■ Runaway



 ずっと走って、走って……走って―――。
 届くと信じて駆け続けてきたこの時間。時という概念は無い世界にひとつ、最後まで地獄を視ている者が居た。
 すべてから解放されてもうひとり。何をするのにも自由で、縛るものも無ければ縛られるからだも無い世界。そんな考えも生まれない、何も無い空間にひとり―――ひとつ、意思があった。

 走れば救われると想っていた意思が。

 千切れた足が其処にはあった。本来の、生まれ付きの身体は消え去ってしまったが新しい形で歩む事が出来ていた。あの身体に特別未練は無かった。確かにあの姿で笑えば彼らは喜んでくれた。怒ればいっしょに怒った時もあったし、泣けば慰めてくれる事もあった。しかし、今在る新しい意思の形で笑い怒り泣いても、彼らなら笑い怒り慰めてくれるものだろう。

 そのひとつひとつの行為が好きだった。在り来たりな感情表現。それでも受け入れてくれる彼ら。身勝手に笑ったとしてもずっと見守ってくれていた。そのずっとがこれからも続けてきたかった。だから意思は捜している。走り、先に逝ってしまった意思達を追って。

 時間はたくさん流れていった。自分がこんな姿になって、あの世界はどれだけ月日が流れただろう。今見れば信じられない出来事が繰り広げられているかもしれない。それだけ、時間は流れていった。

 同じように、人々も在るべき場所へたくさん流れていった。自分と同じ方へ辿る人々もいれば、あの辛く暗い世界に残って、ずっと続く世界を歩いていく人々。楽になって消えてしまうのと、辛くても生きる世界。どちらが良いかもう結論付ける必要も無くなってしまった。人々は流れていく。ひとつひとつ運命付けられた流れに。

 走った。流れの中を。どんなに流れていく中でも、自分で軌道を作る。どんなところでも、必要なのはあの記憶。懐かしいあの時の記憶の二人。

 追いかけていた。追いかけても手に入れたかった大事なものがある。例え運良く生き延びても死んでしまっても必要なものがある。それに死んでから気付いてしまったらしい。天国かもしれない場所に来たのに死に物狂いで半身を捜し続ける。

 苦しい想いをしてでも手に入れたかったものがある。

 生前にそうやって得たものはもう手に出来ないだろうけど、今はその願いさえ叶えられれば構わない。

 だから願った。
 願いを祈った。
 祈りながら走った。
 走って、追いかけて

 ―――追いかけてやっと。



 我に返った。走るという事だけに囚われ過ぎていたのか、留まっている自分に違和感を感ずる。陰が自分を抱きしめている。真っ黒で視覚的には誰なのか何なのか判らない。だが不快感は何処にも無く、あるのは暖かさだった。
 確信する。これが自分が求めていた『彼ら』だと。
 これが己のもうひとつであり、ほんの少しの離ればなれで確信した半身達であると。

「…………オ………………、シ…………」

 きけない口を開き、泣いた。小さく幼い子供のように泣きじゃくったつもりだが、実際にどう彼らに写ったのかは判らない。記憶の限り、陰に該当する名前を、名前達を呼び続けた。

「オ…………、……ャ……っ、……ル……ッ!」

 叫ぶ様に。嬉しさの涙で顔をぐしゃぐしゃにさせる。それでも陰は優しく微笑みかけ、抱きしめ、暖かい言葉を投げかけぼろぼろの身体を癒した。笑み、抱きしめる力強さ、ふわりと暖かいもの……全てが欲しくて啼いた。走るのは終わった。今はもう苦しく辛い想いはしない。しなくて済む。―――只、共に生きるのみ。

 ―――だがそこで意思は消える。

 未練が無くなり、願いを手に入れひとつになったそれの話は終わる。この刹那が生の世を離れてからどれだけの時間が経ってからなのかは判らない。たった一瞬なのかもしれないし、一日なのかか三日なのか、―――ちょうど一年の月日が経ってからか。

 どんなに長くも短くも、その意思にとっては出逢えた結果で全てが報われた。もう意思は、半身を離しはしない。絶対に。
 ほんの数秒、スタートが遅れてしまった意思の話は、救われた所で完結する。

 同じ様な絶望を抱いた意思を視る事もあるだろう。

 彼らと同じの、出逢いに別れに結末、……それを視る日は、また一年後に迎えるのかもしれない。





 END

 04.9.30