■ regret



躯はやがて動かなくなる。
いつかそうなるんだと知っていたから悔いが残らない様にしてきた。

普通の会話をする。
喧嘩をする。
悪口を言う。

好きになる。
好きだと言う。
幸せで笑う。
嫌いになる。
嫌いだと言う。
直ぐに撤回する。

いつか、自分の意志で自分を動かせなくなる。
そんな日が来ても悲しくならない為に、健気にこの世にある愛を全てしてきた。

キスをする。
色んな所にする。
恥ずかしくなるぐらいする。

それ以上もする。
お互いが気拙くなるまでする。
もう一度好きだと言う。

少し照れながら、それ以上に好きなったり嫌いになったり。
そんな展開も愛ならばしてみた。

別れたりくっついたり、
理想の形に少しでも近づけるように頑張ってきた。

夢見ていた形は、自分たちにとって頑張らないと手に入らないものだったから。

例えクスリが無くては生きられないとか、
普通の恋人の様にデートが出来ない等のハンデがあっても頑張ってきた。

少しでいい。有るべき愛の形に触れられればそれで幸せなんだと。



躯の硬直の日は近い。
やがてこの躯は動かなくなって、思い通りには働いてくれない日がやってくる。
それ所か思う事も許されない日がくるかもしれない。

だから悔いが残らないように。
あの時、もっとあんな事をしていれば良かった、なんて言わないように。
躯が動かなくなってから涙を流す事が無いように、全ての事は済ませてきた。

手を繋ぐ事。
面白い事を言い合って笑い合う事。
感動的なドラマを見てしまって一緒に泣く事。

一緒に眠る事。
眠れなくて悪戯してみる事。
怒ったり怒られたりする事。

もうこれ以上する事が無いというぐらいに、愛し合った。



それからの痛みを少しでも和らげる為に。
あとで苦しまないように、この世にある愛し方を全て実践していった。



嬉しくて泣く。
つまらない事に泣く。
自分の不甲斐なさに泣く。

泣いたその涙を止めたり止めてもらったり。



もう別のルートは無い程に愛し合った。
満足だ。歴史ある、世界の恋人達がした事は全てこなしたのだ。
もうする事は何も無い。
安らかに不運な運命を迎えられるだろう。



無力になる日は、着々と近づいてきている。

そうなる事はあのクスリを摂取し始めた時から判っていた事だから文句は言えない。
事前に報告されていた結果なのだから、事前の準備はしっかりとしなくてはならない。



好きだと言う。
好きなんだと言う。
ずっと好きなんだと言う。

例え躯がその言葉を忘れてしまったとしてもずっと好きだって事を憶えていてほしい、と言う。

後で言っておけば良かったと思う事を全て吐き出しておく。

これで安全だ。もういつ動かなくなったって心配は無い。



そして、躯は動かなくなる。



腕の感覚がなくなる日が来る。
でもずっと抱きしめてやっていたから悔いは無かった。

腕が動かなくなる日がくる。
でもずっと手を繋いでいたから腕なんて必要無いし、
今更そんな事したって飽きられているからする必要無かった。

口は開かなくなる日がくる。
でも今までうざいって言われるくらいに好きだと言い続けた。
愛しているとも言った。だからもうその言葉は要らなかった。

視力が無くなる日がくる。
目はずっとあの姿しか映していなかった。
だからもう見られなくたって構わない―――。



ほら、何も悔いがない。
これで何も苦しくもなく正直に逝ける。



そう振り切れる未来の自分を創ろうと、過去の自分はし続けた。
しつこいぐらいに愛し続けた。
この愛が必要無くなるその日の為に。



そんな日が来る筈無いのに信じ続けて。





 END

 04.2.10