■ Beginning



 ―――二号機が奪われた。



 その後始末はもちろんモルモット隊に命じられる。ソロモンで戦端が開かれるより先に、事態を収拾しなくてはならない。事態の収拾とはすなわち……二号機の奪還。もしくは、破壊。ニムバスは宇宙に出てからのルートもすでに確認されていた。

 ユウには、ブルー……三号機が与えられた。シュミレーションでの経験があったが、宇宙にMSで出るのは初めてだった。一号機に引き続き、三号機の主任メカニックとなったアルフは、機体のチェックに追われていた。宇宙でのMSの実戦使用するのは初めてらしい。訓練でユウが出るたび、設定をさまざまに変更していた。
 ブルーは、EXAMを積んだ機体は、決してスーパーマシンではない。今はもう亡き、クルストのふれこみでは、機体管制のみならず、パイロットに情報をフィードバックさせることで、機体とパイロットをリンクさせて飛躍的な戦闘能力を持たせる……。
 それがEXAM。それを扱うには相性というものが関連してくる。

 ―――EXAMはヒトを選ぶ。

 そう、言われた。
 ユウが、EXAMに選ばれたと。EXAMを発動させて、まともな状態で帰ってきたのはユウだけだと。……ジオンにも、一人いるが。
 二度もEXAMの発動に耐えている。選ばれた人間なんだ……とアルフに聞かされた。殺戮機械として扱うには、いい台詞だと思った。

 ―――EXAMは暴走する。

 自分自身を護るために、パイロットを壊す。そして、ユウも壊された一人だった。二号機が奪われた瞬間、ニムバスと戦ったパイロットは、『中尉』でも『ユウ・カジマ』でもなく、まったく別の人間と化していた。戦闘が終わっても、それを解くことが出来なかった。
 ……フィリップがいてくれたこそ、冷静になれた、ともいう……。
 怖い、とかそういうのではない。―――元々、死ぬのは望んでいるのだから。



 サラミスで割り当てられた部屋は個室だった。他のパイロットたち、フィリップやサマナも同じような部屋が当てられたに違いない。通常、尉官には一人部屋が与えられるから当然なことだが……。
 事態の収拾後、モルモット隊はこの艦のMS部隊とともにソロモンの攻略戦に参加することになっていた。
 ―――ユウは最後の訓練を終え、部屋に戻ってきた。
 出撃までの間に睡眠をとるはずだったが、なかなか寝付けなかった。サラミスには重力のあるブロックが存在しない。宇宙空間の無重力状態が、艦内全てを支配している。固定式のベットも窮屈である。睡眠をするところだと言いながら、ここでは寝られない気もする。
 重力のない部屋の中。天井を見つめていると、様々なことが浮かんでくる。

 事態の収拾とは、三号機の対決を意味する。つまりは、ニムバスと三度目で、最後の戦いになる。
 機体の性能は互角。本当の意味で、パイロットとしての技量が問われる所。

 ……どうしても、あの男と向き合うことをさけてしまう。

 EXAMを発動させれば、奴をジオンのパイロットとしてでなく、ニムバス・シュターゼンという一個の人間として殺すために、トリガーを引くだろう。顔のある人間を殺さなければならない。そうしなければ、自分が死ぬ。これまでのように、相手に顔のないジオンの一パイロットとしておとしたかった。
 EXAMはそれを許してはくれないだろう。同じことを奴も考えているのだろうか……。



 ベットの側にあるインタフォンが音をたてた。静まりかえっていた部屋に響き渡る。
 インタフォンの応答に切り替える。呼び出しは部屋のすぐ外の廊下であった。旧式の艦だけあって、ミデア同様、モニターが付いていない。

「…………何か?」

 ユウは呼びかけた。が、答えはなかなか返ってこない。少し戸惑って、声をかける。

「…………フィリップ?」
「よう」

 同じように部屋に戻ったはずの同僚が、そこにいた。

「入っていいか?」

 いつもなら聞かない、小さな声でいった。ユウは短く応じ、フィリップを自室に誘った。機械音をたてて、背後で扉が閉まる。ベットに腰をおろす。

「すまんな、いきなり……」

 いつものことのように感じるが、どことなく違う。
 いい加減な笑みが消え、何故か、作り笑いをしているように見える。
 そして、こうこたえた。

「自分の知らないうちに、身近な人間が消える……そんなもんなんだな」

 呟くように洩らす。
 それだけで意味がわかった。

 ―――誰かが、戦死、したのだろうと。

「わかったか? お前とも関係あるかもしれねぇけど………………ダチだよ……」

 ……『だった奴』と訂正させたほうがいいだろうか。

 これまでに、まわりで何人もの戦友が消えていったのは体験している。それは、同じパイロットである彼にもわかっているはずだ。かける言葉がない。何をするべきかもわからず、何しに来た、とでも言うべきなのか。

「…………」
「あ、別に『慰めてくれ』とかそういうんじゃないからな」

 ユウの目で、何を言いたがっているのかもうわかったらしい。

「ま、慰めてくれたら嬉しいんだけどなぁ……」
「…………」

 無理か、と呟いた。

「ちょっと忘れてたんだよ……簡単に死んじまうってのを」

 勝手に隣に腰をおろすフィリップ。
 ……別に嫌じゃないが。

「EXAMに乗ったお前……楽しんでたな」
「…………」
「そう考えて無くても、俺にはそう見えたぞ。あのジオンのパイロットと戦って、……奴が逃げたあとも、無意味に戦おうとして」

 それで、フィリップに押さえつけられた。

「…………すまない」
「ストレートがあんなにうまくきまるとは思わなかったからな……もう痛くないか?」

 暴走したユウに、横顔に拳をぶち込まれた……それで正気を取り戻した。そのとき口の中をきったようで、手の甲にはかすかに血が滲んでいた。が、それぐらいの血ぐらい、どうってことはない。
 その時の、通信から聞こえた戦艦の爆発音。
 その先にいる『彼ら』に比べれば……。

 あの時、……殴られた場所を触られる。
 フィリップは、そのままユウの身体を抱きしめると、唇を塞ぐ。生暖かい舌が、ユウの口中に侵入してきた。

「…………んっ…………」

 ユウはフィリップから逃れようとするが、フィリップの力に叶わなかった。故にたっぷりとフィリップに口中を堪能されてしまう。

「ユウ…………」

 フィリップの手がユウの腰に廻される。全くフィリップに隙はなかった。



「ブルーが来てからお前変だぞ」
「…………っ」
「そんなに急いで……早く死にたいとか思ってるんじゃないだろうな?」

 まさか。
 ……とは返せなかった。

 そう、つい最近まで感じていたのだから。



「上官みたいなこと言うけどな………………死ぬなよ」

 ……。

「お前エースなんだから、いなくなったら俺達も困るんだ」

 …………。

「もちろん、それ以外も……俺には困る」

 身体を自分の中に閉じ込める。フィリップの胸板は広くて厚かった。

「変かと思われるかもな……でも、今日は、お前を感じていたいんだ」

 …………。



 フィリップの腕の力がいっそう強くなる。

「……フィリップ…………」

 その力強さにユウの身体は折れてしまいそうだった。こんなに強く抱きしめられた事なんて一度もなかったから―――。



「……ん……あ…………」

 ユウが苦しそうに声をあげる。舌がユウの口へと進入した。蠢く舌。腕の中の彼の身体がぴくっと震えた。

「……っ……」

 フィリップは口を塞ぎながら、制服を脱がし始める。そして、胸の愛撫を続ける。……たまらず声を上げてしまう。

「……敏感だな、ユウ」
「……ん…………」

 そのまま、ユウへ気持ちをぶつけた…………。



「……気持ちいいか?」

 フィリップの指がユウの乳首を摘む。痛い位痺れる感触。次第に理性が奪われていった。

「……くぅ……はぁっ…………」

 うっすらと涙が滲んだ。零れる涙にフィリップはそっと口づける。
 ……優しかった。
 優しい口づけが、ユウを襲う。そのまま、その快楽にのまれていく。

 ユウのズボンを下着ごと下ろすと、フィリップはユウ自身へと指を絡ませた。ひんやりとした感触にユウは、背筋が震えた。
 指が触れられる刺激に、身体があつくなる。

「……やぁ……あ…………」



 …………可愛い、とフィリップはユウ自身の先端がしっとりと濡れ始める。それを指先に感じていた。

「くっ―――!」

 細い悲鳴と同時にそこからは液体が溢れ出す。ユウ自身が放出した液体に、フィリップはそれを手に取った。そして、濡れた手を舐め取る。

「……っ……あぁっ」

 自分の出した液をぺろぺろと舐められる。恥ずかしさにユウは耐えきれずに顔を隠した。が。すぐにフィリップの手により、隠した腕をどかされる。声を殺した。

「声、我慢するなよ……」

 少し笑ってから、ユウの身体を目で舐める。
 しばらく考えた後、フィリップの指がユウの中へ、中へと進入した。痛みと、別の何かが混じり合う。それと、―――もっと、という何かが。

「……ッ…………ん」

 敏感すぎるそこは進入物を拒む。だが逆にフィリップの指を締めつける事になってしまった。圧迫される指が少し痛い。……しかしその顔すら愛しかった。可愛くて、どうしようもなかった。
 フィリップの指は出来るだけ傷つけないようにしながらも、奥へ奥へと進入する。するとそこは果てたはずなのに、再び震えながらも立ち上った。

「……あぁ……くぅ…………」

 ユウの声が次第に艶めいてくる。充分にその声が濡れるのを確認すると、フィリップはその指を引き抜いた。

「……ぁっ、……ん…………」
「ユウ、いいか?」

 フィリップの声が耳元から降ってくる。その掠める息でさえもユウは感じてしまう。もう、言葉の意味など分からなかった。
 フィリップはユウの足を自分の肩の上に乗せる。そして軽く唇にキスをして―――そのまま一気に、貫いた。

「! …………ぁぁあ!…………」

 フィリップはユウに自身を全て呑み込ませると、しばらくその表情を見つめていた。
 自分の下で喘ぐその顔を。

「……ぁ…………あ……」

 少しでもフィリップが動くと敏感にその身体は反応する。表情が赤くそまっていく。滅多に声をあげないユウが、甘えるように強請ってくる。普段の姿からは想像できないほどに。

「……ユウ」

 あまりの苦しさに藻掻く身体。だが、すぐにそれも楽になっていく。ユウはフィリップを痛いくらい、抱きしめた。同時にフィリップの背中にまわされた指が、爪をたてる。

 我を失っている?
 EXAMを発動させたように……。

「……フィ……リ……あぁっ」

 ちゃんと、腕の中には『ユウ・カジマ』がいることを確認して、―――荒い息を吐くユウの唇を重ねた。
 それは、―――全てが欲しくて欲しくてたまらなかったモノ。

「……ぅっ、……はぁ……っ……!」
「―――好きだ」
「……ああっ……!」

 ユウの中のフィリップが動き出す。がくんがくんと身体が揺さぶられ、激しく求められた。その刺激に意識が真っ白に飛び去っていく。

「……あぁ…………もう……ああ…………」

 ふと思う。…………もう名前を呼んでくれないだろうか、と。

「……はぁ……ああぁ…………っ……」

 ここにいるのは、同僚でも上官でも悪魔に取り憑かれた者ではない。一人の人間。……そう確かめたかった。

「……っ……フィ……リ………………」

 ……ユウの口からはフィリップの名前が零れていた。

「ああ、そうだ。ユウ」
「っ……フィリップっ……ぁっ…………」

 その言葉に満足したように、よりいっそう激しく貫かれた。

「…………やめ………………」



 愛している。

「ぁ、あ―――!!」

 ユウの叫びが最高潮に達した時、フィリップは彼の中に白い本流を流し込んでいた。





 朝。夜に出撃もなかったから、ずっと寝てられることができた。しばらくはしがみついていたが、理性を取り戻すと一緒にいることを身体が拒んだ。
 こんな状態でなにをやっているんだ、というのと、こんな状態だからこそ、一緒にいてよかった、というのが混ざる。奴から離れようとしても、ここが自分の部屋だというのも気付く。

「…………」

 ……昨日の俺はどうかしていた……。
 限りない自己嫌悪感が襲いかかってくる。

「なぁ……ユウ」

 起きていたのか、フィリップが手を引く。

「―――お前……やってこと…………あったのか?」
「…………?」
「いや、あの………………『情事』です。はい」

 ……。
 あれだけやっておきながら、何を照れているのか……。

「…………時々」
「慰安婦? まさか……軍人?」

 …………(こく)。



 ―――フリーズ。



 それをほっといて、ユウは昨夜、フィリップに捨てられた衣服を拾い着る。シャワーにでも行こうか、と考えているとき、―――後ろから、抱きしめられた。あまりに突然のことで、蹌踉けてしまった。

 ふっと宇宙を見ると、ルウム戦役の舞台となったサイド5宙域が見える。ジオンの艦隊と、連邦の残存戦力が衝突したところだった。……昔、トリアーエズに乗った場所。
 もう、ここまできたのか。
 もう、出撃しなければならないのか、と考える。
 ……そして、一向にフィリップは離れようとしなかった。

「…………っ」

 振り解こうとする。
 ……が、やめた。



「死ぬなよ。ユウ」

 もう一度、フィリップは強く抱きしめた。



 ―――それは、ニムバスを殺せということか。



 身体を重ね合って感じた温もりとは裏腹に、ユウの中をゆっくりと冷やしていった。





 END