■ Virtuoso
夜はとっくの昔に来ている。
シャニは窓際の席について、一人お気に入りの音楽を聴きながら独り考え事をしていた。
ここ2、3日でモビルアーマーの調整も巧く、シュミレートの戦闘も好成績。……シナップス・シンドロームの回数目に見えて減って調子もいい。特に何も考えず、ボーっとしている事が多い。たまには小さなため息ぐらい吐く事もあるが、悩みを解決に導く努力なんてしない。
シャニは辺りがすっかり暗くなっていたことにようやく気が付いた。独りきりの空間に帰るのが嫌いではなかった。これ以上ここにいても仕方がない。
「こんな所にいたんですか」
聞き慣れた男の声がする。
「…………」
音楽に身を委ねてるため、気付いても他の音を立てたくなかった。シャニは声を無視して椅子から立ち上がる。……現れた男は、仮にも自分の上司なのだが。
「少し探しましたよ。……それにしても暗い所にいるな君は」
ぶつぶつとうるさい独り言を言いながら、アズラエルは暗い部屋の電気をつけようとする。が、その前にシャニは部屋を去ろうとしていた。元々出ようと思っていたのだ。電気をつけようとするアズラエルの行為も止めず、黙って横を去っていこうとする。
が、通り過ぎようとした所でがしっと捕まった。逃げようとしていたシャニを、後ろからぎゅっと抱きしめていた。
「?……なんスか……」
シャニはシャニなりに抜け出す動作をしたがどうも大人の男の力には勝てない。しばらく暴れてみたが、直ぐに敵わないと判って動きを止める。
「……苦しいんですけど」
眉を歪めて、思いっ切り嫌気に言い放つ。が、それくらいではアズラエルは絡めた腕をほどかない。シャニは小さくため息を吐きながら、体重をゆっくりアズラエルへ預けていった。
「一体何の用……」
「僕は、昨夜の続きがしたいんですけど」
アズラエルはシャニの耳元でそぉっと囁いた。
……そんな事を言われて、頬が赤くならないのが可笑しい。熱くなった顔を振り払いながら、シャニは身体全体の力を抜いた。元から適わぬ戦闘はしない主義だ。もう既に逃げようとして捕まっているのだから、そこでシャニが負けているというのは決まっている。今更何や文句をつけて時間を稼ぐなんて事は無駄だ。
「ちょっと今日は早くやりたくてね。あぁ、君が良ければ別に僕は此処でも構わないですけど……?」
アズラエルはいつも以上に嫌味な目で躰全体を嘗め回す。一瞬真面目な表情になったが、そんな照れくさい台詞を吐く男の顔を直視する事なんて出来ない。
「……ここは、上の方で見られてる気がする……」
出来るだけ小さな声で返す。上の方、と奇妙な言い方をしたので、一時アズラエルは上を見上げてみた。
―――白い部屋の上には、硝子張りで違う空間に繋がっている。
そこからは、『誰か』が此処に住む『モノ』見おろす事が出来る、―――そんな空間だった。元はアズラエル自身あそこから見おろす立場で、下に降りてくるべきではない。が、いつまで経っても白の空間から出てこようとはしないシャニを迎えに来る筈のなかった部屋へとやってきてしまった。
……モルモットが怯える理由がよく判った。その鼠を捕らえる強大な肉食動物のようにアズラエルはシャニを捕らえている。
「それは、OKという事ですね?」
薄く嗤って確認した。相変わらず、で乗せられて、シャニは自分に呆れて顔を埋めた。少しは時間稼ぎにはなったのに。
「……そういう事になる」
認めてしまった瞬間、アズラエルはシャニの首筋に唇を落とした。此処では厭だと言った筈なのに、気の早い男だ。
「随分上手くなった……」
アズラエルの私室のベットに倒し、今度は唇同士が重なり合う行為を繰り返す。全てを溶かすくらい熱い物に寝惚けていた意識が一気に覚醒する。……と思ったら、重なり合い吸い付け合い、頭が真っ白になっていく妙な感覚に襲われる。
「…………ぁ、は……」
一度唇を放し呼吸を整えようとするが、また大きな波が襲いかかってくる。普通の人間ならば直ぐ壊れてしまいそうな行為も、数回もの験で慣れた躰になってしまったシャニにはまだ軽い事だった。
そして再度息を整える。アズラエルは緑の髪を優しく撫でて荒い息の姿を愛でる。
「すこし面白いことを思い付いた」
アズラエルは自分のネクタイを慣れた手つきで引き抜くと、―――それで敏感な所を軽く縛った。
「ゃ…………それはっ…………」
「流石にこれだと痛いか、…………まぁ完全に感覚を無くせば下手に暴れなくなるだろうけど」
妙な独り言を言いながら、アズラエルは縛られたシャニのものを指で辿った。あお向けでシャツは既に剥かれ、肌が晒されていた。今度は胸の、特に敏感とされている所に舌をつけた。
「んっ…………んぅ…………」
こそばゆい。口から漏れていく声も情けない物しか出てこない。
「…………少しは抵抗してくれないと楽しくないし」
アズラエルは目の前に聞こえないくらい小さな声で呟いた。……聞かれては本気で殺されかねない言葉だった。意地悪な独り言も、必死で行為を受けるシャニには聞こえていない。微笑し、指でその先端をゆっくりと玩む。止まらない快感で身体を微妙によじった。ゆっくり、激しくかき混ぜると、無声音に近い声で悲鳴をあげる。
「可愛い。とてもね……」
耳元に唇を持っていき、そっと囁きかける。指を操らせる度に唇からは切なく喘ぐ声が漏れた。最初は固く閉じられていた脚が、指の動きにすっかり脱力してしまっている。軽く折り曲げられた膝を持つと、一気に大きく股を開かせた。多少は抵抗してみせたが、力を入れなくてもその抵抗は止められる程弱いものだった。隠し切れない興奮と込み上げる羞恥のあまり震えている。指はぎゅっとアズラエルのYシャツを掴んでいた。なるべく目を見ないように逸らして、もしくはぎゅっと目を瞑っている。
「ほら、少し腰を上げて」
アズラエルは両手で腰を支える。快感をもっと得るためにシャニを寄せる感触を感じた。そしてアズラエルはようやく奥へと自分のものを沈め、強く揺さぶる。部屋には熱い息が響いた。
「……ゃあ、あぁっ…………」
痛みに身を捩る。欠けていく声は全て刺激に変わっていく。快感を増すごとにシャニの背中がびくびくと震えた。甘い息が止まらず、とろけるように熱い感覚を感じた。
「少し辛そうだな、………………仕方ない使うか」
アズラエルは短く告げると、シャニの口元に妙味な液体が流し込められる。
「ぇ…………? ……っっ!!?」
「今から、気持ちよくなるやつをあげよう…………いつも呑んでるやつと同じように呑めば心配ない。毎日やってる事だろう?」
「く……ぁっ……」
効力は恐ろしい程早かった。元々、効きやすい体質だったからかもしれない。シャニは大きく目を見開き、躰をガクガクと震わせる。全身がそれまで以上に熱くなっていく。おかしな物質が躰を一瞬にして駆けめぐり、神経を、全てを侵していった。
「ぁ…………あ…………」
口は開かれたままだが、言葉にはならない。開けた口から杜撰に涎が溢れ出てきた。
感度が良くなったのに満足して、アズラエルは腰を動かして再び抜き差しを始めていたが、もう痛みに喘ぐ事はなかった。瞼をきつく閉じ、くるべき時をグッと飲み込んだ。
「が、あっ、くぅ…………ッ…………!」
熱い息を吐いて絶頂に達する。いつもの様で、実に呆気のないものだった。薬を使っても使わなくても同じようになってきている。そこまで躰が慣れてしまったこと、それが普通になってしまっている事に、溶けた意識の中で悲しくなっていたのに気付いた。
シャニはアズラエルの私室の冷たい床に、生まれた時の姿のまま転がっていた。横たわって両目を閉じている。毎回必要無いような息を吐き、定まらない目で冷たく暗い部屋を見つめていた。いくら転がっていても床は暖まらない。さっきまで熱かった行為も一人で転がっているだけでは冷たく、そのまま凍っていく。これ以上やったらもう使い物にならなくなる。早めに帰れ、と命令されたが、構わず無視して其処に寝転がっていた。猫のように。
電気の点かない夜の個室は気分が落ち着く。それが冷たい空間なら余計。風の音も時計の音も足音も、子守歌のように心地よい。……それで眠りにつくような事は絶対に無いが。
「いつまで転がっているつもりですか?」
転がったまま動かないシャニにアズラエルが声を掛ける。シャニは背を向けたまま振り返ろうとはしない。返事もしようとはしない。……理由も無くやっているのだから当然である。身体を小さくしてシャニは丸くなった。
「さっきのがそんなにきいたのかぃ? あー、僕のせいだと言いたいんだね。その通りなんだけど」
「……」
アズラエルは座っていた自分の椅子から立ちあがる。転がるシャニに近づき、そっと両腕で抱きかかえた。
「其処のベットを使っていいよ。……但し、僕のベットなんだから何しようが文句は言わないように」
ベットに下ろされ、素肌にシーツをかぶせられる。そして、先ほどの行為とは比べ物にならない程優しく、頬へと口づけた。
END
03.7.11