■ Seventh night



 右手にはノートを、左手にはクレヨンを
 駆け足で去っていくシャニの姿を見た。

 星屑の中、一日限りの冒険のとき。



 それぞれが部屋に戻り、ベッドに入る時間。
 夜も本格的に深くなった時に、部屋を飛び出していった小さな影があった。
 シャニという手間のかかる影。
 同室者で保護者代わりにされている者に散々我儘は止めろと怒られ続けているのにまだ聞かない自由奔放な影。

 今日もまた、シャニは何処かへ何も言わず消えていく。
 目を懲らさなければ見つからない暗闇の中に颯爽と消えていった。

 呆れ、呆れ返った。
 つい先ほど、お前は自己中心的すぎるんだと叱ったばかりだと言うのに。
 少しクロトと一緒にきつく叱ったから反省したかと思ったのに。
 耳には何も届いていなかったらしい。
 耳に入っていっても、そのまま通り過ぎて頭に残らなかったのかもしれない。
 外に出ていったシャニに特に気に止めず、就寝の支度を始め……ようとしたが。



 あのシャニが走るなんて何に慌てている?
 何かに追われている?
 それとも誰かと勝負している?
 こんな時間に探検か?
 そんな考えを幾つも考えていても不安になっていくだけ。
 暗くなった世界へ消えていく姿を見ているだけだったのに。

 そのまま、帰って来ないのではないか……とまで思い始め、

 秘密に駆け出す。
 消えていくシャニを追って。



 窓から飛び出したオルガは酷く後悔した。
 その後の事に、自分がバカバカしく思えるほど悔い責めた。

 シャニが走っていくくらいだったら俺だってと見ていたのが甘かった。
 シャニはいつだってボーとしていて何考えているのか判らない。
 というか何も考えていない奴だという事を忘れていた。

 だから彼の後を追う時は、『直感』と勝負し合わなければならなかった。
 そんなシャニ対戦の時やっていた事も忘れてしまう程慌てていた。

 ……突然森の闇へと消えていく影に。



 シャニを見失った所か、森の中……あっという間に闇に包まれどちらに進んだらいいのか判らなくなった。
 一度深呼吸すると、オルガは名前を呼んだ。
 一度、二度。
 しかし呼んだ後にシャニが見つかるなら、他の奴等がシャニを探すのを任せる。
 それが出来ないからオルガは苦労してシャニの面倒を見ているのだった。

 ……いつから、こんなリズムは出来てしまっていたのか。
 オルガは、三度名前を叫んだ。



 一つ一つの音がシャニのものか聞き分けながら先を行く。
 樹木達を返して飛んでくる自身の声があった。
 惑わされそうになりながらも、返ってくる声を待ち

 ……待ち続けた結果、彼はやってきた。

 風により揺れる草の前
 シャニは捜し物をしながら前に現れた。



 ……これで今夜の冒険はもう終わり。
 短すぎる旅は終結し、あとは帰るだけだと思えた。
 だがそれはオルガが勝手に終わっただけのこと。
 捜し物をしているシャニは帰らない。

 それよりも、
 ――何故こんな場所に居る。
 ――何故こんな場所に来た。

 全ての課題を片付けなければシャニは帰らないだろう。
 冒険を終えたオルガは、黙々と奥へ突き進んでいく姿を見ていた。

 そして振り出しに戻る。
 スタート地点は違うが、シャニを見失う所から冒険は始まる。
 ……ボーっとしてるのは自分の方だ。
 オルガは更に悔いながら、更に底へ潜っていった。



 暖かい風が、頬を撫でていく。
 木漏れ日である月光が少しだけ足下を照らしている。
 それと耳を頼りに一人行くシャニを追いかけなければならなかった。
 あのまま放っておいておくのにもいかない。
 自分が帰った所でシャニが数日後動かなくなって帰って来るのは恐ろしいし
 ……今一人で帰ろうとしても、帰れる自信が無かった。
 二人でなら帰れるのか、という確かな自信は無かったが

 オルガは、シャニとここを抜けようと決心する。



 森の上には夜空。
 月光だけではない効果により、いつもより明るい夜空が唯一の助け。
 そう思っているのはオルガだけのようではない。
 シャニもその明るさを頼って行動しているようだった。
 あるモノを求め、捜している。



 夜。
 見える筈の無い姿を見る。
 右手には白い紙を、左手には星色のクレヨンを持っていた。
 オルガは恰好が不気味すぎてきけなかった事を訊ねた。
 何を捜している。
 欠伸を殺すぐらいの時間になって、やっと訊けた。
 勿体ぶらずにシャニは答える。
 ササを、捜していると。

 …………シャニは森に紛れながら言った。



 ……ササ?
 森は木の集まりの下、天を見上げれば葉に隠れた月が見える場所。

 ……ササ。
 それはどんな木だったか、オルガは憶えていなかった。
 だがいつか読んだ何処かの絵本には、そんな資料はあったような気がする。
 それがどんな形のものか、
 何故シャニが探し求めているのか、それだけでは判らなかったが。



 勿体ぶらず正直に話すシャニに、次々質問する。

「その木、美味いのか?」
 食べたことないから判らない、と言った。

 無言になるのが嫌で、時間つぶしに質問する。

「その木、夜しか取れないのか?」
 昼間だけ消えてるなんて無いと思う。

「明日じゃ駄目なのか?」
 明日じゃ、『今日』が終わっちゃう。

「何の為に捜しているんだ?」
 ……。


 シャニの事だからロクな理由も無いと思っていた。
 だがその質問には少し呼吸を整え、話に区切りをつけさせる。
 暫し黙って、……説明した。

 ササの葉がサラサラしている木に自分の欲求を書く。
 それだけで願いが叶うという、……そんな事をしてみたかったんだ。



 ……不思議な話、どこにも理念が通っていない物語だった。
 何か差し出す事により願いを叶えてもらうというものでもなく、木に紙を貼り付けるだけで願いが叶うそうだ。
 そんな魔法をシャニが知っていただなんて。
 ……やはりシャニは侮れない。
 シャニの姿を確認する。



 シャニの右手にはノートの切れ端。
 ノート自体は何処に行ったか問い質さなかったがおそらく森の中だ。

 代わって左手は黄色のクレヨン。
 願い事を書く為の道具だ。

 右手の紙を見せて貰う。
 了承は得ずに奪い取ったようだったが、シャニは嫌がっていないのでそのまま目を通す。
 それでも、今は夜。
 闇の中。
 いつもより多い星の光も借りながら、目を凝らしていく。

 その願い事とは……。



 読めなかった。

『あしたのごはん ハンバーグがいい』
『あしたのおひる ハンバーグがいい』
『ゆうはん オルガがハンバーグくれたらいい な』
『それ とオルガ    叱らないで』
『      クロトも』
『怖いの いや だ』
『これから 怒らな でほしい』
『ふたりの 怒る顔より ほめてくれる カオ  す き』
『ず と わら    て』
『ずっと オルガと クロト と…… …………ずっと』


 反転してみたら読める字が出てきた。

 頭の悪い文章ばかりだ。
 年はそんなに離れていないのにこのガキっぷりは何なんだろう。
 でも、……これは、…………俺には嬉し…………

 ……こっそりと、シャニに気付かれないように笑った。

 ……。
 ……シャニの字は、とても汚い。
 尚かつ白い紙に黄色い字、読める筈がなかった。

 何を書いたんだ、と誰もが思う疑問を言う。
 と、その時は何も答えなかった。
 人に言えない願い事を書いたのだろうか。



「なぁ、シャニ」

 ササを探しに草木を分け、服を引き裂いていくシャニの肩を持つ。

「そんなラクして願い事が叶うなんて木、どこにも無いんだよ」

 ……都合の良い話の元が簡単に見つかる筈がない。
 何も考えず森へと飛び出したシャニの肩から、クレヨンを持つ左手を抱え
 来た逆方向に歩き出した。

 方向が合っているかは定かではない。
 だが、……一段と夜空に輝く二つの星が、今夜は月より輝いていて
 その光を頼りに歩くことだって出来る。

 秘密の森から、自分たちの家に戻ろう。
 シャニの願いを諦めさせるという結果になったが、こればかりは仕方ない。
 願いを叶える手段が、揃わないのだから。

「願い事、何なんだ」
 ……。

「俺が出来ることだったら、叶えてやるからな」
 ……。

「一生のお願いだってな、……何だってしてやる」

「なぁ、シャニ」
 ……途端。
 シャニの身体が崩れた。



 眠い、と一言呟き、
 背中に張り付き、
 ―――1日の、息を引き取る。



「………………ソレが、お前の『一生の』かよ」

 ……背負え、ぐらいが願いなんて欲の無い人間だ。
 もしや紙に書いた願いもつまらない事なんだろうか。

 シャニから奪った紙を、その場に置く。
 星の下の木の下。
 パンパン、と間違った拝み方をしてオルガは歩き始めた。



 この日の冒険は、これで本当の終わり。
 急に重くなった背中に文句を言いながら、自分たちの家に戻る。

 夜空がやけに明るい。
 シャニはササを捜すばかりで上の光景をちゃんと見ていただろうか。

 輝く星の集団。
 星同士近くに寄り合い、まるで川を作っているようだった。

 そして二つの星が、川の端に。



 ………………星に願いを。
 その方が、オルガにはしっくりきていた。

 ……星に願うだけで、叶うのか? という問題は無い。
 そんな事は有りえないだろうけど、
 ……不思議なあの光は、神的な力を持っているのかもしれないと考えてしまった。

 シャニの体を支えながら、星の川を見続けた。



 今は、―――まだ星を見上げ歩く事ができる。
 そのうち、―――出来なくなる日も来るだろうから。



 それまで、星屑を目の奥へ焼き付けておこう。
 その日はこれまでにない最高の夜景だった。





 END

 04,7,7
 おまけ:どこかにしゃにのたんざくがあります。かくすひつようもない(?)ほどかんたんなばしょにあります〜。