■ happy life...?



「オルガさん、起きてください」
「……ん、んー……っ」

「クロト君やシャニ君はもう起きていますよ」
「ぁ……あぁ、今起きる……」
「そうですか。それではこれが今日のお着替えです。朝食はそこのテーブルに用意してありますのでどうぞ」
「……ありがとう」
「もう用意してから大分時間が経ってしまっていますが、今から暖めなおしてきますか?」
「いやいい……俺が寝坊したのが悪いんだ」
「そうですか。ではコーヒーだけでも煎れましょう。顔洗ってきて下さい。これ整髪料です」
「ホントすまん。何から何まで用意してもらって……」
「いいんですよ。今日もビシっと格好良く触覚を決めてくださいね。モトは良いんですから」
「触覚言うな。…………でもサンキュ」
「どういたしまして」
「ところで、お前」
「はい」

「・・・誰?」



 /1

 目の前にはコーヒーを煎れてくれた青年が座っている。
 俺用のと一緒に自分のも煎れたらしく、俺の食事風景を眺めながら青年もコーヒーを飲んでいる。
 口調や端正な顔立ちからして真面目そうな青年だった。アイスグリーンの髪は見惚れてしまう程美しく、眼鏡の下の眼はビビッドイエロー。滅多に眼では無いだろう色に見ていて心を奪われてしまう。雰囲気と体格からいって年は俺より少し上だろう。
 用意された食事を口にしながら、青年をずっと見ていた。

「味はどうですか?」
「ん? ……あぁ、美味い。凄く美味い」
「そうですか。気に入って頂けて嬉しいです。毎日彼らの食事を用意しているオルガさんにそう言って頂けると作った甲斐があります」
「お前が作ったのか……普通に美味いと思うぞ」
「普通、ですか」
「………………いや、超美味い」
「そうですか。初めてにしては良く出来たと思います。自賛ですが」
「……」

 青年の口調が重いものだから、空気自体も重くなってきている。
 確かに青年が作ったらしい飯は美味い。これで初めての料理というのが真実なら、毎日彼奴等の飯を用意している俺の立場はどうなるんだろう……。
 しかしどんなに美味い料理を不味くする原因が他にある。

 ―――じっと、青年に見つめられながらの食事。

 姿形が出来すぎた青年は、呼吸さえも完璧だ。無駄の無い喋りに詰まりの無い呼吸。その視線に見つめられると、こっちがいつ息を吸って良いのか判らなくなってしまう。
 気を遣いながらの食事を終わらせると自動的に青年は動き出した。空になった皿を片づけ出す。

「あ、それくらい俺がやる」
「お構いなく。私がやります」
「いや、毎日やってる事をヒトにされてると気まずいからな。これぐらいはやらせてくれ」
「ですからお構いなく。今日ぐらいは私にやらせてください」
「……だから」

 ……何でコイツはそんなに完璧なんだ。
 家事……といか雑用を何から何までやってみせ、文句一つ言わずにこなしてみせる。それが苦しかった。見ず知らずの人にそこまでやってもらう筋はない。

 ―――否、『見ず知らず』ではなかった。

「…………カラミティ、お前休んでろ。コレくらいやらないと俺の気がすまない」
「そうですか。しかしまだ頑固な所は治ってないんですね。そのしつこさに私は何度壊されかけたか覚えていますか、オルガさん」

 奴は、俺の半身だった奴なんだから―――。



 奴の名はGAT-X131。
 本人はカラミティと呼べと言った。
 奴と同じ名前のものを俺は知っている。……数ヶ月前、俺が宇宙を駆けていたMSと同じ名前だった。しかしそれは18メートル以上ある機体で、まさか自分と同じくらいの身長の青年と同じ訳がない。
 しかし青年は言う。―――自分は俺の機体なんだと。

「……そんな事あって堪るか。お前、俺をバカにしてんのか」
「何故貴男をバカにしなければならないんですか。私は真剣ですが」
「MSが人間になったって、本気で?」
「そうです」

 ……クソ真面目そうな顔のまま、青年はそう語った。
 その崩れる事のない顔はロボットのようだ。しかしヒト型をしたロボットではない。メカがヒトになった、のだ。……そんな事あるものか。小説の中ならあるだろうが、現実を生きている俺はそんな事信じない……。

「誰が信じるものか……ヒトに変身するロボット……? ありえねぇだろそんなの」
「有り得ないですか。私にしてみればそのロボットのパーツであった貴男達がヒトになったのも有り得ないと思っていたのですがね」
「……」

「いっそそんな詰まらない観念など捨てて『一種の奇跡だ』で終わらせませんか。そうすれば簡単です」

 ……確かに奇跡は俺の周りで多発している。
 数ヶ月前、戦争が終わった。
 その戦争で俺と、……共に暮らしている二人は消費パーツとして戦火に繰り出されていた。
 あの戦いの中、パーツとして壊れる事を望んでもいた。もし戦争が終結したとしても分解されるものだと思っていた。

 だが奇跡が起こった。
 ……今、ヒトと同じように暮らしている。
 俺達に、ヒトに戻れる日が訪れた。
 それは、奇跡以外の何者でもなかった―――。

 今は何の監視も無く、平和に日常を過ごしている。
 ずっと俺達を苦しめていた鎖も何処かに行ってしまった。禁断症状に見舞われる事もなくマズイ薬を飲まなくてもいい……。

 何より―――二人と暮らしているということが最高の平和の証だ。
 奇跡の、証だ……。



「……そういえば、クロトとシャニは?」
「話を変えたということは今の私の結論で認めたという事ですね」
「あぁそうしてやる…………それで、彼奴等は?」
「お二人は、二機が相手をしていますが。今の私のように」
「……」

 奴……カラミティの言葉が足りない気もしたが、何となく言いたい事は通じた。
 俺の機体が此処にいる……普通の人間の姿をして。ということはやっぱりクロトの前にはあのウメボシ口の機体が、シャニの前にはカメムシ機体が人間と化して会っているいうことだろう。
 朝からずっと俺に顔を出さないのはそのせいだったのか。いつもだったら真っ先に俺に会いに来るのに。
 まぁそれは俺しか会うような奴が居ないということだが。

 戦いが終わり、軍から解放された俺達は同じ屋根の下で暮らしている。
 もう街を出歩くのも自由だ。どんな奴に会ったって構わない。……けど軍に居た俺と一緒にいる。それも一種の『奇跡』だと想う。
 きっと今、二人はカラミティと同じようなメカくさい冷たい奴を相手にしているんだろう。……あの短気な二人が対応出来るかどうか不安だ。

「カラミティ。もう一つ訊きたいんだが」

 何でしょう、と紳士的な答えを返しながらコーヒーを飲む。
 この青年が本当にあのカラミティガンダムなのか、未だに信じられなかった。

「……何でヒトになったんだ?」
「では逆にお訊きしますが、貴男は何故ヒトとして生きているんですか?」

 ……答え無く質問は終わった。



 ―――随分遅い目覚めだった。既に昼に近い。……がクロト達はもうずっと前に目覚めたようだ。直ぐに彼奴等の為にも昼飯を準備しなければならなくなる……。
 どっちかに挨拶しておくか、と自分の部屋から出た。
 ……と。

「……オルガ」

 扉を開いて直ぐにクロトが立っているのを見つけた。
 自分の部屋の前で立ちつくしているクロト。少し遅いがおはようと言おうとした……時、

「う、うあああんオルガあぁああぁ……!!!」

 泣き叫びながらクロトがタックルしてきた。咄嗟に構えて受けるが特攻攻撃を完全にふさぐ事が出来ずに崩れ倒れてしまう。

「クロト……どうした?」
「オルガぁ……オルガあぁっ!!」

 泣いている訳を訊いても泣き喚いたまま、顔を胸に埋めてくるだけだった。
 クロトがこんなにも泣きじゃくるのは珍しい。……確かにガキっぽい奴だが、妙に冷めて大人びた所を持っているのもクロトの特徴なのだ。それなのに吹っ切れて泣いているのは相当の理由が……

「……レイダーの奴がいじめる!」

 ……あったらいいなと。(希望系)

「……レイダー………………って……?」

 それは、久しぶりに聞いた……クロトの愛機の名前だった。
 それがどうしたんだ、と口から飛び出る前に気付く。俺の部屋にいたのは俺のかつての愛機。部屋から出てきたクロトは自分の機体に会っているんだ……と。
 顔を上げ、クロトの部屋の方を見た。

 ―――今度こそ、見知らぬ青年が目に映る。

 黒い。
 黒髪の青年だ。それなのに赤い眼がギラギラ輝いているのがよく判る。……その青年がクロトの部屋の前にいれば、あれが『レイダー』なんだと語っているようなものだ。
 カラミティが前に出る。……何も警戒しない所を見ると奴にとっての顔見知り……つまり、『お仲間』なんだと判った。

「―――レイダー。いくらクロト君が可愛いからといって、弱い者苛めは感心しませんね」
「オレは何もしてねーよ。……いや、オレ風に愛してやったけどな」
「嘘だ! いきなりアイツ殴ってくきたんだぞ! 鉄球で!! しかも変なプロレス技みたいのもかけられたし……!!」
「アレはオレの挨拶の仕方だよ。……短かったけどオレに乗ってたんだからミョルニルぐらい覚えてるだろ?」
「だっ、誰なんだよオルガー! 僕……っ、アイツに何か叩き起こされて……自分の部屋に逃げて……逃げたのに追いかけて来て……!!」

 ……興奮している。そういえば昨夜は(その前も、ずっと前もだが)クロトとシャニは俺の部屋で寝ていた筈だ。それが俺無しで起きられるなんておかしいと思っていた……。
 あのレイダーという青年は、少々攻撃的なクロトには似合っているんじゃないだろうか。……『飼い主に似る』という言葉は、どうやら本当らしい。
 ということは、俺のカラミティも……?

「……カラミティのパイロット」

 と、思案しているとレイダーが近寄ってきて声を掛けられる。
 黒と赤の色の青年は、吸血鬼のようなミステリアスな雰囲気も漂わせながら、……何となく近くで見るとクロトと同じ匂いがした。
 ……レイダーが近づくと同時に、クロトは遠ざかっていく。

「オレは、アンタなんかに負けないぜ―――?」
「…………あ?」
「まっ、今日一日ぐらいはクロトはオレにくれよ。なっ?」

 レイダーが前を通り過ぎていき、……逃げるクロトを追う。意地悪く笑いながら、泣き喚くクロトを追っかけて行く。
 クロトはレイダーの第一印象が悪すぎたせいか嫌っているようだが、レイダーはそうでないらしい。
 逆に、……。

「―――オルガさん。あと数分で正午です。昼食の準備をしてきましょうか」
「ぁ、……俺も手伝う」
「たっ、助けろよオルがあぁー!!!」

 逃げるクロトと、追いかけるレイダー。
 熱烈なラブコールをする物と受ける者。
 ―――その図は、……何となく気に入らなかった。



 カラミティと食事を作る。美味い朝食を用意してくれたのもあったが、カラミティは料理上手らしい。と言っても俺より巧いからそう思う。
 数ヶ月前まで、料理なんて俺はしたことが無かった。……ずっと前に食べる物は自分で調達はしていたが、キッチンに立って他の奴の分まで用意して……なんて事は無かった。
 平穏に食べる日が来るとも思っていなかった。
 ……そして、こうして誰かと共に作るなんて事も……。

「自分を謙遜しすぎです。オルガさん、貴男は十分に巧い。毎日彼らの為に作っているのだから素晴らしいです」
「彼奴等が作るより俺が作った方が美味かったから俺が作る羽目になっただけだ。クロトは何やらせても雑だし、シャニの奴は放っておくと何も食べないからな……俺が食べさせてやらないと」
「すっかり保護者ですね。あの頃も十分保護者でしたが」

 雑談をしながらの調理。手際の良いカラミティに見惚れながら少し多めの昼食を作る。
 ―――何故かクロトとレイダーも一緒に。

「はっ、何だそりゃ。クロトン〜、これからは少し料理くらい手伝ってやれよ。毎日食わせてもらってんだろ」
「オルガがキッチンには立つなって言うから立たないんだよっ!」
「お前が下手くそだからだろ。訓練しなきゃいつになったって立たせてもらえないだろが」
「だ、だって……全然やらせてくれないし……」
「やろーとしてないのに何言ってんだか。……ま、そんな鍋の持ち方じゃ嫌がられるのも当然か」
「えっ、オルガ、鍋にも持ち方ってあるのっ!?」

 ……疑問に持つな、そんな事。

「……カラミティ、少しはレイダー黙らせる方法は無いのか」
「―――何故黙らせる必要があるのでしょうか」
「俺、うるさいのは嫌いなんだよ」
「そうですね。確かに貴男は昔よく言っていました。『うっせーよ』やら『てめーもうぜぇ』やら。そうオルガさんが言う度に二人が反応していましたね。どちらからが口を閉ざすまで大人しくはならないと思いますが」

 ……微妙な記憶を掘り起こしてくるな。
 しかし、あの会話を聞いていたのはシャニとクロトのみだ。
 それを知っているということはやはり此奴等は……。

「はんっ、うっせーのはどっちだよ。そのネチネチした言い方の方がうぜぇよ、カラミティ!」
「……」

 今度はレイダーはカラミティにつっかかってきた。ギラギラと赤い眼を燃やしながらカラミティに攻撃を加える。……とりあえず手にしている包丁は下げて置いてほしい。
 しかしカラミティは応対しない。無視して手を動かすだけだ。

「……カラミティ?」
「はい、何でしょうかオルガさん」

 どうやら意識はあるらしい。しかしレイダーの声は一切聞こえてないようだ。
 ―――『口を閉ざせば大人しくなる』ということを知っているせいか。

「あ〜テメェ! 無視すんじゃねーよ!!」
「レイダー、貴男に無視出来ないような重要な事を聞いた覚えが無い。ですから聞かないのが一番です」
「……オレはな、そういうお前のスカした所が嫌いなんだよ!」
「どういたしまして。それよりオルガさん、味噌汁は沸騰すると美味しくありませんよ」
「あ、あぁスマン……」

 つい、その切り返しの巧さにに見とれてしまって……。
 でも、……無視した方がよりレイダーが怒っていると思うんだが……?

「―――そういれば、私たちは四人ですが六人分食器を用意しているのは何故ですか」
「シャニとシャニの機体がいるからな」

 そういえば今日一回もシャニに顔を会わせていない。クロトに会った途端昼食の準備だ。
 シャニもまたクロトのようにMSに追われているのだろうか。
 ……カメムシの機体……一体どんな奴なのか。

「クロト、呼びに行ってくれるか?」
「えーっ、僕よりオルガが起こした方が絶対起きると思うけど」

 ……シャニはなかなか目を覚まさない。しかしコツさえあれば直ぐに呼んでくる事が出来る。じゃあ一緒に行こう、とクロトと共にキッチンに出る。

「クロトが行くならオレも行くぜ」
「では、お供させて頂きます」

 ……ぞろぞろと、シャニの部屋に向かう。



 ―――すやすや。

「……」

 やはり、シャニはまだ眠っていた。
 あまり使われないベッドで熟睡している。時間さえあれば寝ているか騒がしい歌を聴いているか白夜ってる奴だ。半ば予想した通りだった。

 ―――すやすや。

「……ずっと寝てたのか、カラミティ?」
「いえ、朝の時点では起きていましたが」
「逃げ疲れたんだろ。……変な奴に追われてさ」
「こんな所で寝ていたら直ぐ捕まると思うぜ?」

 ―――すやすや。

 ……言っておくが、今は正午だ。
 日は明るく、窓からは青空の光が入ってくる。……良い天気すぎて昼寝には似合わない日だと思うんだが……。

 ―――すやすや。

「オルガー、いつものやり方で起こしてやればー?」
「……いや、今日はギャラリーがいるから……」
「お構いなく。私たちは何もしませんので」

 ……その、見ているだけの事をギャラリーと言うんだと思うが。

「って、何すんだ起こすって?」
「目覚めのキスだよ」

 ……。



「……ってクロト。そんなの見せつけられてムカつかないのか?」
「え、…………だっていつもの事だし……」
「へぇ、いつも……ねぇ。いっつもお前はあの二人のラヴシーンを見せつけられている訳だ」
「……で、でも僕にも同じ事してくれるし……」
「毎朝キスで起こして貰っているのか?」
「……違う。アレは、シャニだけ……だけど」
「じゃあお前だけの特権て何だよ。……何も無いんじゃねーか?」
「……」
「あーかわいそーに…………クロトン置いてけぼりかー?」
「違う! ……オルガは僕の事も好きだよ!!」



 ……なんか後ろの方でうるさいが気にしないでおこう。

「シャニ……」

 近寄って、長い髪を梳いてもシャニは反応しない。
 ……本当にコイツは、してやらないと起きやしない。自分から起きない所とかシャニは甘えすぎだと思うが……それに応えてしまう俺も十分甘い。
 まぁ、毎日二人の飯作ってやってるのも十分甘いけど……。
 二人の世話してやってんのも甘いと思うけど……。

「シャニ……」

 いつものように、変わり映えなく唇を重ね……………………



 べしっ。



 ……。

「……あ?」

 今、誰かに叩かれたような……。

「だれ、が………………?」



 ―――顔を上げると、見たこと無い奴がいた。



「……」
「……」

 気配が全く読めなかった。
 この部屋には眠るシャニ、入ってきた俺達二人と二機しかいないと思っていたのに。
 ……確かに目の前に、緑の人間がいた。

「シャニさんに触らないでください!」
「は……っ?」

 凛とした声。舞台俳優のようなはっきりとした大声。そして奴はシャニを抱き上げる。

「朝からそんな不純な行為を黙って見ている訳にはいきません! あちらには子供もいるんですよ!」

 子供―――言われて指さされたのはクロトだった……が、(何故か)落ち込んでいてその言葉には反応しなかった。
 それに朝って、……確かにコヤツは寝ているがもう昼なんですけど。

「教育的指導です! 更正です!!」

 凄い形相で、シャニを抱きかかえた緑の奴は叫ぶ。

「いきなり接吻なんて、不潔です!! 相手の気持ちも考えて下さい!!!」
「いや、でも俺とシャニは恋人同士なんだし全然おかしくなんて……」



「……おぃクロト。今、お前のコト思いっきり無視したぜアイツ」
「い、……今のは話がややこしくなるから僕の名前言わなかっただけだよ……」
「どうかな。いつもあのワカメにはキスしてるのにお前にはしてくんねぇんだろ?」
「……(少し涙目)」
「堂々と『俺とシャニは恋人同士なんだ』かぁ……もぅ二人っきりの世界ってカンジだな」
「……(大分涙目)」
「第一二股かけてんのがおかしーんだよ。まっ諦めろや、つか俺と付き合えやクロトン!」
「…………ふぇ…………」



「下心丸見えじゃないですか! 不潔です!! それに声を掛けてあげれば済む話です、何故接吻する必要があるのですか、いいえありません!!!」
「それが、此奴まずフツーじゃ起きないし……」
「キスだと起きるっていうんですか! この不浄理者!! シャニさんから離れなさい!!」
「その、これは俺の生活スタイルの一部だし……やんないと飯の準備と同じで気まずいんだよ」



「……と言いつつヤりたいだけだぜ、絶対。そんでも許してんの、クロト?」
「で、でも……ホントにそれでシャニは起きるし……」
「お前より何十倍もワカメの方が独占したんだろ、間違ってるかオレ?」
「そ、そうだけど……そうだけど…………」



「……ん、ん〜……うるさ〜い……」
「あ、シャニさん…………ほら、起きたじゃないですか! 普通に声を掛ければ済む話だったんです!」

 そりゃお前があんなに大声出せば誰だって起きるだろ。
 そこまで俺は毎朝に労働力使いたくないだけで……。

「ぁ……オルガぁ〜っ……」
「……シャニ」



 ………………ちゅ。



「……起きたか?」
「……おはよ〜」

 結局、抱きついてきたシャニに口付けられた。
 やっぱり、ヤんないと始まらないんだ。



 ……。

「オルガ……なんかいい匂い……」
「起きろよ、飯用意したから。今日は客が多いから寝てると無くなるぞ」
「ん〜、起きる〜……」

 …………。

「……ん、どうしたクロト?」
「オルガ……僕のコト…………好きだよね……?」
「は? 何だ、また発作かお前……」

 ………………。

「―――オルガさん。ヒト一人起こすのに時間を費やしすぎです。折角の味噌汁が冷めてしまいました」
「それぐらい、暖めれば済む話だろ」

 ……………………。



「シ ャ ニ さ ん の バ カ 〜!!! 」

「おぃコラフォビドゥン、アルムフォイヤー出すな!!!」
「シャニさんの為に…… シ ャ ニ さ ん の 為 に や っ た の に 〜〜っっ!!!」
「人様のお家を壊してはいけませんよ、フォビドゥン」

 ……あぁ、やっぱりアイツがカメムシの正体だったのか。

「あいつ、バルカン乱射してる……って一体何処から出てるんだよ?」
「私達、モトはMSですので」
「そういう問題なんだ……?」
「……ねぇ〜オルガぁ、もっかいキスして〜……」

 ……それと、火に油注ぐような事言うなよ、シャニ。



 /2

「……ん〜、今日の料理、何か違うー……?」
「今日のは俺が作ったんじゃないからな。カラミティが…………だからシャニ、少しは味わって食べてくれ」
「お構いなく。ゆっくり食べても食べなくても味は変わらないでしょうし。オルガさんご飯のおかわりは?」
「頼む。……って、味変わるだろ。急いで食べてるのと噛み締める味は全然違う。絶対後者の方が美味いに決まってる」
「シャニはゆっくりはゆっくりだけど、あんまり噛まないからな…………ってレイダー! それ僕の!!」
「はぁ? お前のはそっちの小っこい皿のだろ、肉はオレに寄こせや」
「却・下!! 肉食わなきゃ大きくなれないってオルガに言われてるんだよ!!」
「その年齢でもう成長はもう諦めた方がいいのでは」
「カラミティそれ以上言うな……またあやすの面倒だから……」
「……ん〜、美味いけどちょっと味薄くないー……?」
「じゃあっシャニさんコレどうぞ! フォビドゥン特製☆イナゴの佃煮です!」
「ん、濃…………」
「うわ色も濃っっ!! というかイヤにドス黒くない!?」
「言うならばオレ色だな!」
「煮付けすぎかもしれませんが、味は確かですね。オルガさんお茶のおかわりは?」
「あぁ、…………」

 ……。
 …………。
 ………………全く、物凄く騒がしい食事だ。



「―――で、お前達いつまで此処にいる気なんだ?」

 食事も終わり、居間でダレている三機にずっと訊きたかった事を尋ねる。
 レイダーは我が家のように寝転がり遠慮というものを知らない。フォビドゥンはシャニに遊ばれているが……。

「別に。此処居心地いいしずっと居座らせてもらいたいけ「反・対っっ!!!」

 レイダーの言葉が終わる前にクロトに猛反対を喰らう。そのツッコミを待っていたかのようにレイダーは笑った。

「え〜なんでだよ〜?(ニヤニヤ)」
「お前がいると僕達が休めないだろ!! オルガだって疲れてるし!!」
「あそこのワカメとカメムシは休んでるじゃねーか。慣れりゃなんとかなるって」

 ……シャニはまた昼寝に入っている。寝て起きて食って、更に寝て……それでいて夜も寝ているのだから生活リズムは前よりもおかしいと思う……。
 だが今のシャニは普段とは違う。
 只の昼寝でも楽しんでいるようだった。

 ―――フォビドゥンの膝を枕にして眠る。
 冷えるだろうと毛布を掛けようとしたがボディーガードに阻止された。今度は只触る事も許されないらしい。

「だって此処は僕達の家で……! それにお前ら、MSだろ!? 何で僕達の前にいるんだよ!」
「お前等だって生体CPUだっただろ。だけど普通に暮らしてるじゃないか」
「そりゃそうだけど……っ」

 ……お互い有り得ない物同士。
 だが、クロトとレイダーの違いは、少し次元が大きすぎると思う。
 ……一体どうやってあの機械が人間になったのか。

 ―――それを、奇跡という言葉で片づけて良いものだろうか。

「シャニさん……一緒にいたら駄目ですかぁ?」
「ん〜……フォビドゥンはおっけい〜」
「わぁっv ありがとうございます〜♪ シャニさんの為なら何だってしますから☆」

 ……ってシャニの奴、いつの間にフォビドゥンとあんなに仲良くなったんだよ?



「……………………買い物してくる。留守番頼んだぞ」
「では、私が行ってきましょうか?」
「これも俺の習慣だ。行かせてくれ」
「それではお供させて頂きます」
「じゃ、じゃあ僕も行…………!」
「おらっ、クロトはオレに付き合えよっ」
「なんで………………っていたぁー!! プロレス技かけるなー!! オおぉールうぅーガあァー!!!」



 ―――どうも俺はレイダーとフォビドゥンを好けない。

 クロトとシャニ向けの機体だから……ではなく、性格的に合わない。フォビドゥンはシャニの事を溺愛しているし、レイダーはクロトを好いているようだ。……それが気に入らないとかそういう意味ではないと思うが。
 ……思うが、今までこんな感情は無かった。

 相手を羨む事、今まで誰も俺達に関心を寄せる奴はいなかった。……一人だけ俺達を拾った趣味の悪いおっさんが名前を覚えてくれたが、それ以外はヒトとして、感情を通わせ合う者同士として接せられる事などなかった。
 俺が二人を恋する事があっても、シャニが二人を、クロトが二人を熱する事があってもそれ以外は無い。

 ―――二人が誰かに好かれる、そんなの見たことが無かった。

 これからも、見る事はないだろうと思っていた。

 ―――もう、二人は自分のものだと思っていたせいか。

 毎日のように触れ、言葉を通わせ合い、同じ世界に生きることが出来たから。

 ―――奇跡的に。

 俗に言う『嫉妬』とはこの事だ……。



「……………………ですが、此処にずっと居られるかは判りません。レイダーもフォビドゥンもずっと居たいと言ってますが。勿論私もですけれど」
「へぇ……どうして?」

 今夜の夕食の買い出しをしながら、カラミティは先程の話を続けていた。
 荷物はカラミティが、無表情ながらも頑固に持たせろとうるさいので持ってもらっている。
 だから俺は手ぶらだ。……居心地が悪くてたまらない。
 普段無いことをされるのは気持ち悪いな……。

「『奇跡』はいつ続くか判らないものでしょう。―――私達は想いで人間になれた。ですが想いだけで物事を変えられると本当に信じている訳ではありません」
「……お前、最初奇跡で何でも片づけられると言ってた気が……」
「それで結論づけられたら一番素敵です。が、気持ちだけで生き延びられるものですかね、命というものは。こうやって貴男と話す事は嬉しいですが、不安も沢山ありますね」

 ……普段なら買い物ついでに本屋でも立ち寄るんだが、カラミティに荷物を持たせて待ってもらう事は出来ない。本屋を通り過ぎる。
 俺がこの道を通るのに本屋に寄らないのは、―――シャニとクロトと来た時以来だった。そうある事じゃない。

 ……ふと、二人とは全く歩んでいないとうことに気付いた。
 かと言って無理に連れ出して文句ばかり聞くのは面倒くさい。
 ……ついそう思ってしまうからある一定の距離を置いてしまっていたのだ。

 一番近い位置にいるのに気付かないもの。
 何処かの歌詞のような言葉が思い浮かんだ―――。

「……本当に、いつ消えてもおかしくないような言い方だな」
「現に判りませんから。いつ消えるのか、それともずっと消えないのか。全て判らないままです。ですから私はあまり詮索したくない。もう話しかけるのは止めましょう。―――考えればどうしても悪い方向しか頭が働かないのですから」
「あぁ……それは俺もよく『あった』」

 ―――数ヶ月前、戦争が終わった。
 連合軍が惨敗してカラミティは破壊されて俺は死ぬ。
 ―――それが俺が描いていた未来だった。
 夢見ていた日常生活も叶う訳がない、禁断症状に苦しみながら延々と暗い世界を思い浮かべていた。



 だけど想っていた。
 微かに、奇跡が起きて…………バカなガキ二人と一緒に暮らせれば良いのに、と。



「俺は、想いだけで何かが変えられるとかいうのはあると思うぞ」



 困難だと思われていた平和が此処にあるのは、―――やっぱり想い故じゃないだろうか。

「……」
「………………カラミティ?」

 淡々と話していたカラミティが黙る。何かあったのか気になって顔を覗き込んだ。
 意識はある、が返事はしない。

「どうした?」
「………………話はちゃんと聞いてください。私は、もう話しかけるのは止めましょう、と言いましたが」
「……」

 昼食準備時、……レイダーがずっと突っかかってきたのを思い出した。
 カラミティの性格が何となく、今頃だが読めてきた。
 ……レイダーとフォビドゥンは好かないが、カラミティは気が合うかもしれない。

 思いっきり厭そうな顔。

「すまん……」
「では違う話をしましょうか。ずっと出来なかった事ですからね、思う存分話させて貰いますよ―――」

 流石俺の半身―――だったものだ。



 ―――ダラダラと会話を楽しみながら夕食を終え、また時間を潰す。
 一気に家族が増えた家は窮屈でクロトはまた泣いている。
 シャニは、……窮屈だからってフォビドゥンに膝枕の次は膝椅子されている。
 成る可く直視はしない事にしよう。―――やたら楽しげが顔は良い事だと思いつつも感に障る。

 ……夜、シャニがまたウトウトし始めた所で話を切りだした。
 お前等何処に寝る、と。

「ベッドはそれぞれの部屋あるけど、客人のもんまで無いぞ」
「あ〜、オレはクロトンと一緒に寝るから用意しなくていいって〜」
「!? 何でお前と寝なきゃいけないんだよ……!」
「つれない事言うなよ〜、今日一日中熱い抱擁をし合った仲だろが〜っっ!!!」
「いたいいたいいたいぃ〜…………!!!」

「……そうか、レイダーには良い抱き枕があるからいいとして……」
「それって僕の事!? 僕は今夜もオルガと一緒に寝…………っ」
「あー駄目駄目。今日ぐらいはオレに抱かれろよー?」
「っ! そ、そういう言う方やめろおぉー!」

 ……こっそり耳を塞ぐ。
 本気でクロトは嫌がっているから大丈夫だろうが、……今夜は一晩中波乱ありそうだ(ベッドで)。
 一方、ワカメとカメムシは……。

「シャニさんといっしょに寝られるなんて感激☆です〜v 夢までご一緒させて下さいねvv///」
「……フォビドゥンあったかーい。オルガよりあったかーい……」
「シャニさんが良ければずぅっと抱いていますよ☆★☆」

 ……と涙を誘うような事を言っている。
 まぁフォビドゥンだったら何事もなさそうで良いんだが……。



 ということは、俺はカラミティと寝るのか?
 確かにフォビドゥンは嫌いじゃないし、……恐ろしく綺麗な奴だが……。

「安心して下さい。疚しい事など考えていませんし私は寝る必要も無いので」
「そ、そうか……」

 ……こういう時は冷静でボケないキャラって嬉しい。
 それじゃあ、……クロト生きろよ……と敬礼してから別れた。
 隣の部屋だから何かあれば直ぐに駆けつけるだろう。……ずっと叫び声を上げているから、どのタイミングで入ればいいか俺の方からでは一切判らないのでレイダーを信じるしかない……。



 ―――灯りを消す。

「それではおやすみなさいませ、オルガさん」
「あぁ……」

 カラミティは、まだ立っていた。
 寝る時はどんな風にも寝ると言い張っているので、カラミティを寝かせる事は出来なかった。
 気になるが、一人ベッドに入る。



 ……ベッドが、ヤケに広すぎて落ち着かなかった。



「……」

 何故個室を与えておきながら、一人用がこんなにも大きなベッドなんだろうか。
 大きすぎるベッドは寝返りするのが逆に辛かった。

「……」

 ごろん、と仰向けから俯せになってみる。
 何も障害物が無いから直ぐに俯せになれた。
 ……当然の事かもしれないが、俺にとっては新鮮で…………落ち着かない。

「……」

 いつもは俺のベッドでクロトとシャニは寝るせいか、こうやって別に眠るのは久しぶりだ。

 ―――久しぶり。

 平和な日々が続きすぎて、こうやって二人と分かれるということが久しぶりになってしまった。



 昔はいつ離れてしまうか判らなかったのに。



 続きすぎた幸せは、幸せの価値を落としてしまう―――。

「………………あぁっ、くそっっ!!」
「オルガさん?」
「カラミティ、本当にお前は横にならないのか?」
「お構いなく。確かに私達は人間の形はしているがどうやら人間と同じではないようです。睡眠をとるのは良い事のようですが、とらなければいけないというものでもないので」
「……なんだ、『良い』んじゃないか」

 まだ立っていたカラミティの腕を引いた。

 大体、灯りを消す前におかしいと思うべきだった。
 これから寝ようとする奴が居るのに、一人は立っていた。
 寝る訳でもなく、ずっと立ち続けて―――。

「入れよ」

 広すぎるベッドに招いた。
 一人入ってもまだ足りないほど、空いてしまったものは大きい。

「………………疚しい事は嫌いです」
「しねーよ。……俺には彼奴等だけだってわかってんだろが」
「それもそれでしたね。―――では」

 ベッドが沈む。
 少し、寝床が狭くなった。
 ……少し、居心地が良くなった。

 …………少し、心が安まる。

「……お話しても宜しいですか」
「何だ」
「……意外でした」
「……何が」

「もう少しオルガさんは厳しいヒトだと思っていました。装甲の固い私を何度も壊しかけたヒトですからね、乱暴なヒトだと」

「……一応、今もそのつもりでいるが……」
「いいえ違いますね。今の貴男は甘いヒトです。本当に私を壊しかけたあの三体の中でも一番レベルの低くて暴走莫迦がこんなにも仲間想いで優しい人になるなんて思いもしませんでしたよ」

 ……。
 ……お前、何か今毒含んだだろ。

「お構いなく。―――いえ、今の言葉は間違いですね。『仲間想い』ではなく『恋人想い』ですか」
「……」

「一種の奇跡ですよ、この短い期間の、貴男の変わり映え―――」



 ……全く、お前は。

「全部『奇跡』一言で片づけたがるんだな」
「それが一番楽ですからね」
「じゃあ少し苦労してでも言い直せ。―――今の俺が奇跡なら、俺もいつ消えてもおかしくないって事か?」



 それは、絶対消えない。
 消えるつもりもないし、そんな筈がない」

 お前の信じる奇跡と俺達の奇跡を一緒にするなら、
 たとえ厭そうな顔をされてもずっと文句し続けるぞ―――と。



「それは失礼しました。撤回しましょう」



 ―――ところで。

「カラミティ、お前……雌なのか?」
「お構いなく。では私も休ませて頂きますよ―――」



 ―――朝。
 起きると、……やっぱりベッドにはカラミティの姿は無かった。

「……」

 確認してみたが、クロトの部屋にレイダー、シャニの部屋にフォビドゥンの姿も無かった。
 夢だったのだろうか、と考えたがクロトもシャニも記憶があるようだった。

「フォビの奴、大事な鎌忘れてった〜」

 ……と、シャニの部屋からニーズヘグが発見された。
 ヒトが持てるよう、丁度良いサイズの鎌が……。

 昨夜まで三人がこの家にいたのは本当のようだ。
 では何故消えたのだろうか。
 …………奇跡が終わったから、だろうか?

「これ、先輩から貰った大事な鎌なんだって〜」
「わっ! 振り回すなよシャニ!! 危険!!」
「……そうか、壊すなよ」

「で、結局彼奴等何だったのさ。いきなり現れて、暴れて消えちゃって……」

 MSが人間になる?
 そんな事は有り得ない。
 でも有り得ない事ぐらい……この世には沢山あって…………

 それが有り得る事になるのも、沢山あって。



「深く考えるな。『奇跡』でいいだろ。それ以外どうやって理由付けるんだ」



 それは奇跡。
 想像もしなかった事は全て奇跡だ。

 一つの奇跡は終わってしまったが、
 もう一つの奇跡は続いている。



 まだ、こうやって
 俺が二人を抱き続けていられる限り―――。





 END

 藤縞ハルト様に捧ぐ【333】キリバン小説です。 前編04.3.9 後編04.3.10