■ SOLARAD 〜Midsummer greeting/free novel〜



 光を見た。
 空は轟音に蒔かれ闇が反転する。
 閃光の連鎖に人々は釘付けになって、空を眺め続ける。
 周りに居る人達も皆、あの光を求めて夜の空を放浪する。

 ―――花火の意義は何だろう。
 華やかに闇夜を殺す事が……勇者の光を意味するのか。
 か細い小さな火が懸命に咲き散らばる事が……命の尊さを教えるのか。
 大きく雄大な炎が空全体に燃え広がる事が……職人芸の素晴らしさを知らしめるだけか。

 初めて見た花火に何を感じ、これは何と理解したのか。
 ……只、激しく咲き、……只、美しく広がるだけのものがどうして心に残るのか。

 今日は、軋んだ記憶の破片を組み直す日のようだ。



 見慣れない玩具を両手に持って嬉しそうに笑っている二人の子供がいる。

「花火、持ってきた」

 単語だけの詞で現れたシャニに、何度もカチカチとライターと格闘し敗戦続きのクロトだ。
 手一杯の花火をベッドに巻かる。シーツの上が花で咲き乱れた。
 ――何処から盗んで来た。
 此処にはガキ相手に玩具を恵んでくれる親切な人は居ない筈なのに……。
 確実に二人は何処かにあった花火セットを無断に持ってきたんだろう。
 とりあえず何も言わずに一発ずつ殴っておいた。

 花火。
 ベッドに巻かれた物は、いつの時代かに見かけた事がある物だった。
 最後にこの目が見たのはいつの事だったか。言われるまで頭の端に置かれた記憶の物になっている。
 それは、ずっと室内で暮らしてきたせいだろう。外に出る機会など全くなかった。その為か……『外でやるモノ』の区別があやふやになっている。
 知識はこれからも増え続けていく。それなのに今此処で生きる上では不要な知識は頭から少しずつ殺ぎ落とされていく。花火もきっとその一つだった。二人に言われるまで再び拾う事の無かった物の一つだったんだ。
 こんな風に懐かしむのはいいのだが、……持ってきた本人達は『花火』というものを知っているのだろうか。

「この先に火を付けるんだって」
「付けるとキラキラ光ったり、爆発するかもしれないんだって」
「熱いから先は触っちゃいけないんだって」

 ……全て伝聞調にクロトは話す。よって二人は『花火初体験』のようだ。

「危ないから僕達だけじゃやっちゃいけないんだって」
「花火は誰かが見ていてくれないといけないんだって」



「―――オルガ、見ていてくれる―――?」



 ライターとの格闘に飽きたのか、クロトはばらまいた花火をまた集め始めた。その代わりに今度はシャニがライターと戦う。
 何度も何度もカチカチと音をならし、炎を付けようと頑張るが結果は出ない。無表情ながらもシャニの顔がどんどん厳しいものになっていく。
 今にも火を発しそうなのに、付かない強情なライター。
 ……そのまま見ていたら、泣き出しそうな予感がする。

「……寄越せ。付けてやるから」
「じゃあ、一緒にいてくれるんだっ?」

「―――あぁ。思う存分見ておけよ」

 そんな無垢な表情を見せつけられたら、断るのも酷だ。



 光を見ていた。
 空に踊る光。それが俺のよく知る花火だった。
 勿論それ以外があるのも知っている。それが今、二人としようとしているこれだ。

 あれはその時期の風物詩。その季節になるとやってくる物で、その季節以外に見ると異常な程興醒めする。季節外れの祝いで見てしまった時、暑い日に空を見上げた感覚と違っていておかしな気がした。

 それは確か夏。空調整備されている世界に居るせいか忘れかけているあの暑さ。
 まだ憶えている。だけどその出来事が、俺がいつした事なのかはハッキリ憶えていない。

 蝉が喧しく鳴いていた。
 その声を聴いたのはいつの事だったか。
 暑さにやられながらも駆け回る子供達。
 その姿を最後に見たのはどれくらい前の事だったか。

 そんな事も知らない此奴等。
 あの暑い世界で―――何が楽しみだったんだろうか。

 危なっかしい手つきからライターを奪うと、シャニは残念そうな顔をした。あのまましていても泣きそうだったくせに、自分で付けたかったらしい。しかしクロト同様使いこなせていない手に危険物は任せておけない。
 本当なら蝋燭か他に伝導させる物が欲しい所だが、丁度良い物が無い。直に円筒の先端に近づける。と、色鮮やかな光が飛び散り出した。

「わぁ……っ」
「すご……っ」

 勢いよく飛び散る火に歓声が上がった。非難の声はどこにも無く、只二人の口からは感動の言葉しか出ない。ぱちぱちと零れ落ちる光を、必死に目で追う。
 ここまで素直だと後で恐ろしい事が起きるかもしれない。……二人の様に素直にこの場を楽しめず、次の花火に手を出した。
 わざと暗くした世界に幾つもの光が浮かび上がる。今度は火を付けてやるとクロトに手渡した。

「わわ……ッ?」

 紙の先だけを恐る恐る掴んで花火を見つめる。さっき付けてやった花火に比べると光り方が少ないやつだった。構えていただけに拍子抜けしてしまっているようだ。
 シャニもクロトが小さく持つ、控えめな花火をじぃっと見ていた。

「何か、さっきと違う……?」
「あぁ……違うタイプの花火だからな」

 ……それは線香花火だった。大体は締めを飾る物を先に手を出してしまったらしい。
 線香花火の光がゆっくりと伝わる。弾け綺麗に散っていく。

 そして落ちた。
 ぽたり、と塊は地に落ち一つの痕を作る。歪んだ地上をまた二人は見つめていた。

「もっと……激しいやつかいいか?」
「ううん。…………さっきのやつがいい」

 小さな紙を出してきた。それも又、さっきのものと同じ――線香花火だった。
 先に火が灯す。ぱちぱちと音を立てながら光る。
 その姿をじっと眺める。
 二人は揃って座り込み、ずっと光が終わり逝くまでを見つめていた。

 そして落ちる。
 歪んだ地面にまた、新たな痕を残した。醜く燃える底を、興味深く眺める。

「………………楽しいか?」
「……つまらなくは、……無い」

 此奴等の事だから、激しいものが好きだと思っていた。
 記憶の果てが豪快な打ち上げ花火だったせいか、大人しく燃える線香花火に思い出が無かった。
 同じ花火でも感じ方が全く違う。
 只、―――光を見ているのは同じだ。
 感動。
 心が動かされないこの世界で、何かを感じ取ったあの時の感情。
 軋んだ記憶は、少しずつ再生している―――。

 ぽたり。
 数度目の線香花火が落ちた。
 落ちた塊は確実な痕を残し、燃え続けている。

「すぐ……落ちちゃうんだな」
「そういうものだからな」
「ずっと燃えてれば綺麗なのに……これが、一番好きだな」

 一番と言うほど数はやっていないが、クロトが言う。
 灯す。ちりちり音を立てて花火が消えていく。

「そのままだったら、手が疲れるだろ」
「…………その時はオルガに持たせるからし」
「……あのな」

 丁寧に一つずつクロトが持ち、最後に落ちるまでそれを眺め続ける。飽きっぽい二人にしては珍しい図が続いた。

 花火というものは、儚いイメージがある。その単語を聞いただけで思い浮かぶ風景。情景。想い。切なさ。
 それを知らない二人には、線香花火の意義に気付いているだろうか。
 寂しく揺れる小さな光。
 掠める儚い命の光の様。
 ……最後を締めくくる花だという事。

「……お前等は、デカイのも見るべきだな」
「何で? これがいいって言ったのに?」
「圧倒される。明るさが半端じゃない」



「……切ないとか、寂しいとか、そんな事考えられなくなる」



 ……じゃあ今度は明るいやつを。
 手にして火をつけ、―――盛大に花を蒸かせた。
 その瞬間、明るくなる。
 打ち上げには勝てないが、一気にそこが明るくなった。小さい光に慣らしていたせいか、ただの花火も眩しく感じられる……。

「わあっ!」
「っ……」

 激しく燃える花火に座り込んでいた二人の体が跳ねた。
 落ちた光が地面が燃やす。

「あ、危ない! こっち向けんな馬鹿ー!」
「うざ………………あつ……」

 その明るさに、―――切なさも寂しさも何処かに行ってしまった。



 ここには無いがいつかは見せたい

 空に届く大きな花

 全ての感情が飛び跳ねる、そんな光を



 ―――途端。
 雨が降り出し、雷が『部屋』を襲った。



 ―――その後は大変だった。
 煙を察知した天井の警報装置が雨を引き起こした。
 雷の様なうるさい音が部屋中に鳴り響き、凄い形相の警備員が何人もやって来た。
 線香花火ばかりやっていたせいか、微かな煙しか立たなかった。それがずっと花火をし続けていたのにスプリンクラーが働かなかった理由のようだ。
 雨に襲われた後は、……とにかくこっぴどく怒られた。

 ……そう、自分達はずっと外に出られなかった。
 だから自分は花火を忘れかけていたし、二人はそれ自体を知らなかった。
 その中に現在進行形で居る自分達。そのままずっと居続けるこの姿。おそらく空で咲き誇るあの大きな花も二人は知らないまま終わる。
 どうしようもなかった。
 外に出てするものなのに、外に出る事が出来ないのだから―――中でやってしまえ。その結果がこの様だ。
 地面は、本当に燃えている。自分達の寝室を燃やして、……本当に自業自得だ。

 けれど、……怒られ続ける二人の口元は、やっぱり緩んでいた。
 後悔、という後ろ向きな考えは無い。
 切なさも寂しさも、最後の一瞬で吹き飛んでしまったようだ。

 …………楽しかったか?
 また同じ様な質問をしたくなった。既に歪んでいる口元から答えは判りきっているけど、でも何となく聞いてみたくなった。

 一人、空を見上げ光を見た記憶の中に、……新たに二人と小さな光を見る記憶が加わる。軋み始めた記憶の劣化は止まらないだろうが、それでも構わず破片を増やしていく。
 ―――想い出と等しい破片を増やしていく。



 本物の夜空に咲く花―――それを見られる日を祈る。
 まだ当分先の話の様だが―――あの花火の意義を、もう一度考えられる日が来ることを。





 END

 04.8.17 〜Present by Marshar/Zehua