■ Sweet memories



 別れの言葉は酷く曖昧だった。

 ―――君もいずれプラントに来るんだろう?

 桜の木の下、最後に言葉を交わした時、彼は只優しく笑うだけだった。
 その笑顔に騙されたのか、彼はプラントに来るものだと勝手に思い込んでいた。

 ―――来て、くれなかったんだね。

 コーディネーターの元に来ていれば、いつでも逢えただろうに。
 信じていただけに、辛かった。
 逢えない時間も、彼を想う時間も、彼がいない時間も、……だから辛かった。
 身勝手に、自分が良いようにばかり考えていた。

 ―――この戦いの中、また逢えるかもしれない。

 軍人というのは、大切な人に会う仕事ではないだろうに。



 想う。
 あの時の問いかけは、彼にとってはどうでも良い事だったのだろうか。
 そんな事を想ってしまうようになったのはいつからだろうか。
 何故そんな事を想ってしまったのだろうか。

 ……逆だ。軍人というのは、人から、大切な人を奪う仕事ではないか。
 どうしてそれに気付かなかったのか。
 気付いてもまた考えなかったのか。

 ……あぁ、その通り、何も考えてはいなかった。
 ただ彼に会う可能性を捜し尽くしていた。
 プラントの住居データを調べたり、彼もまた入隊していないか調べたり、…………そんな軍人の結果、やっと出逢えた。
 最も過酷な結末で―――。

 どうしてあの時返事をしてくれなかったのだろうか。彼はもう『こちら側』で逢えないと気付いていたのだろうか。
 あの桜の下、ただ微笑んでいたのは何だったんだろう。
 何が楽しかった? 一瞬でも別れが悲しいのかと思っていたあの瞳は何を考えていた?
 去っていく者を、どんな感情で想っていたのだろうか―――?



「アスラン、どうしました?」

 突如視界に入ってきた碧色の髪。ふよふよと漂う小柄の身体。彼の声でやっと覚醒した。

「ボーッとして……大丈夫ですか?」
「あぁ、すまない」

 頭を震う。目を擦る。……いつの間にか、立って眠ってしまったらしい。
 緊張し過ぎからだろうか、張りつめた空気に精神が逆転して意識が飛んでしまった。……ここが軍人としての最初の任務だから、それに興奮したのだろうか。

 ―――だから、あんな桜の夢を見たのか。あの忌々しい夢を―――?

「初めての白兵戦ですからね。……奪取成功になれば、初めてのモビルスーツ搭乗戦です」
「あぁ」

 初めての任務なのに、何もかもが重たすぎる。
 元々自分と周りの子供達は、体力を強化された人間らしいからこの分野に適していると判断された。シミュレーションもテストも高得点な者ばかりだ。作戦の成功率は九割以上だろう。任務はこの軍・ザフトの誰もが知っている、―――ナチュラル開発のモビルスーツ五機奪取。
 核で多くの人を葬ったあのナチュラルがモビルスーツを投与してくる時代になった、……これからの戦渦拡大は目に見えている。災いの芽は今の内に取り除いておかなければ、後々どうなるか判らない。
 それにしても、そんな重要な任務が何故自分に襲いかかってくるのか。適応していたからなのか、やはり自分が委員長閣下の息子だからか、それとも別の理由が?

「―――恐いのは判ります」
「え?」

 ニコルが突然悲しそうな声でそんな事を言う。どうやら悩んでいたのを恐いんだと思われたらしい。

「この作戦、アスランは反対ですか?」
「……いや」

 首を振る。……自分がしなくても誰かがしなきゃいけない事だ。そうでなければきっと、連合は五体のモビルスーツを戦場に送り人を狩るだろう。まだどんな力を持つかは知られていないが、今より被害が大きくなるのは決定した事実だ。

「やらなきゃ……俺達がやられるかもしれないからな」

 そう、納得せざるおえなかった。

「ただ俺は、……………………ちょっと、昔の事を思い出してただけだから」

 幽かに口元が笑う。笑う気分にはなれなかったが、心配してくれているニコルを安心させるためにも笑ってみせた。

「昔の事、ですか?」
「ああ、昔の事。一番楽しかった頃の事だよ」



 ―――桜の森の中。

 彼に告白したあの記憶。
 笑っていた彼の想い出。
 今となっては忌々しい過去でしかない。
 それでも、とても大切な、時間だった―――。



「それじゃまるで走馬燈―――って失礼ですよね、ごめんなさい」

 ニコルは途中まで言った言葉を止めた。
 ……走馬燈? 回り灯籠か?
 それは玩具の名前だが、―――死逝く者に対する言葉でもある。

「酷いなニコル。……確かに俺達はこれから戦争しに行くには変わりないが、死ぬ為に行くんじゃない。『生き残る術を手にする為』に行くんだろう」
「すいません。…………そうですね。例え僕達が死んでも、僕達が戦った事で生きる人がいるんですから」

 後で死んでも、今の任務を成功させておけば後の者のためになる。
 そう、一人でも生きるために、幸せの為に。



 ―――なんて偽善。
 そうやって悪を隠していくのか。
 所詮は殺人をオブラートに包んでいるだけじゃないか。
 包んだ中は、苦く痛い現実―――。



「もしかして、ラクス嬢の事でも考えていたんですか?」
「あ、…………あぁ」

 ……彼女も大切な人だ。多くの人に希望を与える少女。コーディネーターの未来の為に護っていかなければならない人だ。

「……そのようだと、ちょっととがったみたいですね……」

 対応の仕方を間違えただろうか、ニコルは勘が鋭い。それを『女みたいだ』と言ったら怒られるかもしれないが。

「でも、―――大切な人には変わらないよ」
「アスランには大切な人が沢山いるんですね」
「お前も大切だよ」

 そんな……、と否定しつつも、彼は嬉しかったのか華のように可憐に笑って見せた。



 ―――たいせつなひと。
 一番最初に思いついたのが、彼だった。
 ……自分はこんなにも彼を想っている。

 彼はどうだろう?
 自分には、大事で大事で仕方ない。
 幸せだった頃の柱になっているのが彼だから。
 今、……彼がいるから、今の自分がいるんだから―――。



 ―――彼のいる世界が護りたくて、この戦いに出たのかもしれない。
 どこでこの道を間違ったんだろう―――。



「……あ、ミゲル達が呼んでますよ。また作戦会議ですかね」
「そうだな、重要な事だもんな」

 仲間達の元へ駆け出す。
 そして想う。
 足を止め、前を行くニコルを止める。

「ニコル」

 唐突に、思いついてしまった。

「もし、たいせつなひとが道を間違えていたらどうする」




 驚いた表情を見せた。
 当惑した表情で見つめ返してくる。……どういう意味だ、と大きな目が探っていた。
 自分でも言ってから、そんな答え誰にだって判らないじゃないか、悟る。
 だって、壮大なテーマすぎる。人類がずっと追い求めている謎のひとつのような、難しすぎる質問……。

「……導いてあげるのが、一番なんじゃないですか」

 後はわかりません、……頭を下げた。

 答えは誰にも判らない。
 どのマニュアルでも載っていない。
 その答えを見出してくれるのは、きっと、―――本人だけなんだから。





墜ちる

   舞う

             掛ける

   怒鳴る

 戦う

      銃声

  刃

          刺す

        突きつける

   抉る

 切り刻む

爆発

  染まる

     赤



      血

  血

    血液



 倒れる

       消える

   死ぬ

 紅

    火花

     燃え上がる

そして

 銃声

       ―――悲鳴





「ラスティ…………!」

 そんな悪夢の時間。
 倒れる仲間。
 飛び出す自分。
 駆ける足。
 蹌踉ける女。

 ナイフを出し、
  連合の女を、
   殺すために、
    そんな姿を。



 一番たいせつなひとに見せられるわけがないだろう―――!



「………………………………」



 愛しい声が聞こえる。
 次々と夢が思い浮かんでくる。

 走馬燈。

 あれは、―――死逝く者への最期の癒し。

 死は冷たく悲しい。そんな感情を一気に吹き飛ばすよう、あたかかく幸せだった刻を思い出させてくれる。
 一番幸せだった時間を思い出させて、死への恐怖をうち払ってくれる。
 最期の手向けなんだろう。



 自分、―――アスランにはそれが視えた。
 そしてそれが消えた瞬間。



「キ、ラ」



 ―――つまり、アスランは此処で死んだということだ。



 願いが叶えられたのは一度だけ。

 これが二人の中を亀裂させる後景となる。





 END

  03,5,11[IMITATION CRIME]収録/05.7.1再録