■ Ra-ful
注:とにかく状況を綴っていく話です。そんなの小説言わないというお嬢さん達へ警告。



 家は溶けていた。降ってくる雨は防ぐものはなく素肌に水滴が伝わる。庇うようにして一人を抱いていた躰はすっかり冷たくなって声を掛けても返らない。首にかかる小さな吐息が熱いから生きているんだと確認できるが声を掛けても返ってくることがなかった。段ボールの家はもう崩れ掛けていて、痛い程に雨は降り続けている。濡れないでいられる一人の躰はぼんやりと何処かを眺めているしかなかった。

 その時間がどれだけ続いたのか。唐突に雨が止んだ。雨音は続いているのに僕達の上には雲は無い。助かった。あと数分遅かったらどっちかの呼吸が止まっていただろう。何日もの時間、外の風だけで生き長られていた。雨降り初めた時は絶望した。地獄に来てしまったかと思った。間違いなく周りが地獄へと変化した。こんな簡単に地獄って見る事が出来るものなのか。……あまり知りたくなかった。

 そんな地獄も、家が崩れた途端終わった。抱き上げられて連れて行かれた所は一気に浴室まで飛ぶ。掴まれ連れ去られ、状況を確かめるまでもなくいきなり湯の中へダイブさせられた。熱湯の中に投げ捨てられたとも言う。凍え死にそうなのにいきなりお湯につけるのもさっきと違った地獄だった。痛い上にぐしゃぐしゃに髪を掻き分けられて。騒いでも責め続ける手は止まらず。ばしゃばしゃお湯をかけられ続ける。呼吸困難。窒息。水害。溺死。数々の言葉が頭の端でちらついていた。その間も地獄はまだ続く。死に際から生きさせてくれるのに何なんだこの乱暴な扱い。天国に一番近い地獄だ。何て波瀾万丈な生き方送ってるんだろ。

 一向に止めようとしない手。やっと止まったと思ったら、次の行為に移る為の休憩だった。暴れまくる姿を見たアイツは、ちっとも暴れない姿の方へ移っていった。動かない、凍えた躰の方。一人を庇って雨と戦い続けた方。その結果、吐息はずっと熱く、か細く弱々しいものだった方。あっちの方。いくらお湯をかけても甦らない姿に僕もアイツといっしょに不安を感じた。けどその問題も直ぐ撤回する。アイツの優しい手に撫でられて、凍った顔が少しずつ溶かされていった。気持ち良さそうな顔だった。

 やっと確信出来た。此処は、地獄なんかじゃないと。まだ天国とは言えないけれど。

 渡された飯は暖かくて、暖かいだけでそんなに美味しい物じゃなかった。けど、少しずつ口に運ばれながら食べる。食べていくしかない。凍っていた方も、ゆっくりだけどちゃんと口を動かして熱を蓄えていく。それも食べていくしかないからだ。たとえアイツの手を借りてでもだ。凍っていない側の僕は自分で食事を摂っている。自分で食べられない程弱っていないし、どうもアイツに食わせられるのは嫌だった。アイツの仕草は、全てが乱暴だからだ。とにかく雑だ。そんな事するなというくらいの神経質に見えるけど荒っぽい。折角整えた僕の頭もぐしゃぐしゃにしてくるし、スプーンも口の中へ無理矢理押し込んで飲み込ませる。喉に異物を押し付けられるなんて、溺死の次は何なんだ。こっちも窒息か。乱暴だからコイツは嫌いだ。―――オルガという奴は、嫌いだ。

 あっちの凍っていた氷は大分溶けてきた。それでもアイツは気遣って食わせたりしている。……あっちは食わせられたりしている。飯を貰う……無理に貰われている姿に、おかしな話だけど羨ましいなと思ってしまう。ほんの少しだけど。咄嗟に頭を振るってそんな馬鹿な考えを掻き飛ばす。溶けたのは氷だけじゃないのか、脳もなのか。マトモな考えがまとまらない。水責めの次は熱湯責めで食事責め。次は精神攻撃か畜生。

 美味いか、なんて丁寧に(迷惑に)訊いてくるけど、もう一人の返す側は小さく微妙、と言うだけだった。……でもちゃんと食べている。多分奴なりの照れ隠しなんだろう。まぁ確かに全部食べさせてもらっているのはちょっと抵抗あるし、見ず知らずの奴にそんな事させられるなんて恥だし……。そんな気まずさもアイツには伝わらず、「まだ冷たいな」と食べさせてもらった後は凍った方を抱きあげていた。抱き上げられた側は怪訝そうな顔をする。けど何も言わない。……いつもなら人に触られるのは嫌うアレが、黙って抱かれていた。……アレが心を許すなんてコイツ何者だろう?



 日にちは変わる。今朝もまた昨夜と同じ不味い飯を出してきた。あっちの方はまだ食べさせてもらっている。寝てばっかりで今までもも寝ていて叩き起こされて、心では多分不味いなぁて思ってるんだろうけど、黙って口を開いていた。こっちはこっちで出された物を一人食べている。と、アイツがいきなり頭を一回ぐりぐりして、外に出ていった。あっちとこっち、アイツの部屋に残される。……出ていくのは構わないし、置いていくのもいいけれど、最後のは何さ。折角整えたのにアイツのせいでまた崩された。思う事は只一つ。―――やっぱりアイツ嫌いだ。

「どうする?」 怠そうに背伸びして、食事の済んだあっちはベッドに潜り込んだ。って、結局寝るんかよ。
「どうもしない……」 その返答通り、眠りの体勢に入る。あっちは昨日まで僕を外的から守ってきてくれたんだ。休みたい気持ちも解る。が。
「僕は嫌だね。アイツ、ムカつく」 率直な感想を告げる。 「俺も、ベタベタ触られるの嫌いー……でも」 何を想っているか飯をくれるし寝床も提供してくれるみたいだ。そこら辺は通りすがりのくせに良い人。食べさせたり撫でたりとガキ扱いする所は凄くムカつくけど。
「ここにいれば飯貰えるしー」 もぞもぞ、ベッドの奥に入り込みながらいっしょに愚痴る。嫌い言いながら、アイツの匂いのするベッドで寝てるんだよ。出ようとすればいつでも出られる。今でも出られる。鍵を掛けられている訳じゃないから、直ぐにでも出られるんだ。ドコにでも行くなと言われていない。僕らを縛るものは何も無い。決して閉じこめられているんじゃないんだ。ある理由があってここに留まっている。 「貰える、し…………何だよ」
「ここ、あったかいからー」

 それが、一番の理由だ。外はまだざーざーと降り続く雨。外に出るだなんて、……考えてみれば当然なこと。



 帰ってきたアイツは、さっき食わせた物より数段いい飯を持ってきた。もっと良い物を強請っていた僕の気持ちが伝わったらしい。多分違うけど。さっき食わせたばかりなのに、また新しい飯を盛ってあっちの口へ押し込んだ。流石に嫌な顔をしている。けど今まで食べてなかった分を埋めるためなのか、我慢して口を開いていた。

 奴の目はあっち側しか見ていな……かったけど、僕と眼があった途端向き直り、あっちと同じように抱き上げられた。「わわっ」 その仕草どれも乱暴で、……でも逃げだそうとしても潜り抜けられない程鋭い動きだった。思った以上に細かな動きが好きらしく、柔らかさが特徴の僕らを百中で捕まえる。いきなり抱き上げられて、……こっちは心の準備ができていないのに。

「やめろってば! 離せー!!」 叫ぶと「うるせーなお前は」 なんて笑いながら文句を言ってキスをした。うえ。何でその間隔でキスなんかしてくるの。前後関係が滅茶苦茶じゃないか。うるさいがどうして笑えてキスに繋がるの。訊けない自分が腹立たしいくらい謎だ。

 僕とあっちは同時に抱き留められた。……通りすがりで捨て者だった僕達を拾って、同時に相手…………。コイツ、サビシイ奴なのか? あんな汚い(かった?)僕達を拾ってきて、相当の物好き? ……でもあっちは完全に心許しちゃっている様子。そして、もうアイツの中で眠っている。どうしてこんな緊急事態でも眠れるのさ。人に触られるのは苦手だって自分だって言ってたくせに。嘘吐き。

 こいつの行動パターンは直ぐに読みとれた。なくと直ぐに抱き上げて構ってくる。僕達を構うんじゃなくて、自分から『構ってくれ』と言っているような奴だった。……やっぱりこいつ、凄いサビシイ奴。アイツも何かする訳でもなく、抱いているだけだし。……気味悪く笑ってるし。僕の頭、やっぱりぐしゃぐしゃにするし。こんな奴、あったかいだけで良い所は見つからないから。

 アイツの他に、人が部屋に入ってくる。まだ見た事の無い人間が入ってきてアイツと話す。その最中、眠りに落ちているあっちに話しかけてみる。

「なぁ、脱出する気ない?」「……ない」 答えるのも怠そうに、目を瞑ったあっちは答える。
「じゃあ、ずぅっとここに住む気?」「……それは無い」 一つに留まる事が出来ない性質だろ、のニュアンスを含んで答える。

「でも、今は此処にいるんだよね?」「……あったかい」

 今度は、全く文が繋がらない言い訳だった。けれど頭の中で意味は完全に整理される。とても説得力のある言葉へと。

 部屋に入ってきた奴の片割れが僕の頭に触った。お前もアイツの仲間で、僕の頭をぐしゃぐしゃにする奴だろ。どうして上からのし掛かるような手を下ろしてくるんだ。引っ掻くぞ。……って、痛ッ! くぬやろ。触るな、マジ引っ掻いてやる。痛いって叫んでやがる。ざまあみろ滅・殺! じゃなくて。僕達がいっしょに此処にお世話になるのは決定。ムカつく事もいっぱいあるだろうけど、それぐらい譲歩してあげなきゃ僕達やっていけない。それに一番の理由があるからそれだけでいい。

 あったかい。
 そう、それでよし。



「オっルガー!」
「オ〜ルガぁ〜」

「最近何でコソコソしてんだよ! ずっと………………って、なにこれ!?」
「……なにー? …………ねこー?」

「お前……最近僕達放っておいてた理由って、コレ!?」
「ねこー? ねこー…………」

「こ、こんなの……っ、変なもん拾ってくるなよー! ちゃんと飼えるわけ……しかも……二匹もさ……」
「……オスとオスー…………ねこー……」

「おかしいと思ってたんだよっ、残り物全部持ってっちゃうしさ。不自然だったしっ」
「オスねこー…………びよよーん………………」

「僕達なんかより、猫の方が大事なのかよ……っ!」
「ねこー…………かわ………………」

「こんな―――ってうわっ! 何だよ、引っ掻くなコイツー!!!」
「……猫……ぱーんちー…………」

「痛ッ、……くぬやろー!! 滅・殺! 猫のくせに生意気だー!!」
「オルガー、これ名前付けていいー? ………………え、もう付けてあるの……?」



 あったかい。
 それだけでよし。





 END

 名前は勿論アレ。あっちは猫シャニ。こっちは猫クロトで読・解! 04.9.17