■ Difference
昔からオルガは普段大人しいくせに何かあると親みたいにうるさい。シャニはオルガ以上に大人しくって猫みたいにどっかに消えてしまう。僕は丁度二人の真ん中あたり。真ん中だから客観的に二人を見る事が出来た。そんな点では僕達はバランスが良い。
一緒に暮らす日々の中、前触れなく消えてしまう事があったシャニ。家出でもなければ院に不満がある訳でもない。シャニに考えがあるのかもあやしい。何故こんな所にいるのか、自分が何なのかも判っていないシャニは考え無しに辺りを彷徨いてしまう。
子供が一人失踪しただけで大騒ぎになって周りの大人達が探し回る。沢山の人達がいたけれど決まってシャニを探し出すのはオルガだった。シャニを探す事がオルガの役割でもあった。昔から、子供の時からそれがオルガの役割だった。
だからシャニの事はオルガが一番知っている。
シャニはオルガの事をどれくらい知ってるかは不明だけど、便利な使いぱしり以上は思っているだろう。
その日もまた、一人人数が足りないと大人達が騒ぐ中、オルガが黙って外に出て行った。
僕も黙って歩き出したオルガについて行って歩く。
『ついてこい』とも言わなければ『待っていろ』とも言わない。シャニが何処かに行くと自動的にオルガは動き出すみたいだった。
一番気の合う二人が院に居ないのは僕も詰まらない。だから例え何も言われなくてもオルガについて行く事にした。
シャニが行く場所は『死角』と言われる所ばかり。そう簡単には発見出来る場所じゃない。隠れんぼをするとしてももっといい場所を探すだろう。でもシャニは堂々と寝ている所を発見される。
大きな木の下、誰も通らなそうな木陰の中。森の硝子の中で眠る眠り姫のようにいつも寝ている。
けれどその眠り姫じゃない所が、いつも場所を変えている事と……
……遭難者のように俯せで寝ている事と……
……男だって事。
その日も又、シャニは何処かで飢え死にしてしまったように眠っているのだろう。
僕は何度も大声でシャニの名前を呼ぶ。けれど泣いて叫んで探すも僕にはシャニを見つける事が出来ない。
そしてシャニを探す事にはプロと言われるオルガは、―――そんな事を絶対しない。黙って歩いて、最初から知っていたかのようにシャニの眠る場所を探し当てる。
「朝のうちに今日は何処で寝るから、とか教えてもらったのか?」
と訊いてみても
「朝から家出するぞなんて言う奴いないだろ?」
と言い返された。
……うん、全くその通りなんだけど。
オルガは本当にシャニを判っているんだ。
―――ちょっと納得出来ないけど、そういう事なんだ。
シャニもオルガが来ると同時に目が覚める。最初からそういう風に『今日』という脚本が書かれていたように。
シャニが目覚めた後は僕の仕事。寝惚助のシャニを引っ張って院まで帰るのは僕の仕事だ。オルガは起こすだけで何もしない。だから、シャニの夢の中身を聞いてあげながら僕らの家に帰る。
いなくなるシャニとさがすオルガ、それに後始末が僕。探す側と探される側、それとどっちでもない僕。実にバランス良いと誰かに何度か言われる。
「今日は一体どんな夢見ていたの?」
「…………オルガに起こされる……」
「んー、シャニっていつもオルガの事ばっかだよな。偶には僕の夢見てくれたっていいのにっ」
「起こされてから、クロトと一緒に帰る夢ー…………」
「……」
そんな話をしながら僕達の家に帰る。
大騒ぎしていた大人達はもう大人しくなっていた。オルガが外に出た時点で騒ぎはもう無くなっている。僕とシャニが手を繋いで帰ってくる事をみんな予測していたからだ。そこで毎度のごめんなさいをして、シャニの代わりにオルガが大人達に言い訳する。
「もう出ないってシャニも約束するから」
そう言い足して、……一言も口を開いて謝らなかったシャニも
「出ていってもオルガに探してもらうから」
―――そうして明日もシャニはいなくなる。
多分その次もその又次の日も、シャニの放浪癖は無くならないと思う。気紛れで自分勝手で、心配する僕達の事を一切考えていないシャニ。いつも何処かに行ってしまうシャニ。
いなくなって騒ぎになって、―――オルガがシャニを探し当てて今日も僕はシャニの手を引いていた。
院は院でも病院のような場所に入り、僕達はちゃんと大きく成長している。けど、大きくなっても僕達のしている事は昔と同じ。小さい頃からうるさかったオルガは大きくなってもうるさくて、小さかったシャニは僕を抜かして大きくなったけど大人しさは変わらない。
変わらない幼馴染みと一緒にいられて、苦しい生活ながらも暮らしていた。
そして今日もシャニが失踪する。
薬が切れるちょっと前。三人一緒にお願いしないと貰えないってシャニだって判っているのにシャニは一人居なくなる。
シャニが失踪して逃亡だ何だと大騒ぎで色々な連中が凄い顔して探し回っていた。昔みたいに、シャニの身を案じて探す大人は誰一人としていない。あんな奴等に探されてもシャニは嬉しくないだろう。
だからオルガがシャニを探す。昔みたいに、シャニを心配して探し出す。僕も仕方ないからオルガの後をついていく。―――探して沢山怒らないと、僕達の命が危ないからだ。
オルガが行く場所は決まって薄暗い場所。昔みたいな森の中よりも行ける場所は少ない。のに、シャニを探す事は困難になっているようだ。
今日のシャニは暗くて狭い倉庫の中にいた。俯せに寝ている事もあれば、丸くなって寝ている事もある。膝を抱えて寝ている事だってある。今日は、…………仰向けに、両手を胸の上で祈るように組んで眠っていた。
―――それこそ眠り姫のように。
「シャニ、探したぞ…………っ!」
僕は只オルガの後ろについてきただけだけど、シャニを自分が発見したかの様に大声を上げた。
でも本物の眠り姫とは違ってシャニの耳にはイヤホンが付いている。薄暗い倉庫の中に、シャカシャカと騒がしい音が流れていた。僕の声でも起こせなかった。
「クロト、シャニは発見できたからお前、先に白衣に報告してくれ」
「えぇ? さっさとシャニ起こして連れて行けばいいだろ。何で僕があんな奴等に謝らなきゃならないの?」
「……シャニの奴、熟睡してる。そう簡単に起きないぞ」
一応見つかったんだからその報告だけでもしておけば彼奴等もあまり騒がないだろう。もしあのまま騒いで迷惑な上司の耳に入ったら―――シャニだけじゃなく自分達もどうなるか判らない。
それにもうシャニは逃がさない。後でちゃんと運ぶから。
長くオルガは語らなかったが短い台詞の中には沢山の文句が詰まっているようだった。
「仕方ないなぁ……。早くシャニ起こして来いよ!!」
言われる儘、僕は倉庫を出て白衣の本拠地へ足を進める。
僕達の活動出来る範囲は少ない。シャニも失踪しても短い範囲内に絶対いる。それなのに何故オルガ以外にはシャニを探し出す事が出来ないんだろう?
現にシャニの隠れていた倉庫は、僕達の部屋からそんなに距離がない。けれど完全な『死角』となる場所だ。
シャニは昔からそういうスポットを探すプロかもしれない。
そのシャニを探すオルガは昔からのプロだった。
―――そして僕は、
「…………」
いなくなるシャニとさがすオルガ。
それに後始末が僕だった。
探す側と探される側。
それとどっちでもないのが僕だ。
バランス良いと誰かに何度か言われた事が、あった。
「…………僕は」
バランスなんて僕には無かった。
釣り合いがとれていたのはオルガとシャニで、僕はそのおまけ。余分な物がくっついていただけ。
眠り姫の相手には王子がいるけど、それ以外の物は『邪魔者』でしかない。
それでも、そこが僕の役割だったんだ。
「ん、……んん…………クロト……?」
シャニが目を覚まして僕の顔を見る。僕達が命を懸けて探していた事なんて知らないみたいに。
「クロト、どうしたんだ帰ってきて……?」
そのまま行くんだと信じていたオルガが不思議そうに、……いや怪訝そうに僕に尋ねる。そりゃそうだろう、―――王子が眠り姫を覚ます方法を邪魔されたんだから……。
「シャニっ、お前のせいで僕まで怒られる所だったんだぞっ。…………怒られに行こう!」
オルガがシャニを探し出す。その後は、―――最後の仕事が残っていた。シャニの手を引いて帰るのは僕の『役割』。お仕置きの部屋にシャニを連れて行くのは僕の仕事だ。
「――」
無口ながらも嫌がるシャニを引っ張って元の場所に戻る。……ちゃんと、シャニの手を引いて。
「ねぇシャニ、…………何か夢見なかった?」
「は……? 夢…………なんて見る訳ないじゃん……」
「はぁ……、シャニっていつもそうだよな、偶には僕の夢とか見てくれたら嬉しいのにっ」
「…………なにそれ?」
「……」
そんな下らない話をして僕達は正位置に戻り詰まらない話を聞かせられる。騒いでいた白衣達はもう大人しくなっていた。……監視カメラで探していた連中が先に報告したらしい。逃亡した訳ではないと分かったらもう探すのは止めていたみたいだ。そこで口だけのごめんなさいをして、―――オルガはシャニの代わりに言い訳をしない。
もう、いつでもシャニを見捨てる覚悟をしているみたいだった。
……そんなの覚悟したってオルガに守れる訳無いのに、無駄な努力をしている。
「オルガ、…………眉間の皺スゴいぞ」
「うっせーよバカ」
あれから何年も経つのに二人の位置は変わっていない。
昔からオルガは普段大人しいくせに何かあると親みたいにうるさい。シャニはオルガ以上に大人しくって猫みたいにどっかに消えてしまう。僕は丁度その真ん中。真ん中だから客観的に二人を見られる。
―――二人を外から見ている時点で、僕の立場は決まっていた。
僕は二人の間には入る事が出来ない。
バランスの良すぎる二人のせいで僕は居場所を失った。どんなに努力しようとも、僕は二人に置いていかれるんだと気付いた。
何年も経ってから、僕は余りなんだと気付いた。
―――気付くの、ちょっと遅すぎかもしれないけれど。
そうして明日もシャニはいなくなる。多分その次もその又次の日も、シャニの放浪癖は永遠に無くならないと思う。
自己中心的で我儘なシャニは僕達の事なんて一切考えてないだろうし、僕達の存在自体も忘れてしまっている。
それでも騒ぎが起きる度に、―――オルガは見捨てずシャニを探し当てて、
今日も僕はシャニの手を引いていた。
END
04.1.17