理にも止めただろう。
 ……成程。自分のやった事は間違いだったとやっと気付いた。
 アレは輝きを増す物と思っていたが勘違いしていた。逆に自分から光を奪っていたのだ。

「ハハ、『俺は何をしてもいい』―――元々それで買い取ったんですよ。何を言ってるんですか」
「アイツらには……何も………………それが約束…………だろ……」

 約束?
 こんな石ころの分際でよく『約束』なんていう言葉が使える。

 しかし、―――あの宝石はまだ僕の方を向かない。
 神になったのに、―――唯一手に入らない物。

 手に入れる方法は、分かり切っている―――只一つ。



「…………オルガ? 何処行ってたの?」

 不思議そうにオルガの顔を覗き込む一人。必死に僕としていた事を隠そうと慣れない優しい笑顔を作る。

「ね、遊ぼ。僕ゲームしたいな」
「……やだ。オルガは……俺いっしょに寝るの……ね、オルガ……?」

 ―――二人はもう何も出来ない。
 笑い、泣き、遊び、食べ、眠る事しか彼らは行動しない。本来の年齢なら労働しなければならないのだが彼らはその資格が無い。あんな子供に何が出来るのだろうか。只愛する者に甘え、愛を貰って余命を生きる事しか出来ずにいる。

「オルガ……? どっか痛いの? おくすりもらってくる?」

 オルガは改めて二人の状況に判ってくれたのか苦しい表情のまま、まとわりつく二人を見つめていた。
 ……そのまま早く処分した方がいいと気付いてはくれないものか。

「俺の事は心配するな。それよりお前らの方が薬の時間だろ? きちんと飲まなきゃダメだぞ」
「……や……おくすり…………飲みたくない……」
「……クロト」

 笑顔から途端に表情を曇らせるクロトに優しく宥める。
 ―――普通の研究員なら素直に飲む薬も、オルガ相手だと二人は甘えて薬を飲もうとしない。それでもオルガは二人を言い聞かせ薬を飲ませる。
 いつまでも続く絵ではなかった。もうすぐこんな風景を見る事も無くなるだろう―――。

「ちゃんと薬飲んで治療するんだ。そうすれば外でも遊べるだろ? シャニも…………ほら、俺もいっしょに飲むから」
「……クロト、いっしょに飲も……?」
「うん。じゃあオルガ、飲んだら遊んでくれる?」
「だからダメ。…………オルガは俺と寝るの……」



 ―――ステージも低く、比較的症状の軽かったせいかオルガは治療が進んでいる。
 しかし二人はもう手遅れだとあんなに言ったのに信じようとしない。
 外で遊ぶ? ……そんな事、叶う訳も無いのに。短い命を繋げる口実だろう?

「…………あぁ、なんて」

 腹が立つ。
 どうして二人にはあんなにも優しい光を与えてくれるのに僕には見せてくれないのだろう?
 実に、実に腹立たしい。何故奴等には、何故僕には。僕は今や神だ。手に入れる術は何百とあるのに何故―――。

 もう奴等の余命なんか待っていられる程、心の余裕が無かった。





[2:Ask]

 戦いが終わる前の事だ。地球側が勝利した歴史的瞬間の数時間前。牢獄の中、見飽きた筈の宇宙をずっと眺めている二人を見つけた。
 二人はゲームもしないでうるさい音楽も聴かないで宇宙を見ている。その姿が奇妙だった。何があっても自分のスタイルは崩さなかったあの二人が、その日ばかりはそらを眺めている。何故そんな事をしているのか気になって本なんて読んでいられなかった。

「ねぇオルガ、知ってる?」

 寒い廊下に漂っていたクロトが俺を見るなり抱きついて、誰から教えて貰ったか判らない不確かな情報を話し出す。
 此処は何処に行っても寒い。それにクロトは見るからに寒い格好をしているから、人を見つけると襲いかかってくる習性がある。……そのくせ俺は冷たい、全然暖かくならないと文句を言うのだから困った物だ。

「次の戦闘でこの戦争、終わるんだって」

 ……不思議な話だった。次の出撃で全てが終わるという。
 でも俺もピースメーカー隊が何事もなくコーディネーターの巣を潰して全部破壊すれば戦争は終わるんだと聞いた。
 本当にプラントを叩くだけで反抗勢力が居なくなるのかは知らない。けどきっとそうなるんだとあの男は言っていた。

 ―――それじゃあこんな寒い所にいないでちゃんと体力温存しておけよ。
 たとえアズラエルがそう言おうとも、直ぐに戦争が終わる筈が無い。子供を言いくるめる為にそんな見え透いた嘘を考えると機嫌が悪くなる。……気分転換に読みかけの本が読みたかった。それでその場を終わらせようと思った。けど、

「シャニ……?」
「……」

 シャニも近くに寄ってきて軍服の袖を小さく握る。抱きついたままのクロトも同じだった。俺が此処から早く消えたいのも察しないで、二人は動こうとしない。

「…………戦争、終わらなければいいのに…………」

 ―――暫く続いた沈黙の中、そうシャニは呟いた。



 戦いが終わったら、俺達はお払い箱だ。
 潔癖性な人類は平和になれば血を流す道具を壊し始める。もう二度とこんな過ちを繰り返さないように。蒼き清浄なる世界の為に、と。
 ……そう言いながらも数世紀後には大きな戦いになっていくんだ。
 潰し切れなかった兵器の心が人類に染みついている限り。兵器を完全に消さない世界である限り―――

 じゃあ、俺達はどうなるのだろう。
 より良く殺人人形を動かせるよう作らされたパーツはもう世界に必要無いのだから、やっぱり俺達も壊されるんだろうか。
 壊し尽くして、正統な人類は幸せを掴む事が出来ても、俺達は、……。

 戦争が終わらなければ、兵器が無くならなければ俺達は求められる。
 でも戦争は確実に終わりが来る。
 自分達がそれを手伝っているのだから―――。

「俺は、…………終わってほしい。この戦いは特にな……」
「どうして……? 終わったら僕達、多分……」
「バカ。俺達ほど優秀なパイロットは連合にいないだろ。そう簡単に捨てるかよ」

 ……今、こうやって話せるのは、戦いが少しの間休みになるからだ。休みをとる事無く死ぬ事だってあるし、終戦を迎える前に死んでしまう可能性だってある。
 多分今度の戦いは、……『最終決戦』と言われているだけあって厳しい戦況になるだろう。ザフト側の被害は勿論の事、連合も、同じ艦隊にいる連中も、例外なくこの二人も。

 たとえどんな優秀なパイロットでも運が悪かったら死ぬ。今の俺達は、運が良かったから生きているんだ。
 ―――そんなギリギリの生活を、俺はもう送りたくなかった。だから、俺は戦いが終わって欲しいと思う。

 ―――戦死する、なんて考えたくないから―――。
 ……そんな、笑ってしまう程在り来たりな理由だ。

「やだ。…………僕も、終わってほしくない!」

 シャニの呟きに続いて、クロトも声を上げる。しがみつく指は更に強くなり、俺の身体にめり込んだ。ガキは力の加え加減を知らないから困る。

「……なんでだよ。終われば絶対今よりは良い暮らしになると思うぞ?」

 ―――とりあえずこんな牢獄に縛られなくてすむ。
 勿論違う手錠は掛けられるかもしれないけど、それぞれの道が進められる筈だ。自分たちの道へ。
 俺も今からこれから何をすべきか考えなければならない。各自の道へ……。

「…………僕は、オルガ達と一緒にいる方がいいんだよ…………!」



「……何?」

 ……クロトは、昔あんな事を言わなかった。
 昔という程古い話ではない。初戦……オーブ海域で戦った時はこんな甘ったれた事を言う奴じゃなかった。それに、強がりでまず泣かない奴だったのに、どうして感情的に涙を流しているのだろう。

「シャニも……そうだろ!? 此処にいればオルガもいるし、ずっと一緒だし、勝てば薬だってちゃんと貰える……から……っ!」

 ―――こうなってしまった理由は、……やっぱりアレのせいだろうか。
 精神を病ませる悪魔の薬。全てをそれのせいにするのは間違っているかもしれないがヒトをおかしくさせてしまう物には違いない。クロトとシャニはずっと長い時間薬と共に暮らしてきた。あの薬を使い続ければ死んでしまう。……段々とその効力が出てきてしまったという事だろうか。

「終わったら……オルガいなくなっちゃうんだろ? そんなのっ、…………いくら『平和』になったって…………僕は、嫌だ……っ!」



 ……この状態で戦闘に出したらどうなる?
 強さを最大限に引き出す物なのだから問題無い?



「俺も…………嫌だ」

 クロトの泣き声に続いて、シャニが体重を掛けてきた。
 一気に二人の重さが掛かり、不安定な重力の中立っていられなくなってしゃがみ込んでしまった。そんな膝の上にシャニは乗りかかってくる。目には巫山戯た色は無い。これの何処が強さを最大限に引き出したものなんだろうか。

「終わっちゃ、嫌だ…………」

 …………こんな『子供』をあの死界に送るなんて、許せない。



「―――そんなの簡単だろ」

 もうすぐ純粋な人類は『平和』を手にする―――と男は語る。
 俺達はその少しを分けて貰えれば良い方なんだ。分けて貰う為には、―――第一に、生き残らなければならない。

「戦争、終わっても一緒にいよう」
「…………」
「約束だ。………………これでいいだろ?」
「……いいだろ、って……だってそんな事……」
「いいんだよソレで。三人で一緒にいよう。対策がある訳じゃない。けど絶対に戦争が終わったら俺はお前等と一緒にいるから」

 ―――いてみせるから。
 安心しろ。それでもう悩む事はないだろう?
 だから絶対に。
 ……。

 秘策なんて物は無い。
 只、その時の二人が……決戦で消えてしまいそうな程脆かったから何とか元気付けたかった。三人で一緒にいる事が出来るならそうしたい。だけど俺達にそんな権利は無い。

「約束……してくれる?」

 子供のように首を傾げ、ぎゅっと俺の手を握ってくる。

「あぁ。何なら指切りでもするか?」

 冗談で言ったつもりが、―――二人は小指を出してくる。

「死ぬまで……一緒でいい?」
「死ぬとか言うな。…………俺達は『優秀』なんだぞ。そう簡単に死ぬ訳ないだろ」

 指切り。
 こんな事をする年齢ではない筈だが、それでも二人を安心させる事が出来るのなら、と俺も指を出した。

 ……本当は違った。
 二人を安心させる為に約束したんじゃない。自分を安心させる為に口が滑ってしまっただけだ―――。



 元上司が俺の前に現れて状況を説明し出したのは、それから一週間も経っていなかった。その一週間の間に多くの事が世界では起きていたらしい。
 だけど俺には、『終末の光』を見た時点で全てが終わっている。
 ―――三つの機体が落とされも連合軍は勝利した。
 この男の勇気ある決断により地球は護られた。コーディネーターは絶滅を辿り、ブルーコスモスは理想郷を手に入れた。そして、


「戦争が終わってもう兵器は要りませんからね。生体CPUもこの幸せな世界には邪魔なんですよ」
「――」

 もし彼奴等がいたなら、この男をぶん殴ってでも聞かせなかっただろう。
 二人は自分の存在を否定されるのを嫌っていたから、此処に居なくて良かった。
 此処に居なくて、……。

「ですがそのままゴミ箱に捨てるのには勿体ない。なので僕、君だけは買収してきたんですよ」
「――」

 軍艦の牢獄の代わりに新しく掛けられた手錠を引っ張られる。引っ張ったのは勿論この男で、俺は完全にこの男の所有物になったらしい。
 俺だけが。……。

…………あの二人は……。

「クロトとシャニの事が心配ですか? 多分、他の裕福な所に買われたんですよ」
「――」

 ……もっと、良い言い訳が出来なかっただろうか。
 弱まっていた二人に、何故あの時『一緒にいよう』だなんて言ってしまったのだろうか。彼奴等は、……それを信じて生き残ってしまったのに。

 いいや、彼奴等はそんな言葉なんて覚えてないか。
 そんな言葉を引きずっているのは俺だけで、彼奴等はその裕福な所に引き取られていて自分たちの道を進んでいるのだろうか?
 結局、俺が一番弱いんだ―――。

「少しずつリハビリをすれば君だけは直ぐに元の身体に戻れる筈です。貴男の為なら僕は何だってしますよ」
「――」

 ……何で此奴、俺を買ったんだろう。よく言う事の聞くガキの二人の方がペットには似合ってたんじゃないか?
 今までそう扱ってきたくせに簡単に捨てやがって。

 ―――君だけ、は?

「………………何だ、それは」
「あぁ、安心した。ちゃんと喋れるんですねオルガ。良かった、そんな所まで欠陥だったら買うの迷いますよ」

 良い子だ、と宥めるように頭の上に手を置く。反射的に振り返ってもう一度同じ言葉を繰り返した。
 ……何だ、なんなんだそれは。

「わざわざこちらが片付ける必要も無いという事ですよ。もう寿命も近いんですから、放っておけば―――」



 ―――だから、そんな事異変が生じた時点で判っていたんだ。
 駄々を捏ねて泣き喚いて、ずっと離れなかった二人。『使い続ければ死んでしまう』と知っていながら俺は約束した。口が滑ってしまっただけ―――。

「さて、どんどん我儘を言って下さいね。もう貴男は僕の物ですから全部叶えてあげますよ。やりたい事でも、欲しい物でも何でも言って下さいね」
「――じゃあ」

 この世の神になった男に縋る。



 ―――どうか、あの二人を。



 大切な二人を、俺の元に返して下さい。





[3:Remainder]

 ―――なぁ、明日は何をしようか?

 淡く微笑む二人に声を掛ける。新たに買われた身に与えられた空間は少し小さく感じたけど、体温を感じ合うのには丁度良い大きさだった。微笑んだその吐息もこの距離なら感じられる。白い、病的なイメージばかりが思いつくベッドには沢山の物が積み上げられていた。
 沢山遊んでいる姿の、何処が『病的』なのだろう。誰もがそう思う。
 何か聴きたい曲があったか? まだ読みたい本があったか?
 ゲームで一緒に遊んでやってるか? しつこいくらい尋ねても笑顔を返してくれるだけだった。
 ―――だって、それしか選択肢が無いのだから。
 今はこんな小さな部屋でしか遊べない。けれども十分満足していた。

 一日の終わりは毎日の約束を交わして、二人と別れる。
 明日もその約束が出来るよう祈りながら明日を迎える。
 夜までいよう、ずっと一緒に寝ようと強請るがその願いだけは訊けない。成る可く二人の為に時間を割いてはやりたいが、夜も―――また、二人の為にしなくてはならない事がある―――。

 その度に、……俺達の事を嫌いになったの? と、部屋から離れようとする時に決まってどちらかがそんな事を訊いてくる。
 不安げな顔に気付けば直ぐに笑ってやって、そんな莫迦な、嫌いだったら今日此処に来る訳ないだろ? と何度も言い聞かせてやる。
 安心するまでずっと抱いて、耳元で言ってやる。抱きついたまま眠ってしまう事もある。が、抱きしめれば別の事に気付く。

 ―――二人の軽さ。
 躯が軽い。同じ年頃の少年なのに、共に生活をしていた者なのにどうしてこんなにも華奢になったのだろう。辛うじて命に繋がれている躯。命も、軽い。管理している側にしては二人が重く扱われる事なんてあるのだろうか。
 ……でも、きちんと二人は体重を掛けてくる。息をして、鼓動させて抱きついている。
 ちゃんと生きている。
 死ぬまで生きている―――。

 MSに乗って宇宙を駆けていたあの時も楽しかったが、今の方がずっと楽しい。
 声を掛け合い笑い合って、お互いを感じ合うその毎日。元気になれば外にだって出よう。

 三人で、沢山、たくさん楽しい事をしよう―――。



 一人の顔以外は全く判別も出来なくなってしまった二人とは、いつもベッドの上で幼い言葉を通わせ合っていた。
 楽しい曲を聴いて、大好きな本を大好きなひとに読んでもらう。一緒に仲良くゲームする事もある。
 そんな行為だって彼らにとっては唯一の時間だった。元々は読書も音楽鑑賞も閉鎖的な世界故に身に付いた遊びでも、今では只の暇潰しではなく既に呼吸の一つとして組み込まれている。大好きなひとと共に本を読み、音楽を聴き、遊ぶこと―――それを、どうか最期の刻まではその呼吸が続いていてほしいと思う。

 今まで苦しんでばかりだった。
 二人は俺以上に痛いと何度叫んだ。
 助けを呼ぶ言葉を何度嘆いてきただろうか判らない。
 けど許された時間に見せた笑顔があった。
 決戦の前に、感情的に流した涙もとても明るくて、眩しいものだった。
 戦いが終わってからどんな顔で過ごしていたのだろうか。悲しいものだったか、それとも二人なりに幸せに暮らしていたのだるか?

 俺のせいで再び一緒に暮らす事になったが、それでも二人は喜んでくれた。
 再会した時の笑顔。―――そのまま、最期までいてほしい。
 あの苦しみから解放される最期まで、笑っていてほしい。

 それだけを願って神に縋り付いた。
 どうか、―――どうかあの二人と共に歩ませてくれと。

 最期、までは
 息が途切れる、最期までは―――。



「―――ねぇ。シャニがいなくなっちゃったんだけど、どうして?」

 当然の質問をクロトはする。
 少し広くなった白い建物に違和感を感じたんだろう。いつも隣にいる筈の影が無い。いなくなってから数日経つ。何とか気付かせないと努力してきたが、臆病なクロトを不安にさせてしまった。力不足だ。
 白いベッドに山積みにされたCDは、もう無い。必要無くなったから片づけられた。元から其処には何も無かったかの様に奇麗に処分された。
 ベッドから伸ばしてきた細い手を掴んで、思いついた言葉を述べる。

「…………シャニはな、前に外……行きたいって……言ってた……だろ? ……それ、叶えてもらったんだよ……」

 いつか鈍感な此奴が気付いた時、言い訳に使おうと思った言葉を言った。巧く言っても言わなくてもクロトはオルガの言う事ならば何でも信じる筈だ。現に、

「えっ? いいなーっ、でも何でシャニだけ!? ずるい!!」

 不自然に途切れながら話しても通じてしまっている。普通なら少しは怪しむ所もクロトには其処まで届かない。

「お前はその時、外に出るくらいだったらゲームしてるって言ってただろ。だからシャニだけ……な…………」



 ―――掴んでやっていた手が震え出す。
 クロトの腕が振るえているのではない。虚言を放つ度で押し寄せる波がオルガを襲った。今までは我慢できていたものが最近では全然勝てない。特に涙腺は柔くなっているようだった。でもそんな小さな動きにもクロトは反応しない。
 少しずつ光を映さなくなる目は、今ではどれくらい役に立っているだろうか。只今は、強く握られる手に喜ぶだけ―――。

「じゃあ、僕も外出る! シャニと同じ所行くから!」
「――」



 ……いつか、誰だってそうなるんだ。
 どんな人間でも、―――人間であればいつかは死ぬ。それが早いか遅いかはその者の運命次第。
 自分もそう長くは無いとオルガは知っている。
 でも今こうして笑うクロトは知らない。普通の人間より少し早いだけだからだ。
 …………そしてシャニは、少し早すぎただけだった。

「……そうか。そんなにクロトは俺と遊ぶよりは嫌か。……外行く方が良いんだな」
「えぇっ!! そ、そういう訳じゃなくて……!」

 一所懸命に否定する。勿論そんなに必死に言われなくてもクロトの気持ちは分かっていた。
 オルガが嫌だ、なんて言う訳が無いと。絶対に

「僕……オルガと一緒にいきたいな。シャニと同じ所に」

 そう言ってくれると判っているのに

「――」



 一方的に約束したのを、今のクロトは覚えているだろうか。

 戦争、終わっても一緒にいよう。
 約束だ。ソレでいい。三人で一緒にいよう。
 対策がある訳じゃない。長く生きるとか普通の子供のように駆け回る事がなくても、絶対に戦争が終わったら俺はお前等と一緒にいるから―――それでもう悩む事はないだろう?

 オルガはハッキリと覚えていた。――――――自分が生かされている、約束を。

「一緒にいきたいな、か」

 ―――いてみせるから。
 安心しろ。それでもう悩む事はないだろう?

「駄目? ……いい、だろ……?」

 だから絶対に……。

「あぁ、逝く時は一緒に逝ってやるよ―――」





 ある日、宝石の価値が無くなっていた。
 宝石が輝きを無くしてしまった―――輝く事を諦めたのだ。

 宝石は小さくて軽く、強く握れば砕けてしまうものだった。
 砕かれ、バラバラに粉々に飛び散る宝石。その赤の破片を片づけるのも大変だろう。飛び散った『血』もあの高貴な物だと思うと捨てるのも勿体ない。―――誰のかも判らない程の血液さえも愛おしく思っていたのに。

「………………はぁ、結構高かったんですけどねぇ」

 今まで大切に扱っていたものを壊してしまった。
 けれども悔いは無い。長い時間一つの物に対して楽しめるなんて久しぶりだった。―――最後の最後まで、碧の光は自分の元へ還ってくる事が無かったが。
 飽きっぽい神に一時の楽しみを与えてくれた。砕かれてからこそ、本来の輝きを手にいれられた。屑箱にいく筈だった塵を拾って可愛がったなんて神らしくないが面白いと思う。
 一瞬でも執着してしまった自分を、後に笑う術が出来た。それだけで未来の収穫にはなるだろう。

 砕けた宝石―――亡骸に一度口付けてから、ゴミ箱へ捨てた。

「まぁいいでしょう。どうせ代えの玩具はいつだって手に入りますしね」

 元からあるべき場所へ。





 END
 1/04.1.6 2/04.1.18 3/04.2.9