■ 「 一方的に愛したい 」



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「愛しています、利一」
「愛しているぞ、川端。……しかし、川端らしからぬ急行列車な物言いだ」

「第二の生、再び出会った図書館で、恋人同士になりませんかという提案したにも関わらず、頷いてくれた貴方は……良き親友です。伴侶として扱いたいというこの我儘にも、利一は……」
「受けて立とう」
「ええ、そう堂々と頷いてくれた。男であるなら自分本位で組み敷きたいと言い出してもおかしくないのにというのに。……唯一無二の絆で結ばれ、喜ばしい。……喜ばしいのですが、私は、愛情の天秤が釣り合っていない感触を覚えています」
「それは、何故?」

「愛しています、利一」
「実直な川端もまた魅力的だぞ。……その、そう中らないでもらえるか。貴方の情熱はあまりにも気恥ずかしいのだ、分かってほしい」
「若い体で愛に思い悩む。なんて酷い第二の人生でしょうね」
「……川端。愛しい川端と、抱き合えるのは……心嬉しく、天にも昇る心地だ。しかし、川端の貴重な時間を奪う苦痛を強いたくはない。手前は夜にまで川端に苦労をかけたくはないのだ。川端とは、そう、第二の生で共に時間を送れるだけで特段の晴れがましさに大海で浮木に出会うと言おうか」
「つまり」
「セックスだけが連れ合いの営みではない。……手前は、『川端とだけの時間』を共にしたい。再び、出会ったばかりのような体で、貴方の美しい日本語を堪能できる同伴は意義あることなのだ。慎重に、いかないか」
「セックスは私と以外でもできる、から、私とはする必要は無い、と?」
「意地の悪いことを言うな。……川端と以外でする予定は無い……」


「……それが聞けて、安心しました。私には勿体無いぐらいにいじらしく、献身的な慈愛……春の日差しのような暖かな好意。私の白い掌に、彩りが満ちてゆくようです」
「手前も、貴方の言葉を全身で浴びて、改めて川端康成を好いていると実感する」
「生前から好きでした。出会った二十五年、別れた二十五年を含めて、慈しみを痛感していきます。……天秤の傾きを感じたとしても、それでも利一は、いついかなるときも私の言葉を受けとめてくれる。素晴らしい」
「川端の心を解するのが手前の特技。この程度で音を上げるなど言語道断」
「利一。口付けを、恵んでくれませんか」
「ん」


「んん」
「ん」
「…………」
「…………」


「川端。得意げに微笑まないでくれないか。こちらまで、笑ってしまう」
「……利一なりに自ら動こうという意思が感じ取れるものでしたから」
「い、言わないでほしい。慣れてないのだ、気恥ずかしいのだ。勘弁してくれないか。ありがちな接吻だと笑っているのだろう、だとしても、手前はこれが限界で」
「花のように色を付けるその頬、私には、とても愛おしい。美しいです」
「……川端は、手前の体をよく褒めてくれるな」
「はい。利一は、美しいですから」
「川端ほど美しさは無い」
「いいえ。利一は真に美しく、艶麗で。私は日々……私の寝台で眠れる利一の指先を、爪先を、乱れる毛先を、ずうっと眺めているほどです」
「な、なんだ川端。寝ている手前を見てたのか。全裸の男をじいっと見ていたなんて、良い趣味とは言えないぞ。清楚な川端であろうものが!」
「利一、綺麗です。……知っていました。毎日、そう思っておりました」
「む、う」
「貴方は、綺麗ですとも。私は、忘れていました。綺麗なのは、長年想いを寄せていた、貴方の指だけでない。……私の恋人はこんなに綺麗……」
「川端!」
「…………」
「……大声を張って、すまない。だけど、貴方も意地が悪いぞ」
「すみません、つい」


 /2

「私は……利一との性行為の相性が良くないと、常日頃から思っていました」
「そうか」
「しかしどうやらそれは少し、誤っていたようです。相性が良くないのではなく、互いに性行為に求めている方向性が違っているのではないでしょうか」
「……そういうもの、なのか」
「利一は、夫婦のような睦事を求めている。互いに寄り添い合い、手を取り歩くだけの、慎ましい求愛を欲しているように思えます。横光利一の作品は、女を激しく愛しつつも、聖女のような彼女らを壊さないように見守る男たちが描かれる。利一らしい慈愛が見てとれる。今の体もその特色が色濃く……」
「司書によって創られた若い体に、手前の創作のような健康的な精神が宿ったとでも?」
「全てが全てということではありませんが。……今の利一の真っ直ぐさは、今の私の歪さと、どうやら噛み合わないのかもしれませんね」
「川端と噛み合わないなんて、悲しい事を言うな。そんなつもりは毛頭ない。手前は今まで通り、これからも、貴方と共に……」
「私は、利一を、愛でたいのです」
「……っ……。や、やめないか、川端……そこは、人が口付けていい場所ではない……」


「……学生だったある日。何をキッカケか忘れてしまいましたが、利一の手に触れました。そして、衝撃を受けました」
「……ん……」
「指の感触が、体温が、そのときの利一の反応が……どのようなものかはっきりと覚えてなくても『愛らしい利一を見ていたい』と心から思える衝撃がありました」
「ふ、う、ぅ」
「利一が亡くなった後、私は、ある芸術品に出会いました。利一の指に似た彫刻です。衝撃は、老いた体にも蘇り、何としてでも手に入れたかったそれと、ついには毎晩、見つめ合うほどでした」
「川、端」
「それを十数年続けた。一方で、自分は一生を男として長く過ごした。晩年も、『女を見ているだけにとどまらず、身勝手に男であることを固執する作品』を生むぐらいには」
「川端……しゃぶるのは、もう……やめ……」
「…………。今、回想しました」
「ぅ……?」
「そして、理解しました。私は今、利一を愛撫して、悦になりました。してもらうのではなく、奉仕で、です。……つまり私は」
「つまり、貴方は……?」
「利一を一方的に愛したい」
「……く、う……。既に、我々は、相思相愛ではないか……ぁ、ぐ」
「ええ、それは、まさに幸せです。けれどそうではなく、私は利一に独りよがりな愛を施したいようです。これはあの声の、私の作品の影響ではありません。おそらくは長年の蓄積です」
「川端」
「触れるだけで、衝撃を受けた。眺めているだけで、心が満たされた。共感や同調ではなく、愛し合いたいではなく、『愛したい』のだ。――そういえば最初から声は、ミーイズムだったではないか、と」
「…………」
「……利一と過ごした二十五年。愛おしい日々でした。利一と分かれた二十五年。狂おしい日々でした。その五十年で恋焦がれた私は、独善的な自慰を覚えてしまった。耐え切れず今、貴方に告白した……恋人になりたいということ……『抱きたい縛りたい犯したい』という声は、私の心からの叫びだったのでしょう。……利一。どうか一方的な愛撫に、どうかどうか耐えてほしい……」
「はぁっ……。つまり……」
「利一は、私からの愛に耐えてほしい。一方的な愛情だとしても。貴方の器が快楽を開花させてないものだとしても。……何も考えず感じてほしいです。奉仕を、続けさせてください」



 /3

「……今の川端は、とんでもなく、情熱的だな」
「……利一。……すみません」
「川端が謝る必要なんて無い。……こういった提案は今度限りであってほしいが」
「すみません、これは、感謝のすみません、です。貴方が受け入れてくれるということだけでも、私にとっては別の意味でもありがたいものなのです」
「気恥ずかしい。……んん」
「…………」
「……む。川端……」
「利一。全て、脱いで。それから、覚悟してほしい」
「……ん……。言われると、不思議なものだ。肉が、中から赤らびているのを感じる。これは、その」
「新感覚とは思いませんか」
「……笑わすな」
「美しいですよ、利一」
「芸術品を長年愛し続けた川端に褒められる……喜んでいいのか、これは」
「悦ばせるために口にしました」


「だ、だめ……そこは……。そんな、後ろまで、舐め……そんな、やめないか……ぅぅ……」
「…………。……っ………………」
「ぁ……ふぁ……ぅぅぅ……」
「いかがでしょうか、利一」
「……汚い愛撫をさせてしまっている」
「いいえ、利一は汚くはありません。……私は、身動き一つできない美しい肢体を誰にも、貴方にも邪魔されないで愛せる、この背徳感に、ぞわぞわと波を立てられています」
「川端! やめないか。……貴方の奇術は手前を狂わす!」
「では。………………」

「ぁ……ぁ……ぁ」
「…………」
「ぁ……あ」
「………………」
「あっ! …………か、川端……。しない、のか……」

「……主導権を奪った今、何でもできる。なら自分にとって一番心地良いこと、縦横無尽にレイプするなり、身勝手にやることもできる。……それでも、私は、利一に痛みを与えたい訳ではありません」
「ああ……その優しさは、貴方の優しさは……伝わる」
「ただただ艶めかしい快楽を、期待して震えてほしい。この舌のステップが、私なりの愛です」
「ッ! ……くっ……」
「頭を振りたくる姿も、乱れる長い髪も、一段と火照った肌も……花園の乙女のように、可愛らしい」
「ぅ。川端……じれったいぞ」
「利一。素晴らしい声です」

「………………。いいかげんにしないか! ……ひどすぎるぞ!」
「いえ、別にひどいことでは。これは私と、私の中を犯す負との決別」
「何を言ってるかもう! じれったい責めが始まったまま、終わるでもなく! 気持ち良いことを始めておきながら、もどかしく……焦らして焦らして焦らしまくっているなんて! ひどくないか川端! 川端から手前を抱きたいと口火を切り、今や手前も貴方に抱いてほしいと思っていて、今まさに我々は繋がり合える状態であって……だというのに、抱かないという展開は、ひどすぎやしないか!」
「利一」
「手前が欲しいと言っても川端は一方的に苦痛なき愛撫とやらを続けるつもりか!」
「欲しい、ですか?」
「欲しいとも。欲しいし、動いて、突いて、ほしいと思っているとも……! 愛しい貴方に体を弄られているのだ、昂るに決まっているだろう!? 川端はもっと手前を見るがいい、愛しているというのなら、腰を揺さぶり、真実を叫ぶ手前に情けを与えるがいい――!」


「ッ」
「ぁ、ん」


「…………私は、芸術品を壊す趣味はありません。なのに今、凛々しさが崩れゆく様を直面した私に生じた感情は、あまりに……名状しがたい。新感覚。……肉の壁が掻き分けられていく音が、利一にも聞こえるでしょうか」
「ぁ、ぁ、あ」

「利一。貴方に伝えたい。……愛しています。貴方のことばかり考え、貴方のことを全く考えずに、私は、私は……」

「あ」

「不器用に腰を動かすことで、貴方を傷付けるでしょう。若い物で勢い良く突いて、貴方を苦しめるでしょう。もっと貴方本位になるよう動いてあげたいのに、ただただ求めるだけのものになってしまう。一級には程遠い責め立てです。いつも通りの、相性が悪い交接が始まってしまう……。でも、分かってください。愛しています。愛しているのです。愛していたのです。……長い月日、貴方を想っていた。想い続けていた。動かなくなった貴方も想っていた。貴方の代わりになる芸術さえも想い続けていた。年老いて、男でなくなるときも、人でなくなっていくときも、愛し続けて、愛し果てた末に私は貴方のもとへ」
「良い」
「利一」

「良い……。川端が、こうやって、求めてくれるだけで……充分、満たされている。気持ちは、伝わっている」
「利一」
「手前を一方的に愛したいと言ったな。……何故、一方的だと思った?」
「それは、どう見ても、利一より十数年を生きてしまった私の天秤が、傾いているから」
「思い込むな、思い切るな。思い上がるな。……手前は既に、川端の愛を全身で受け留めている。その上で、手前の声を聞け!」
「…………」
「……『手前だけを良くしよう』と思うな。川端も良くあれ。……でなければ、『愛を語らう仲になれた』と胸を張れない。我々は、もうただの友ではなく、恋人同士、なのだろう?」
「利一、利一」
「共に、いかないか」



 /4

「……真っ白に染まっていった脳内に、今までの葛藤が吹き飛んでいく感覚が、巡ります。白くなる以上に、何も考えられなくなってしまう……淫猥な願望に任せて……愛されていることを酔っているしかできない。……私は利一だけが快楽を得るという狙いも果たせず、盛大に絶頂を迎えました」
「…………」

「脚を開いて穴をポッカリと見せつけて……それもまた美しい芸術品だと、良いと思ってしまう自分がいて、心が二つ。恐ろしいです……」
「川端。手前の青筋を自覚してほしい」
「はい」

「……貴方に乱暴をさせたのは手前の乱心が原因だが、それはともかく。……続きを、聞こう」
「喋るのは、やはり、疲れますね」
「こちらも耐えたのだ。もう少し貴方も踏ん張ってくれ。さあ、弁解を」

「…………長くなりましたが、本日行き着く結論は……私が、強欲にも利一を愛したいということ。貴方にひどいことはしたくありませんけど、利一を、強く強く愛していきたいということ。その強さの表現するために、想いの大きさを強調するために、性行為を強要しました。……以上です」
「んっ。……なんて邪悪で、不埒な提案だ」
「すみませんでした」
「すぐ謝れる川端は素晴らしいな、さすがだぞ。ではその弁論、心して返そう。……『手前も、だいたい同じなんだが』?」
「…………」
「手前だって愛情はある。強く愛したいと思っている。だというのに、川端ばかりが愛していると思われるのは、男として癪なのだが?」
「ああ……怒っている目ですね」
「今気づいたのか! 噴火寸前だぞ! この噴火は、身勝手な行為に対してではない、身勝手に手前を『薄情者だ』と決めつけたことだ。……何事も確認を取ってほしい。いくら川端の心が分かる手前でも、覚悟がいる」
「覚悟、ですか」
「今度こそ川端を愛しきる覚悟だ」
「…………」
「若い体を得た。時間がある証拠だ。ならば覚悟して、貴方の強い愛を受けとめていこう。今の私にはそれができる。以前は出来なかった『もう川端から離れない』ということが」
「…………」
「だから慎重に、今後とも頼む。手前は直に見ていないが、貴方の『老いに怯え、後先短いからと凶行に走った』姿は……出来れば見たくない」
「…………」
「手前が横に居れば、平気だろうが」
「…………」
「それに貴方という存在損失は、日本の損失とも言え……話が逸れた。つまり、貴方の愛はそのままでも何の問題でもなく、必要なのは慎重さで……」

「利一は本当に、お優しい。それでは利一が覚悟さえできていたら、私は何をしてもいいと……?」
「ここぞとばかりに子犬のような目を見せるな。とても! いやらしい! ……そんな目をされたら、『良し』と言うしかない、言うしかないではないか、拒絶するにもできないではないか……」
「……ふふ。純情で清純な若い青年の唇に、なんてことを言わせてしまったでしょう。我ながら、ひどい友だ……」

「そう思うなら、少しは離れたらどうだ?」

「いえ。……そう考えはしました。けど。それは、酔い痴れる今ではないのです。また、貴方を……一方的とは別のアプローチで愛してみましょうか」




(完)

2022年12月6日