■ Simple And Clean
―――整備士達が忙しそうに動いている。
外はもう晴れたというのに大きな艦内は更にどよめき始めている。仕えるモビルスーツの整備。蠢くソレを、一人眺めていた。
『戦争だから』で割り切れる人達は凄い。自分はまだ乗るのに怯えて、動かして怯えて、人を撃って怯えている。未だ気持ちの整理がつかない。
……もう自分は正式な軍人で、ストライクのパイロットなのに。
……もう搭乗を怯えたり、トリガーを引く事を躊躇ってはいけないのに。
頭に思い浮かぶのは1人、大切な友人。
撃たねば死ぬ中で、彼は懸命に戦っている。コーディネーターとして、コーディネーターのために。なのにコーディネーターに邪魔され、そのコーディネーターのせいで悩んでいる。
自分のした事は間違っていたのか?
ヒト一人悩ませて、何十人も殺してきて、泣いて喚いて、それでも自分が死ぬのが嫌だから殺してきて、―――とにかく、疲れてしまった。身体的にも精神的にも、それが正直な感想だった。
頭に思い浮かぶのは、大切な人の声。
「…………おぃキラ、大丈夫か?」
記憶の中ではなく今、次から次へとパイロットとしての自分にかけられる声。その中でも特に陽気な声の主が現れる。
「フラガ少佐…………っ」
声を返す。すると笑いかけてくる。生き残った一人で、助けてくれた一人だ。
「……すいませんでした。また、助けてもらって……」
二人共大事な戦力なのに、一人突っ走ってしまう。それを止めるのは、いつもフラガだった。―――このヒトがいなければ、自分は此処に立っていないかもしれない。そこまで思っている。
「気にするな。これから頑張ればいいことだ」
このヒトがいなければ、自分はこうやって戦ってはいないかもしれない。優しい彼はくしゃくしゃと頭をかいてくる。明るい笑顔に心が和む。癒される。
「お前は、大切な戦力だからな。消えちまったら俺もみんなも困るぞ」
「…………」
その言葉に、急に熱が冷めていった。
彼は間違った事は言っていない。ストライクは重要な機体で、それを扱える自分は重要なクルーだ。なのに、さっきの言葉は心臓にきた。ザクリ、と何か刺されたような感覚。
それを見知らぬクルー達に言われるのならまだしも、少佐に―――
「僕は……」
例え強くっても、大きな力を使えても、
結局、ただの兵士なんですか。
口から出せず、胸の中へと押し殺す。
「あの、……もしですよ」
見上げて、彼の眼を見てらしくない話ををしだした。笑って彼は続く声を待つ。
「もし戦争が終わったら、少佐は―――どうするつもりですか?」
すると軽快に笑った。『もしなんて言うな』と先に断る。『絶対に終わらせるんだ』とも続く。
「そうだな、俺は軍人はやめないだろうな。戦争が終わっても軍隊は消えるわけじゃないんだから。―――でも、お前は軍は辞めろ。もっと違う道がある筈だ」
当たり前かのように、まるで用意していた言葉のように彼は語る。
―――じゃあ何か。
『今』が終われば、自分はもう用無しなのか。
「僕は、……」
「キラ?」
笑っているのに、目は心配した色を見せる。それだけ自分の表情が曇ってきたのだろう。……しかし、なおそうにもなおせない。それだけ、胸が痛い。さっきの戦闘で負傷したのかワカラナイけど―――。
「僕は、―――貴男と一緒にいたい」
―――例え戦艦でも、戦場でも、傍にいて顔を見合って彼と話せる空間にいたい。
……言ってから激しく後悔する。逃げ出すのはカッコワルイ。なので目を伏せ黙った。
…………一緒にいたい。それじゃあダメなんですか?
無言で訴えた。
「―――やめてくれ」
「っ…………」
……拒絶された。
さっきの痛みなんてものはなくなった。あまりに胸が痛すぎて、―――もう感覚が無くなってしまったかのように。
「キラ、お前は此処にいるべきじゃなかったんだ―――」
「えっ…………」
視界が塞がれる。真っ暗になる。さっきまで居た少佐がいない。
……近すぎて、何処に行ったか分からなくなってしまったのだ。
―――そう、近すぎて。
抱きしめられて―――。
「俺は、いつまでもお前が死のすぐ傍にいるのが堪えられない」
まわされた腕。撫でられる。
落ち着かせるように、慎重で暖かい声で―――抱きしめてくれた。
「今は―――仕方ないかもしれない。でもヘリオポリスの事件が無ければ、お前は少しでも平和な世界で暮らしていただろう? だから、本来あるべき自分に戻ってくれ」
耳元での声。囁かれる。
気を休めさせるように、優しく暖かい手で。
―――言ってくれた。自分だけのための言葉で。
「…………それじゃあ少佐は今と変わらない。結局、危ない目に遭うかもしれないじゃないですか…………」
「今までずっと危なかったさ。だからこれからも大丈夫。そう簡単に俺は死なないさ」
―――だから、お前は死なないでほしい。
もっと安全な所で…………
「俺の帰りを迎えてくれる―――そんな存在になってくれないか」
……不思議だった。こんな姿、誰かに見られたら絶対嫌なのに。
でも今は、―――このヒトに抱かれていたい。
ずっと、もっと、長く、強く―――。
「………………はぃ」
出ない声をしぼって好意をぶつけた。
この言葉を待っていたのかもしれない。
言ってくれなかったら、自分は壊れていたかもしれない。
大切なあの友人の後を追っていたかもしれない。
だから、嬉しい。
そんな自分を止めてくれたこのヒトが。
―――堪らなく、愛しい。
落ち着いた所で、軽く、彼は微笑む。そして、
「んー、そうだな。もっと大きな声で言ってくれないか。このデッキ中に響くぐらいに」
「………………勘弁して下さいよ」
腕を放してしまった。
「でもよ、これで意欲湧いただろ?」
これからはもっと死ねなくだっただろ、と気味の悪い冗談を言う。
笑ってしまう。その冗談ではなく、さっきまで真剣だった声がまた明るくなって―――それが好きなんだと。ずっと見ていた。
再確認してしまった。ふざけてる少佐も、真剣な少佐も、自分は、大好きらしい―――。
「さぁ、早くこの戦争を終わらせないとな」
―――だから、二人で生き残りましょう。
いつか想った決意を、また繰り返して―――。
END