■ Dure



 オルガから奪うように本を貰った。何を読んでいるんですか、と興味も無いのに社交辞令として訊ねてみれば面白い程に彼は語った。自分の好きな物に関しては熱く語る、大人しい青年だと思っていただけに不思議な感覚をみた。そんなに本が面白いものかと、彼が今現在読んでいた本を見せて貰う。しかし小説というものを直ぐ見る事は出来ず、そのまま奪ってきた。その時、……何か言いたい事があったのか、ずっと彼はこちらを睨み続けていた。

 いつも自分が読んでいる本に比べれば字の感覚も広く、文章も幼稚で子供が読むような物語。どこが面白いのかは子供に聞いてみなければ分からない程。何が彼をあそこまで夢中にさせるのか理解出来ない。一体何があの熱い性格の鎮静剤となるのか。そう言えば他の二人も違う『子供騙し』で精神を落ち着けている。どれも自分が知らない事だった。心を沈める物。つまらなくも感じていたが、興味深い事には間違いなかった。

 彼らが好きな事を全てこなしてみる。だが、自分自身が満たされる事は無かった。何故か。

「同じようにやってみれば、いつか理解出来る時が来ると思った…………んですけどねぇ」

 面白い、と言われ奪ってきた本を捨てる。自分が特別感じない特殊なのか、彼が特別感じてしまった特殊なのか。どんな分野に問い質せば解ける答だろう。

「少しは理解してあげようと思ったんですよ…………この僕が、ね」

 部屋の大椅子に腰掛けながら、独り言のように呟く。だがそれは『ように』。実際の独り言ではない。部屋に篭もる一人の為に言い聞かせた呟きだった。

「ほんの少しの興味なんですが、知りたいんですよ。君達がどうやって心を埋めていくのか」
「………………ん…………っ」

 呟きの中に、―――か細い声と振動音が混じる。それと鳴き声が。



「ぐ、ぅ……んっ……ぅう…………!」
「何を―――泣いてるんですか?」

 クロトの震える小さな声を無視し、呟きを続ける。猿轡を噛まされ、懇願も殺されている姿を見ながら笑った。もうどれだけ置いておいたか忘れてしまったが、乾いてはまた出る涙の量に長時間放置していた事に気付く。おそらく長い読書が始まる前にはやっていた。その間に何回死にかけた鳴き声か、考えただけで愉快になる。

「う……っぅ……、ん……んぅぁ……」

 無い体力を振り絞って、クロトは身を捩る。きつく芸術的に拘束された体が僅かに揺れる……程度で逃れる事は出来ずにいた。簡単に逃げ出せるものならとっくにこの部屋は一人になっている筈だ。それ程、長い時間が経っていた。

「ん……ぁ……っ、う……ぅ……ぁ…………あ!」

 無造作に突っ込まれたモノが、下から躯を蝕んでいく。繋がれたままのクロトは喉を仰け反らせた。ビク、ビクと激しく痙攣する。その光景はどう見ても異質で、大きく見開かれた目はホラー映画の魔物のようにも見える。

「無く必要なんて、無いでしょう? そうやって君達はお互いの心を満たしていたんじゃないのですか?」
「や……ぁ……ぐ…………っ」

 淫らに揺れ、何度も絶頂を迎えている体には絶対に触れなかった。今の状態に直接させたのも自分ではない。確かに自分は今部屋で行われている情景が見たいと思った。見せろと言った。クロトを壊したのは見せろと頼んだ数人かであって、自分は一度も手を汚していない。もう飽きたと言いその数人は去っていったが、置き土産として一人で楽しめる物を置いていった。我が部下ながら良い仕事をしている……。

「んぐぅ……っ、……い…………んぅ……っ」

 言葉に無い言葉をずっと述べている。助けてくれと、止めてくれと叫んでいるのは勘だが気付いていた。だがその言葉に信憑性が無かった。
 助けてと泣いているが、その声のどこが嫌がっている声だというのだろうか。涙を流しながらの喘ぎにしか聞こえない。
 それに、彼は常にこうして心の透き間を埋めていたのだ。自らやっていたとも聞いている。なのに、何故今更嫌がる必要があるのだろう。

「何が―――違うんでしょうねぇ」
「っぁ……んぅ……ぁ……っ!」

 ……奪ってきた時、本と『コレ』を同時に奪われ、何かを言いたそうに睨み続けてきたオルガ。
 面白い、好きだ、―――愛している。何故こんな物が好きなのか訊いた時、あそこまで熱く語ってきたものが二つ、自分の手で奪ってきた。
 しかしそれもおかしな話。大切な物ならば何故「返せ」と言ってこなかったのだろうか。

「まぁ、自分の立場を十分に理解していたって事でしょうけど」

 蠢く二本の無機質はクロトを捕らえたまま、逃れる事の無いように呪縛されている。その周りを彩っているのは本能で出した蜜などではなく、……他者の体液と己の血液のようだった。

「んゃ……ぁ……ぁ……っっ!!」

 体を抉り続ける物。不定のリズムで動く物に永遠と翻弄されていく。助けてと叫んではいたが、一体どこに向かって叫んでいるのか、目はあらぬ方向を見ていた。

「あっさり明け渡したという事は…………コレは、いらないって事だった、という事なんでしょうか」

 奪った時の原型を留めていないそれを見つめながら考える。捨てられた本を。
 いらないと思ったから何も言わなかった? そうとは思えない。何度も読んでいるような本だ。重宝していたような小説だ。おそらくこれからも読みたいと思っていたのではないだろうか。そうでなければ、こんなボロボロの本を手元に置いておくだろうか。

「僕が貰ってしまっていい……って事なのかな?」

 意を決して近づき、それを狂わす物を引き抜いた。

「ぅん…………ッッ!!」

 絶頂に達した時と同じような呻きと共に、部屋に堪る全ての音が止まった。
 つまらない、と感じてしまったものだ。直ぐに捨ててもいいのだが、もう少し楽しんでみたいとも思う。どうして彼は好きなのか。どうやって好きになったのか。全く同じやり方で確かめてみるのも、良い時間潰しになるかもしれない。元々、本とはそういう物だ。何かを見つける為の時間を無くす事ぐらい大目に見なければ。



 彼の目を想い出す。
 奪われた時のあの睨み。自分の手の届く場所に置いておきたいという欲求が身に染みた。あそこまで、彼を束縛するものは―――。

「飽きたら、後できちんと返すべきですね。……つまらないと思いますが、試してみなければ文句を言う資格も得られません」



 捨ててしまった本を拾う。この部屋には無い埃を振り払った。『こんなモノ』でも彼にとっては命の次に大切なのかもしれない。そこまでいかなくても重要な物には間違いなかった。
 本当に彼を満たすモノとは何か。



 ―――――――――壊れかけのソレ『自身』より。



 その方が、興味深かった。





 END

 04.10.6