■ 「 私の遺書の校正をお願いしたいのですが 」
/一 川端康成・梶井基次郎
「梶井さんには、私の遺書の校正をお願いしたいのです」
「えっ、光栄。凄くレア体験させてくれるじゃん」
「他ならぬ俺に添削を頼むのは、『伊豆の踊子』のときのことを覚えていてくれるからかな?」
「そうです……。いざ遺書を書いてみたはいいものの、何分、書き慣れていないジャンルです。形式というものが分かっておりません。下調べはしてみたのですけどね、心持ちは初めて筆を持った中等生のようでして……。ひとまずは率直なご意見を頂けたら嬉しいです。……梶井さんの紡ぐ言葉は、唇そのもの。饒舌の強かさに敵う者はおりません。貴方の彩りを少しでも拙い私に分けて頂けたら……」
「川端さんにそれほど高く買ってもらえるなんて誉れ高いよ、ありがとう。では早速拝読させていただきます」
「どうぞ」
「そういや川端さんは生前……遺書を残さなかったと聞いているけど?」
「……そのようで。死の直前のことは、あまり覚えておりません。書いたかもしれないですし、皆さんが言う通り、遺してないのかもしれません。今の私には、その記憶がありません」
「……ということは、まさにこれは処女作! 川端康成の処女作! 正真正銘初めての挑戦!」
「ええ。今の私が、初めて執筆しました」
「目玉が飛び出る価値がつきそうだね〜」
「それは、どうでしょう……。洗練された文章ではありません。……この年になっての、初めてです。……初めてですので、少しばかり、筆を走らせて嬉しくなっている自分がおります。長い一生を終えておきながら、再び新たな物に挑戦できるだなんて。恵まれた死後だと、喜びに堪えません……」
「早速の感想だけど」
「……疾風の如き速さ……」
「ビビッドだねえ!」
「……鮮明で生々しい、と?」
「そう! 美美しい言葉操作は川端さんの奇術そのものと言える。まるで綺麗な顔をした女がたくさん並んでいるような手紙だ! ははーん、さてはこんな良い想いをしたことがあるのかな?」
「……少し、閃きすぎたでしょうか」
「好対照で斬新! これが新感覚ってやつなの? ――『死』とは、暗く取られやすい、ダークな心持とセットになるのは仕方ないことである。でも、そうじゃないんだろ? 川端さんにとってはそうじゃない。これは、美しい。『死』に込めた情熱が、美しい。凄いなこの遺書、『手を伸ばしたくなるほど見目好い日本語』で溢れているよ! はー、さすが美しい日本の川端だよ、あの世が楽しそうに見える! なんて魅力的な魔界なんだろうね、あの世って!」
「はい」
「自分が旅立つ決意をしたためるだけじゃなく、あの世が手招く姿が見て取れる! 川端さんは敢えて遺書をこれほどに華やかな内容にしているんだ! 意図的なんでしょう?」
「はい」
「成程! 川端さんは、前向きに死んだんだ!」
「そうですね」
「心なしか今の表情も晴れやかだ! 笑顔をどこかに置き去りにしたような顔面だけど! これを読めば誰もが死を求め…………うん、危険だなこれ」
「……駄目でしたか」
「危ないよ。よくこんなもの書き切ったね。川端さんは執筆時に『あっち側に逝く』とか言われてるけど、うーん……。あ、これ、参考は……横光さんの作品でしょ」
「はい」
「さすがは奇術師。横光さんの作風を川端節で再現するとか、見てごらん、思わず俺、読みながら自分の首を絞めていたよ。あまりに川端さんの死が魅力的なばっかりに!」
「利一の力は……神秘的で凄まじいのです。五十音で、人を扇動する。文字だけではありません。利一の身振り手振りは、若い心を、文字通り掌握する。拳で心臓を握り潰すような力を持っています。……それは神ではなく悪魔の力だと危険視され、地に堕とされてしまいましたが。私は彼の力強さに、魅了された一人。見習わせていただきました……」
「横光さんも川端さんも人知を越えていて凄いな〜って身を持って思い知らされたけどさ。これは遺書」
「そうです、遺書です」
「邪悪な魔導書じゃないんだよ」
「……遺書ですが?」
「……うん! 最初からそう言ってたもんね! よし! 早速インタビューしようかな〜。こんなのは編集の仕事じゃないだろうけど、筆者の意図を組み込むために聞かせてよ」
「はい」
「川端さんは、今を、どう思って生きている?」
「どう……」
「どう思って生きていて、どう思って死を想う書を執筆しようと?」
「…………。我々は、転生文豪という第二の生を得ました。が、この新たな肉体は、骨が遺るのかも怪しいものです。では……我々が消えるとき、どうやって存在証明が為されるのでしょうか。そう考えたとき、やはり我々は筆を持つ者、ならば手紙で意義を叫ぶのがいいかと思いました。……『私は第二の生を受けた者。私は今、ここに居る』……。その一文だけを走り書いてみたら……歓喜しまして」
「わあ、嬉しくなっちゃったの?」
「はい。……今、ここに居ることに。新たに呼吸して、筆を持ち、作品を生んでいることに。若い体で……軽やかにインクが躍ったとき、幸福を感じたのです。……『私は書いている。私は生きている』と……」
「筆を持ったことで、遅かった『我想う』を実感したと」
「はい。第二の生を受けた我々の職務は……戦いです。転生文豪は、文豪ではない。武器を振るうことが求められており、執筆が勤めではありません。司書さんはどちらでもいいとおっしゃいますけどね」
「わりと自由にしていいって呑気な御方だからね」
「あらためて筆を持った私は……覚醒してしまったのです。筆を持ったときの幸福を。筆を躍らせることができる幸福を。……そして、私は思い出したのです、幸福を求めたときのことを……」
「ほう」
「私は、幸福を求めて死を選んだ」
「ん」
「追い求めて死を選んだ。前向きに死んだ。死により、願いが叶った。幸福を手に入れた。ここは私の夢が叶えられた天国なのですよ」
「一応ここは現実の日本らしいよ」
「そうであり、私にとっては幸福に溢れた夢のような天国なのです」
「そんなにここは、ハッピーな天国?」
「はい。……何故なら、この図書館には私が愛した利一がいる。会いたいと切望した利一がいる」
「わあ」
「尊敬する菊池さんがいる。私と何度も語らい合い笑顔を灯してくれた梶井さんがいる。他にも、あんなにたくさん。そのうち私を慕ってくれた彼らも訪れます。幸せです。私は、貴方達に会いたかった。会いたくて、選んだ。自分で進んだ、幸福の果てなのです」
「――皆さん先に天国に逝ってしまわれたから、私も旅立ちました――。ふふ、そうだった。川端さんってそういう声で笑うよね、甘えん坊で可愛い声」
「……そう言われると、お恥ずかしい」
「笑顔を忘れたような川端さんがそんな爽やかに幸せを語る。それほど川端さんにとって死がポジティブでロマンティックなものだって痛感したよ。……でさ、そんなハッピーで堪らない川端さんが、遺書をしたためた理由は?」
「……あまりに幸福すぎて、落日が恐ろしい」
「あー」
「絶頂を迎えた花は、あとは散るのみ……。幸福なまま去れたら幸福は永続のまま終われるものではないでしょうか」
「なるほど」
「はい」
「『死ぬなら最高ハッピーな今!』、だと?」
「はい」
「川端さんにとって死は幸福。川端さんにとって幸福の象徴は、横光さん。だから横光さんの作風で、川端さんなりの『死への導入曲』を作ってみた。こんなところ?」
「……そんなところ、でしょうか」
「読んだ者を魔界へと手招く怪奇書……ゾクゾクするねえ! いいねえロマンティックだ! 横光さんの作風を参考に執筆したってことは、当の本人が読むと思うけど、そこは?」
「……私の思い上がりでなければ、利一は、第一にこれを読んでくれるでしょう。利一は、私の親友です。私の美を最も理解してくれる人です。きっと私の新作となったら、悦んでくれるに違いない。手に取ってくれるでしょう」
「どおりで。この本文、横光さんをリスペクトしているだけじゃなく、横光さんに対する記述が多いもん。というか大半が……横光さんが感涙しそうな内容だ」
「そこは……私なりに意識して執筆しました」
「やっぱり?」
「遺書を真っ先に手に取るのは……私の今を、今に刻んだ痕を拾い上げてくれるのは……やはり我が友であってほしいと思います。……私は、利一の死の日、利一の死を感じておりました。今度、私が先に死を迎えた日は、おそらく利一は私の死を感じてくれると信じています」
「ふふっ、プレッシャーをかけられてるね、横光さん。でも横光さんなら『必ずや応じてみせよう』って言ってくれそう!」
「であるならば……これが利一への手紙となるのは必然。ですから二行目からは、見ての通り、利一への言葉となります。……私が利一にあの料亭で出会い……熱烈な利一の身振りに目を奪われ……熱き鼓動に恋し……涼やかな指先に恋焦がれ……戦い続けた二十五年……そして死に別れた後も、想い続けた二十五年……利一に再会するための死……再会した第二の生……この溢れんばかりの幸福を、感謝を、快感を……どうか有るが儘に申し伝えたくて」
「ねえ川端さん。赤ペン入れていい?」
「添削をお頼みしたのです、どうぞ」
「はい、タイトルから変えるよ」
「え」
「だめ?」
「……一行目からですか。編集に出鼻から挫かれるのは、無い話では無かったですが、色を失うと申しますか……梶井さんは案外、手厳しい」
「『川端康成 遺書』じゃなくてさ、『恋文』にしなよ。『ラブレター』。あと序文は『お世話になった皆々様へ』でなくて、『横光利一様へ』ね」
「…………」
「ってなると、五枚目あたりからの徳田先生宛ての記述はカットね! これはファンレターとして再執筆しよう! あと六枚目からの菊池さんへの……借金の踏み倒しについては、もう菊池さん覚悟してるだろうから敢えて書いておかなくても良くない? これもカット! というか、この手紙は横光さんの内容だけで留めようよ」
「……長編のつもりで書いたのですが……」
「読みにくいしカットカット! 川端さんって時間を空けると何でも継ぎ足して別物にしちゃう癖、直ってないんだね。そういうのって死んでも直らないんだなあ。はい、これ、修正版!」
「…………。既に、真っ赤ですね……」
「えへへ、調子乗っちゃった。だって、川端さんに校正を頼んでくるなんて、昔のことでもやっぱり嬉しかったんだもん。……まあ大半カットすべき滅裂さがあったからなんだけどさ。それでも……川端康成の『美しい恋』に協力できるなんて、何度あっても光栄なことだね」
「梶井さんは少し、私を大きく見過ぎです」
「川端さんほどの大御所が大きくないと? さて、タイトル改稿により恋文になり遺書ではなくなった訳だ」
「……決死の処女作が、闇に葬られました」
「この新生ラブレターだって転生文豪川端康成の処女作だよ? とんだ価値だよ?」
「……大勢に向けた幸福の遺書、のつもり、でした。利一は……大衆に向け新感覚な作品を発表し続けていた。そこをリスペクトしての……悪魔のような扇動力を持った死を、深淵なる世に送り届けたいと思っていたのですが……」
「川端さんってたまに邪悪の化身みたいなことを言うよね」
「……その一筆が、利一に向けた恋文、になってしまったことで……。私が、利一のことを強く想って書いた、ということしか、伝わらないのではないでしょうか?」
「恋文なんだからそれでいいのでは。あ、遺書じゃなくなったんだから幸福絶頂期に死ぬ予定は撤回しておいてね。その日の予定、俺の遺書添削会にしようよ」
「……判りました、カレンダーにメモしておきます」
「はい。清書して、横光さんに手渡してね。恋文なんだから司書さんや出版社を通す必要無いし」
「おや……ポストに入れるつもりでしたが、手渡しのよろしいでしょうか?」
「絶対いいよ! 横光さんが川端さんに『恋文ですがどうぞ……』と言われて爆発するとこ、見たくないとは言わせないよ! ほら、そういうの大好きだってその無表情が歌っているじゃないか!」
/二 横光利一・菊池寛
「横光が一人で男泣きしていると聞いたからどんな新感覚な比喩かと思いきや、まさか言葉通りだったとはな」
「菊池さんに、また、ご迷惑をお掛けしました」
「俺に付き合える時間ぐらいはあるだろう? 泣き止んでくれたことだし、心の整理のためにもワケを話すつもりはないか?」
「菊池さんにさらなる無駄を強いてしまうことになりますが」
「遠慮は美徳だが、美徳の精神で縁を遠ざけようとはするなよ」
「……ふふ。その物言いは、実に菊池さんらしい。菊池さんの気遣いを嬉しく存じます。高揚して煩雑な物言いになりますが、それでも良ければ聞いてください」
「おう」
「菊池さんは『死んで良かった』と思うことはありますか? ……嗚呼、人に話題を移すのは手前の悪い癖ですね。無駄強いそのものになりますので、問いかけるのはヤメましょう」
「判ってるじゃあないか」
「手前には、あります。手前は、死んで良かった。何故なら『川端康成の新作が読めた』! これに尽きます」
「……はは。何を問いかけられると思ったが、横光らしい答えで少し安心したぞ」
「川端は……生涯を終える直前まで筆を手放さず、生涯作家を貫いていた。手前が死んだ後の二十五年、新作を出し続けていた。……手前が転生文豪として第二の生を受けてまずしたことは、『川端の作品に溺れたこと』です。至高でしたね。読んでも読んでも知らない川端の新作が読めた。構想を聞いていたあの作品が完成されていたり、国どころか世界に認められる名作を出していたり……菊池さんもあの作品群に目を通していると思いますが、いやはや、果実が色づくのは嬉しいものですね」
「同感だ。『川端のどの新作が一番良かったか』、それを語り合う会を設けてもいいよな」
「いいですね、ぜひ。……川端の作品は、いくつも評価を受けていた。その評価に見合う作品を、川端はいくつも生み出していた。幸甚の至りです。例えようもなく嬉しくて、愉しくて、童心に返って夢中に読み漁りました。手前は、川端が世に評価されていることが嬉しくて堪らないのですよ」
「お前らはずっと共に頑張ってきた。友人が立派な爺になってたんだって、そりゃあ良い心地だっただろ」
「その通り。川端は手前の、自慢の友でしたから。手前の知らない、数ある新作に溺れ、川端の海を彷徨い続け……あるとき、ふと気になったのですよ。『川端の最高傑作は何か』、と」
「ほう、難しい議題だな? 芸術においてはそんなの人によるとしか言えないだろうが」
「手前は話半分に、ある評論を手にしました。それには、弔辞がそうだというのです」
「……それは……」
「手前が知っている川端は、生粋の小説家でした。手前と違い、雑文よりも小説が名作だと思い込んでおりました。だから小説以外は目を通していなかった。あと……正直、気恥ずかしさもあって見て見ぬふりをしていたのですよ。手前が死んだ葬式で、川端はどんな言葉を綴ったのか、なんて」
「横光。読んだのか。川端の」
「はい。……………………素晴らしいものでした! さすがは川端だと! これぞ世界の川端なのだと言葉を失うほどの衝撃でした!」
「ああ」
「『国破れてこのかたひとしお、木枯しにさらされる僕の骨は、君という支えさえ奪われて、寒天に砕けるようである』! 手前は死んでおりましたが、これはまるで耳元で嘆かれているよう! 『横光君、僕は日本の山河を魂として君の後を生きてゆく』! このような力強さと切なさが同棲した言葉がありますか! ……ああ菊池さん、すみません、涙がまた枯れずにとめどなく」
「いい。それはお前へのラブレターのようなもんだ。感情が昂らずにはいられないだろ。……にしても、横光はテンション高くなると動作が派手になるよな。……なるほど。それを読んでしまって、横光は泣いていたと……」
「違います」
「違うのか」
「残念ながら。…………。後世で川端は『葬式の名人』と讃えられていたそうです。手前の葬式で読んだこの文章が、大々的に評価されたのです。もちろん『名人』と呼ばれるまでに、川端はいくつもの弔辞で名作を生み続けた経緯がありますが……」
「だろうな」
「そもそも、本人はいつも謙遜していますが、川端の才能は世界中に認められるほどの男です。誰よりも評価された男なのです。これは正当な評価です。閑話休題。……手前は菊池さんの言う通り、派手な男でした。菊池さんのおかげで、『横光利一ほど成功した文豪はいない』と言わしめるほどの明星を誇りました。感謝しております」
「横光もあの時代に評価される男だった。俺はその後押しをしただけさ」
「その手前の横には常に川端がいた。川端はあの時代、『横光利一の女房役』でした。『新感覚派の第二位』でした。手前が頂点で、川端は、その陰。そして………手前は知っての通りに失墜し、戦死し、人々の中から消えた」
「横光、そこは……」
「さあするとどうでしょう! 手前が消えたことで川端に日輪の光が差し込むようになった! 手前が死んだことで神々しい輝きは川端のものとなった! 手前の喪失は、川端の栄華となったのです! これを『私は死んで良かった!』と言わずして! 『我が戦死は有意義なものだったのだ!』と言わずして何を! と…………つまりそういうことで手前は感涙に咽いでいたのです」
「…………」
「…………」
「はーあ」
「溜息が大きいですね」
「……その事実がつらくて切なくて泣いているんじゃなくて、まさかの『手を叩いて笑い狂っていた』となったら、こんな声も出る」
「菊池さんの期待に応えられず、申し訳ないです」
「どこに謝ってるんだ、お前は。……横光の言い分は理解できる。理解するが、盛り上がっているところ悪いけど、俺が『愛する弟子の死をそう簡単に肯定する』ように見えるか? 俺は葬儀で大泣きするタイプだぞ。年下相手なら猶更だ」
「そういうところが菊池さんが愛される理由だと思うので手前は大好きです!」
「そらどーも! 涼しい顔して引き出しがブッ飛んでるから横光はおもしれー男だよなあ! ……俺は新感覚なお前達とは違うから、ストレートに意思表示をしておくぞ」
「なんでしょう」
「横光が死んで良かったとは思ってない。お前にはもっと生きてほしかった。横光にも爺を経験してほしかったよ。今、生きている横光に会えたこと、これほどの幸せはない。生きてくれてありがとう」
「…………。どういたしまして。…………。ありがとうございます」
「そして、きっと、これは川端も同意見だ。俺に川端の代弁なんてできるとは思ってないが。川端は、横光が死んで良かったなんて考えない男だ。俺は、知っている。横光が死んだときの川端を。俺は記憶している。お前がさっき絶賛した『世界の川端』がどんな顔で生まれたのか、この目で見てきた。だから信じてほしい」
「そんな……信じないなんて、手前は言いません」
「そうかい。なら復唱、してくれるか」
「復唱ですか?」
「川端は、横光が好きだ」
「う」
「復唱」
「……か、かわばたは、よこみつが、すきだ……。な、何故、菊池さんはそのようなことを手前に言わせましたか……?」
「お前らに拗じれてほしくない。……お前らは相思相愛に見えて、お互いを見ていないときがある。お互いがお互いを好き合っていて別方向を歩んだ経験が『雪国』や仔犬を拾ったときだけじゃないって自覚しておけよ」
「それは……その……はい」
「お返事が素直で結構。で……さっきの『死んで良かった』話、川端へ直にするつもりはあるか」
「どうでしょう。……心境全てを明かすことこそが親友であると言うのなら明かしますが、『手前は死んで良かったと思っている』などと口にして、川端は嘆じないかと不安です」
「そりゃあ悲しむだろうよ。二の舞だ」
「でしたら、言わぬが花。美しい川端の誕生の瞬間にはそそられないと言えば嘘になりますが、それも知らぬが仏、かと」
「そう言ってくれて良かった。エキセントリックが高じて思慮が浅くて害を加えるような奴には説教が必要かとヤキモキしたぞ」
「……ですが」
「ですが?」
「やはり……この感激は、止められません。生前の手前が川端の羽ばたきを奪っていたのは、事実。しかし、死後の手前が川端を羽ばたかせられて嬉しいのだと、同時に切なくもありと思うと……なんでしょう、この珍妙な新感覚は……言葉では言い表せず、胸の熱さを抑えきれず、嬌笑と涙という形でしか見せられないです」
「言語化したらスッキリして落ち着いた顔になってないか? ……確かに、横光が去ったことで川端は大成したかもしれない。だが、それは横光が去ったから川端が大成した訳じゃない。障害が排除できたからでなく、お前の死が川端に経験を積ませたから、尊い糧となり川端を一回りも二回りも大きく育て上げたんだ。それを理解していない横光じゃないだろう?」
「……はい」
「ところで。川端の弔辞を読んだ横光は、自分がとても愛されていると思わなかったか?」
「思いましたとも」
「熱烈な愛情がこもったメッセージを受け取っただろう」
「ええ」
「それなら、そのメッセージに対してお返しを考えたらどうだ。『こんな愛を受け取れる自分は死んで良かった!』と終わるんじゃなくてさ……」
「なんと! 弔辞に、まさかの、返答ですか?」
「黙した相手に対してのラブレター。でも俺達は、それを生きた状態で反応できるんだぜ?」
「それは……まさに新感覚ですね」
「お、意図が伝わってくれたか」
「ぜひに、しましょう。…………再び、文を交わし合える。この幸福を味わえるとは、いつかの日の再来のようで、心地良いですね。なんなら、川端に、最新作でも書いてもらいましょうか。……いえ、手前がそう願った今なら、川端は何かしら新たに着手しているかもしれません。ほら、現にあそこの川端が、何かを手紙らしきものを手にこちらへと駆け寄ってくる姿が菊池さんにも見えるのでは――――」
(完)
2023年6月28日