■ Shout out
―――部屋が見えなくなるくらい暗くなった時に、オルガは現れた。
汚れた部屋。汚いシーツのベット。その上で寝ながら携帯ゲームをしていたクロトは、オルガが来るなり気付いて身を起こした。そのままの腕に抱きしめられる。
「……何なんだよ」
「今すぐ抱きたい」
突然そんな事を言ってくる。衣服に鼻が直接つく。異質な香りがした。病的で、鼻に特別つく厭な香りが漂った。
―――酔っているかいないか歴然だった。
「……もう、抱いてんだろ」
クロトは即座に言葉を返した。
現れるなりベットの上で腕を絡まされる。言葉的には間違ってはいない。
折角のゲーム時間をいきなり削られるのは厭だ。早く追い払いたいため、短く素早く返答する。
オルガはしばし黙り込み、一転して不敵に嗤った。
何に嗤ったのか理解出来なくて、クロトが口をへの字にする。
「悪ぃ。『今すぐお前を犯したい』って言った方が良かったか?」
「……はぁ? ……いいわけないだろ…………が、ぁ」
クロトが余計な事を言う前に、オルガは唇でふさいだ。
狭い咥内で逃げるように蠢くクロトの舌に、舌を絡ませては水っぽい音を立たせる。
どうやら、オルガは本当にヤリたがっているらしい。らしからず。
「ぅん……」
苦しげな吐息を漏らす。
妙な味がする。出来れば口にしたくないような……病的な、異質な味を感じ取った。
「っ……何だ、ヤった後なんだ?」
通常のオルガの香りとは違う。それにクロトは顔を顰めた。
クロトには、オルガの口臭と味に憶えがあった。
それは定期的に採取しなければならない味で、……元は味なんてもの無いんだろうが、要らない研究者の気遣いから出た味。
自分自身も精神を落ち着けるため呑んでる物で、……それがなければ普通にゲームをしている事など出来ない。そんな厭な甘みがした。
「ったく、んな物呑ませやがって……まぁーた悪酔いして一気呑みなんかしたんだろ。ただでさえ興奮剤っぽいの入っ―――んんっ……」
文句一つ言うたびにオルガが言葉を塞ぐ。まるで酒に酔っているようだ。実際に酔ってあっちの世界にいっているんだろうけど。
しばらく柔らかく、暖かな感覚を楽しむ。無闇に繰り返しているうちに頬が蒸気してきた。
オルガは、その反応に気付いて徐々に身体に手を這わせた。
黙り込んだのは肯定の証だ。今度は了承の上、唇を落とした。
するとクロトは、ずっとそれがしたかったかのようにオルガの身体に腕をしっかりと絡ませる。
ぎゅっとしがみ付く。
力を込めて、オルガを抱きしめた。
「……これじゃ動けないだろ」
「うるせ……どうせやるんだったら……少しぐらいいだろ」
消え入りそうな小さな声でクロトは囁く。
まるでもう終わったような言い方だが、これからがスタートだ。
仕草に、余計縛られていた感情が溢れてくる。
クロトの腕の攻撃するような強い力が緩み、今度は受け止めていった―――。
―――何故してしまったのかは判らない。
その答えを見つける事は困難で、もしかしたら不可能かもしれない。
あるリズムがオルガの耳に入ってくる。
愛らしい寝息、口は僅かに開いており、幼い顔を余計に目立たせる。
しっかりと閉じられた瞼の上には、柔らかそうなオレンジ色の髪の毛が見える。
そんな姿を隣で見てられるのなら幸せかもしれない、のに。
視界に目の痛い色が入ってきてアタマを抱えた。
「くそ……っ」
酔っていたからだ。仕方なかった。
そう言い聞かせるしかなかった。
全ての悪事を薬のせいだと思いこんでしまえばどんなに楽だろうと―――。
―――求めてもいないのに現れた現実に、嫌気がさした。
何故、あんな薬に頼ってるのか。
何故、自制がきかなかったのか。
今の自分は言ってしまえば欲望に押し潰された。
あんな物如きで自分を見失う。
それが途轍もなく気にくわなかった。
激しく苛立った。
視界に映るのは不気味に光る電灯。
ぼんやりとした光が暗い部屋を彩っている。
隣にいる存在が、異質に見える。
愛しくも見え、忌み嫌う敵にも見える。でもそれは自分の本物とは違う。
自分の意志がはっきり見えない。それもまたアレのせいか―――。
―――では、一体いつになったら本物が視えるのだというと。
「くそ―――っ!」
どうする事も出来ない叫びが響く。
振り絞って叫んだ胸中は、直ぐに闇に掻き消され消えていった。
END
03.7.8