■ 眠りの森



 この年齢で文句を言うのは可笑しいのは判る。
 だけど敢えて言おう。

 ―――大人は嫌いだ。
 自分の言い訳を人に言う様に押しつける。

 ―――それに載せられてしまう子供は嫌いだ。
 何故彼らに同意しなければならない。
 もっと自分の意志を貫けば良かっただろうに。

 最終的に折れてしまう子供は嫌いだ。



 ―――だから、彼も自分も大嫌いなんだ。



「……おいキラ。まさか寝てないんじゃないだろうな?」

 コクピット内。光速でキーボードの相手をしているキラに声を掛ける男声。身を乗り出して顔色を伺っている。そして文句を言ってくる。うるさい話に付き合ってられる時間ではなかった。

「そんな状態でもし敵さんがやって来たらどうする気なんだ」
「戦いますよ」

 戦える、ではなく、戦う。自分の意思で言った言葉である。
 しかしその言葉が出たのは『強制』に近い。戦いません、と言ったら周りの人達はどう思うだろう。何て勝手な、それでも軍人か、これだから子供は……などとさんざんな事を言われるに違いない。
 彼はどうだろうか。……今までの経験からして『お前の意思だもんな』と気にしてくれないのではないか。それはそれで、腹立たしいような。

「いいかげん寝ろよ。そこじゃないぞ、ベッドでな」

 艦内には昼と夜の区別は掴みづらいが、少なくとも今はパイロットの二人は寝ているよう指示が出ている時間帯だ。それなのに、二人とも寝ていない。
 ……寝たくないのにも色々事情がある。まず今やっている事は重要で、後回しにするとそれなりのペナルティが来る。それは艦内全体に関わる事だ。
 それと、極めて個人的な理由だが、戦艦のクルー用ベッドはお世辞でも寝心地が良いものだと言いにくい。だから寝にくい。寝付けない。何せ、軍人向けの施設、そんなに良い設備ではない。何よりそこは、いつでも死ねるようになっているという心遣いがある……と噂で聞いてから、どうも安げるように思えなくなってしまった。心穏やかに眠れる事なんて出来ない。
 だが、『心穏やかに眠れる場所へ帰る為には』、ここで睡眠をとり、体力を万全にしておかなければならない。
 それくらい、子供でも判る簡単な理論だった。理論というのもフザけている程の。

「大丈夫です」

 まだ、キーボードの上の指は動く。大丈夫だ。この調子ならあと数時間で終わる。その後に仮眠を取ればいい。そう考えながら彼の声を止めた。
 狭いコクピットの中で、小さな身体、……否、指を止める事は簡単だ。腕を押さえつければいい。しかも、少し場所を埋めればいい事だ。うごきづらくなったら重要な仕事は出来なくなってしまう。少しでもミスが許されない場所なら尚更だ。
 勿論、そんな事をされて喜ぶ者はいない。

「これ、次の戦闘までにはしておきたいんです」

不快そうな色の目で睨んだ。



 その時やっと、この時間内で初めて、二組の眼が交差した。
 避けていた訳でもない。只合う機会が無かっただけの二人の眼。
 合って直ぐ離したくなる眼の色を、……お互いしていた。



「あー、終わり終わり! それでお前さんに死なれたら、俺怒るからなー!」
「勝手にして下さい。もう少しで終わりますから」

 眼を離す。
 腕を動かす。
 指が動く。

 そして、
 バンッ!

 ……音。

 起きて動いていた整備士達が何だ何だとこちらを見た……気がする。



 ……また、眼を合わせる。
 今度は、驚いた。目の前にいるべき優しい、……フザけた色は何処にも無くて、

 ―――あるのは、心を揺らす真剣な眼差しのみ。



「怒るからな」

 リピート。
 全く同じ言葉を、全然違う声色で言ってみせる。
 何てプレッシャー。冷や汗が垂れる。背筋が震える。口から声が漏れる。……ごめんなさい、直ぐ出てしまいそうな感覚。
 ―――これが、大人の貫禄ってやつなのか。



「いくら自分で大丈夫だって思っていても、実際に身体が動いてくれるとは限らないだろ?」
「でも、……いくら寝ても実際に身体が動いてくれるとは限らないじゃないですか」
「そっちの方が良い方に運が寄る可能性が高いんだ。ほい、判ったらさっさと出るんだな!」

 狭い穴の中、見上げる。……あるのは大きな体。今にもこちらに飛びかかってきそうな程、不安定な体制でこちらに身を乗り出している。
 それでも、自分自身の身など案じなど気にしていない。彼の目が案じているのは、―――キラ自身なんだと。そう身体全体で表しているような絵だった。



「……眠れ……ないんですよ……」

 再度、眼を逸らしてそんな事を言ってみせた。
 すると彼は一変、なんだそんな事かー、と大柄に笑った。

「そんなことなら、お休みのちゅーでもしてやるよ」
「なっ……!」

 何を馬鹿な事を。
 大人で、上官だから口には出せなかったが、寸前までその言葉が出てくる。

 瞬間―――

 倒れてくる彼。
 故意に、前屈みに身体を倒した。
 そして触れる身体。
 腕、胸、指、―――唇。
 それも一瞬で終わる。
 一瞬だけの、触れるだけの行為のため。

「―――どうだ、眠りたくなったか?」



「…………今更、ですけど……言いますね」
「うん?」
「……コクピット内に入って来ないで下さい。ストライクは複座式じゃないんですから、狭くて動けません」

 これじゃ、外にも出られません、……赤面を隠しながら言う。

「そりゃ悪いな」

 全然反戦していないような調子で彼は言った。
 今、早くここから出て下さい、そう遠回しにこちらは言った。
 ……でも、彼は出ない。出ようとしない。

「少佐……? 僕の言ってる事、判ってますか?」
「おいおい、それじゃ子供扱い所じゃなくて、バカ扱いかー?」

 なら、……と目をやるが彼は動かない。それ所か、……近付いて抱きつきさえもしている。

「ぅむ……っ!」

 三度、襲いかかってくる巨体。
 冷たい、……熱で熱かったりもする機械と大きな大人の身体に挟まれる。
 わざと、だ。同じような所を仕事場としていた彼だ。狭い空間の行き来には慣れている筈なのに。

「いやー、いい場所発見したな。ココなら狭いから問答無用に密着出来るし」
「な、……っ」
「ナンなら俺もココで寝てみようか、今日は。隣で一緒に寝てやるよ、坊主」

 カカカ、と人が悪そうに笑う。
 いや、本当に人が悪い。

「な、な……ッ」

 ―――彼に勝てる訳が内のだから。勝負が判っている戦いに、付き合わされてしまったのだから。

「……何、言ってやがるんですか貴男はー!!」



 ……やっとデッキまで降りる事が出来た。
 あれから何度もアタックをかけてきたが、五回程で逃げる事に成功。ここまで来れば動いている整備士も多いし、相当な事はされない。

「さあ、騒いだら眠たくなってきただろ?」

 一運動終わったような爽やかさを振りまく。いつもの軽い調子で肩に手まで置いてくる。
 セクハラです、と言ってやろうか。
 少しは怯むだろうか、……否、その程度で怯まないだろう。
 だって今夜の試合は、もう勝者が決まっているのだから。

 肩に置かれた手を振り払わず、紫の瞳で睨む。
 アレで眠れるわけがないでしょう、と想いを込めて。



「逆に眠気が覚めましたよ。―――今夜は付き合って下さい」





END

03,5,11[IMITATION CRIME]収録/05.7.1再録