■ 「 気になるあの子とそっくりな新宿のアサシンに、むりやりホテルに連れ込まれて……。 」



 /1

 夜が終わらぬ特異点・新宿。
 悪性隔絶魔境と称された危険地帯だとしても、多くの時空を駆け巡ってきた自分なら問題無い。そう高を括っていた。危険はふとした瞬間に訪れるものだが、まさか自分が誘拐されてしまうなんて。
 常に危機と隣り合わせだと自覚していた筈なのに、今となっては助けを求めるだけになっている。オレに自衛手段があればと唸ってみた。だが、相手は人の形をしていてもサーヴァントだ。敵う訳がなく、体を掴まれた後は空へと飛ばされてしまった。
 オレを抱えて新宿のビル群を駆けるアサシンが、妖しく笑う。
 常人には追えない脚力でビルからビルへと走り、ときに頂上から落ちてみせる。
 荒々しく走り回る彼は、まるで慌てるオレを嘲笑っているかのようだった。

「おやぁ、ぷるぷる震えちゃって……怖いかい? そりゃ怖いだろうねぇ、一人じゃ何もできないカルデアのマスター様」

 そうして押し込まれた場所は、ただのホテルの一室だった。
 彼らの本拠地ではない、寂しくみすぼらしいごく普通のホテルだ。新宿の一端を手中に収めているアサシンなら、寂れたマンションやラブホテルを隠れ蓑に使ってもおかしくはなかった。
 だからこそ、焦る。何の変哲の無い一室に監禁されたオレを、仲間達はどうやって探せばいい? 目立つ看板も無い、特徴の無いホテルの一室なんて……勘の良い誰かが来てくれるのを待つしかないのか? 何のヒントも送れない自分が不甲斐なかった。

「バーサーカーと戦って令呪を使い切ったのは運の尽きだったねぇ」

 ニヤニヤと笑うアサシンに、何か言い返してやりたい。
 しかし、入れられた部屋の前には彼の配下達が武装して立っている。
 狭い部屋の中で新宿のアサシンと二人きり、オレの命なんてやろうと思えばいつでも刈り取れる。この空間の支配者たる彼の機嫌を損ねてはならないと、唇を噛んだ。

「あんたのことが大好きな従者達なら『タスケテー!』って叫べば来てくれるんじゃないか? 従者ってやつは主の危機だったら何だってするもんだろ? それとも……そんなに情に厚い連中じゃないかなぁ?」

 アサシンはオレの無力が愉快で堪らないらしい。近寄り、オレの顎を掴んだ。

「案外あんた、可愛い顔をしてるねぇ? でも中の中ぐらいかな、あんまり売れそうにない地味な顔だし。中途半端に筋肉がついているのも、もう少しこう……」
「さ、触るなっ……。くぅっ!」

 何度も交戦した雀蜂なる武装集団を束ねるサーヴァント――新宿のアサシン。
 先の戦いで令呪と魔力を消耗したばかりだ。太刀打ちできる相手ではない。
 けど顎を持たれ、シャツを捲られては「離せ!」と振り解いてしまうもの。アサシンの機嫌を立てようにも咄嗟に睨んでしまう。失敗したと思ったときには、もう遅かった。
 前髪を掴まれ、無理矢理体を引き寄せられる。痛いと悲鳴を上げる間もなく、乱暴者のアサシンはオレを懐へ招くと、唇を唇で塞いだ。
 噛みつくように舌を攫い、口内を犯してくる。引き離そうにも力のあるサーヴァント相手に勝てる訳がなく、一方的な暴行が始まる。それでも目を瞑り、嫌だと首を振った。
 キスなんて優しい行為じゃなくても、アサシンとこんなことをしたくなかった。

「何だよ、照れちゃって。あんた、『ここも』童貞だったのか?」

 逃れられない唇の陵辱を終えた彼が、目の前で妖しく嗤う。
 その美貌に圧倒されかけた。長い黒髪が、橙の間接照明に照らされて美しかった。
 まるで芸術品だ。晒した肌に刻まれる刺青も意識を奪われてしまうほど麗しい。
 初めて『彼』と出会ったときもそう思った。
 ――冬木の炎の中、オレの元に『彼』が召喚された日からずっと。

「返事無し? 面白くないねぇ。あ、でも否定しないってことは童貞なんだぁ?」

 オレの隣に居た男と同じ顔が、横暴を働いている。許せなかった。

「なに? なんでそんなに俺を見てるの? そんなに俺の顔が好き?」

 同じ声で囁かれても、彼は別人だ。惑うな、彼は別人なんだ。
 たとえ同じ霊基から再現された英霊でも、この男は他人。艶のある美しい長髪を翻そうが、唯一無二の刺青を刻まれていようが。そう自分に何度も言い聞かせた。

 オレの知っているアサシンは……ろくな鍛錬も受けてなければ知識も無いオレを、共に歩む女の子すら守れないオレを、最初にマスターだと認めてくれた英霊だった。
 冬木の炎夜でオレを守り、フランスや霧の街、エルサレムや神代、ついには時の最果てまで――多くの特異点で共に戦った最高の相棒だ。
 誰よりもオレと一緒に居た彼と同じ姿が、今こうして悪行を重ねている。そんなの見過ごせない。だから余計に意識が漫ろになって捕まってしまったんだ。
 ああ……やめろ、その顔で笑うな、見下したような目をするな。オレの知っているアサシンはこんな目をしない。オレの知っているアサシンは……。

「気紛れで連れて来ちまったけど大正解だったな。……うちの大将に見せる前に、遊ばせてもらうぜ」

 否定の最中、アサシンの手がするりとオレの下衣に向かった。
 スムーズな動きでオレのベルトを引き抜き、オレの両手にぐるぐると巻きつけて固定してしまう。まるで熱心に神に祈っているかのように、両手が一本にされてしまった。
 アサシンはその固定したオレの手を、素早い動きでベッド頭に括りつけていく。

「うちの部下達にマワさせようかなって考えていたけど、なかなか良い男だし……何よりさっきの戦いのときからさ、興奮が止まらないんだ」

 ここは狭いラブホテルの一室。二人だけの監禁部屋。
 ベッドに押し倒され、拘束。乱暴な口付けを受け、服を脱がされ、相手も脱ぎ始める。……いくら未経験なオレだってこれからの未来が予測できた。
 逃げたい、逃げなきゃ、逃げないと! オレの上にのし上がるアサシンを蹴ればいいのか? いや、超越者である彼にいつ殺されたてもおかしくない。なら仲間が呼べない今、相手の機嫌を損ねないように命乞いをしなければ……?

「大抵は相手の喜ぶ姿になってやるもんなんだけど、そんなに俺の顔が好きなら……俺が相手をしてやるよ。こう見えても俺は優しいからさ!」

 下衣を脱いだアサシンが、オレの上でニヤニヤと笑っている。
 暫く楽しそうに見下ろしていた彼の指が、ゆっくりとオレへの首元へ近づいてきた。
 ああ、今は恥を覚悟で仲間の名を叫ぶべきか!
 そうすれば助けに来てくれるのか……!

 考えた瞬間、状況とは裏腹にオレの中で『何か』が冷えていった。
 名を叫んで助けを呼べばいい? 情けなくても『彼の名』を呼べば助けてもらえる?
 ううん、そんなことはできない。できないんだ。
 だってオレ……長い時間を過ごしていた彼の名前、オレがどんなに大切に想っていても、未だに彼から教えてもらえずにいるのだから。


 /2

「マスターは勉強熱心だねぇ。まだ座学に励むつもりか? ……キャスター連中にお勉強に付き合ってもらったばかりだろ?」
「さっき読んでいたのは魔術鍛錬。オレは魔術師でも一般人とそう変わらないからね、もっと猛勉強しないと。メディアとパラケルススの教え方は判りやすくて助かるよ。で、これは趣味の本。時間のあるうちに読んでおきたいと思ったやつ。……アサシン?」
「だーめだめ、早く寝ろ寝ろぉ。ほら毛布。どーん」
「こ、子供じゃないんだからこんな時間に寝られないよ!」
「朝から晩まで狩りに出かけて真面目な会議をして保管庫の大掃除をしてから魔術鍛錬に励んでその次は? 偉い偉い、でもちょっと偉すぎるから今日は休もうな」
「アーサーシーンー。これは勉強じゃないってー……」

 机に向かっていたつもりが、いつの間にかベッドまで運ばれて寝かせられていた。
 気が利く彼は主人であるオレのことを第一に考え、すぐに忠告をしてくれる。
 こんなことは今日が初めてじゃない。彼の気遣いはいつも優しく、ついつい甘えすぎてしまう程だった。オレも口では文句を言うものの、悪い気はしない。マスターになった初日から一緒にいる彼の言うことならと、つい聞いてしまう。
 確かに疲れているから読書は明日にするか。などと考えていると、ベッド横に立つ彼が、オレが読もうとしていたギリシャ神話の短編集を開いていた。

「それ、メディアのことが書いてあるんだ。勉強を教えてもらっているのに、彼女のことを何にも知らなかったら失礼かなって思って……。スタッフに探してもらって借りた」

 オレは、無学だ。レイシフトの才能があるからとカルデアにスカウトされたが、神話や伝承についてはからっきしだった。だから仲間が増えるたび、スタッフ達や読書家なマシュに頼んで知識を得ている。今夜はメディアのことを知ろうと本を借りてきていた。

「あの美女は、自分の過去を知られたくないと思うんじゃないの」

 毛布に包まれながらぼんやりとしていると、同じようにぼんやりとした彼の声が聞こえた。純粋に「どうして?」と尋ねる。

「彼女は悪女として名が残っている。あまり誇れた過去じゃない。自分の人生をどう考えているかなんて本人に訊かないと判らないが、まあ、デリケートな問題だ」
「アサシンは、勝手に過去を見られたくない?」
「マスターが望むならいいかな。でもそれは、気を許した主だから言えることだ」
「……メディアはまだオレのこと、気を許してくれていないと思う?」
「それは俺には判断できないよ。俺は彼女じゃないし。ただ言えるのは、女性ってもんは俺達が予想できないぐらい繊細な生き物だからねぇ。過去をむやみやたら知られたくない人もいるんじゃないかな」

 部屋の照明を落としてもらう。「アサシン。隣に」 短い応酬の後、ベッドに招いた。

「アサシン、オレはね。みんなのこと知らないのって失礼だと思って、その」

 既に彼はシャツを一枚だけ羽織り、下も柔らかい素材の寝間着に着替えていた。いつもの就寝時の格好になり、普段通り横たわるオレの背中を包み込むように抱きしめてくる。

「マスターの考えは悪くないよ。寧ろその優しさはありがたいもんだ」
「ありがとう。……明日メディアに『自伝を読んでいい?』って確認してみるよ」
「ええっ? それはそれで……。くくっ。結果を楽しみにしてるよ、マスター!」

 同じ枕を使う彼が、愉快そうに笑った。暗くなった室内、手を伸ばせば彼の解いた長い髪に触れられる、そんな近い距離でオレ達は明日のことを話した。
 それが日課だった。何かのキッカケで一緒のベッドに眠り、今では互いの髪を撫で、肌を寄せ合って、吐息を感じることが当然になっていた。

「アサシン。……もっと、ぎゅっとしてくれる?」

 後ろから抱き締める腕の力が強くなる。首を横にすると、橙色の微光の中、シャツの隙間から龍の刺青が見えた。端整な龍や鮮やかな花の刺青は、薄暗闇の中でも綺麗だった。
 ――召喚に応じた彼を初めて見たとき、『こんな英雄がいるのか』と驚いた。
 一体どんな勇者なのかと本人に尋ねたが、彼は他の英霊達と違って自らの正体を明かさなかった。多くの時間で大勢と出会い、冒険を駆け抜けても……本名を明かそうとしなかったのは、彼だけだ。こうなったら自分から探ってやろうと、ムキになって調べた。
 拳法の達人、眉目秀麗と全身の刺青、彼がよく口にする無頼漢というキーワード。
 以上の情報から、オレは……『燕青』という名前に辿り着いた。
 彼はおそらく燕青と呼ばれる人物だろう。彼のことを知れて嬉しい気持ちはある。
 しかし喜びと同時に、『どうして彼は自分に名を明かしてくれないのか』という怒りと不安感に襲われた。
 何故名乗ってくれない? 理由は? ……オレが名を明かすに相応しくない存在だから? 信頼されていないから? 共に笑い合い、苦しんで戦ってきた仲間なのに?
 こんなにもオレは彼のことが好きなのに、彼にとっては……?
 先ほどの会話を反芻してしまう。『過去をむやみやたら知られたくない人もいるんじゃないかな』。その言葉の意味は、仲間を庇っただけ? それとも燕青の本心……?
 こんなにも親しくても自分の内を明かしてくれないという事実。顔に出さないようにしていた動揺がぶり返してしまう。勘の鋭い燕青はオレの微かに乱れた呼吸に気付いた。

「マスター? ……何か心配事でもあるのかい?」

 お前のことだよ、と言い返してしまいそうな口を閉ざす。その代用として、「アサシン。してほしい」と囁いた。オレの声を聞くなり、彼は「……いいよぉ」と頷く。そして背後からするすると、しなやかな指をオレの下半身へ運んでいった。
 燕青の優しい指がオレの敏感な場所を撫で始める。暖かい掌のおかげで、すぐにオレ自身は元気になっていった。

「おっとぉ、マスター。久々だから溜まっていたかい? 早く寝て正解じゃないかぁ」

 背中いっぱいに、燕青の体温を感じる。オレの背を抱いてくれているおかげで、うなじに彼の吐息が掛かった。耳元で感じる息に、滑らかな指先。思わず自分から腰を燕青へ寄らせてしまう。燕青の指がもっとオレを愛撫できるようにと、自ら体を動かした。

「マスター。仰向けになってくれる? その方が気持ち良くしてあげられるよぉ? ほら、楽な姿勢になって。そう、良い子だ」

 彼に背を向けていた態勢から仰向けになる。燕青はオレの肩に顎を乗せる形で寝そべった。今度もオレの右耳に息を吹きかけながら、じっとりと中央の愛撫を再開していく。

「マスター……イイ? ちゃんと気持ち良くなってるかい?」

 掌いっぱいを使ってオレのペニスに刺激を加えてくれていた。
 主人を慰めることだけに専念する燕青は、オレが『やめろ』と命じるまで中断することはなかった。この前だってそうだったんだ、今夜も存分に興奮を味合わせてくれる。

「ぁ、ぁあ、いいよ、アサシン、凄く……気持ちいい」
「嬉しいなぁ。マスターって、ここ、クリクリされるの好きだろ?」

 優しく溶かすかのように囁く燕青。
 素肌が直接触れ合って心地良い。それが愛する燕青によるものだと思えば、尚更だ。

「うんうん。あ、ちょっと待ってくれよ。タオル準備するから。……はい、これで良し」

 軽い口調で茶化すように呟かれ、思わず一人盛り上がっている自分が恥ずかしくなる。
 燕青はシーツの中へ(あらかじめ用意していたらしい)タオルを入れ、オレが不快にならないように毛布とオレ自身の間に挟んだ。何から何まで慣れた手つき。申し訳無くて唸っていると、耳を甘噛みされてしまった。ビクンと全身が跳ねてしまう。

「準備できたから。マスター、イっちゃっていいよ」

 予想以上のオレの反応に、クスクスと笑う燕青。遊ばれているのが少し悔しかった。

「ご、ごめん。オレばっかり、その……アサシンは、触ってほしい?」
「結構。マスターの声を聞かせてくれるだけで充分さ」

 静かに笑いながらしなやかな指が、オレへの慰めを続ける。
 確か燕青は前もそう言っていた。『自分の手で主が悦に浸っているのが嬉しい』と。
 それを言うならオレだって嬉しい。アサシンがしてくれる愛撫は極上で、嬉しくって堪らない。けど同時に、一人で盛り上がっていることに物寂しさを感じていた。
 自分は主で、従者に「してくれ」と命じたからこんなことをしてくれている?
 いや、違う筈だ。サーヴァントにだって拒否権はある。令呪だって使ってないし、始めに『無理強いはしたくない』って断りだって入れていた。
 だからオレ達は対等で……。燕青もオレのことが好きだからこそ、こんなことをしてくれて……。ううん、それにはまだ足りない。恋人同士のような関係になるには、あともう一歩が足りなかった。だってオレも彼に触れたい! 恋人のように! 指や掌、背中だけでなく全身で彼を感じたい。
 顔を寄せて名を呼びその気にさせれば、これ以上の関係になれるだろうか……!

 ――カチリ。『スイッチ』を入れる。
 神代の魔術師であるメディアや、近世で効率的な魔術を研究していたパラケルススを頼っていたのも、『このやり方』を教えてもらうためだった。
 オレは『燕青と直接パスを結んだ』。
 多くのサーヴァント達を従えてはいても、ほぼ一般人と変わらぬオレは巨大システムの力を借りているだけ。オレごときでは何十人もの英霊を使役するのは無理だ。
 でも一人なら限定的でも超越効果を解放できるのでは? 自身の魔力の質を向上できるのでは? 試してみる価値はある……と話し、キャスターの二人にやり方を教わった。
 本音を言えば、燕青と二人だけの関係になりたかった。
 密着してお互いを想い合った今なら出来る!
 彼がオレを心から拒絶しなければ! 大丈夫、許してくれる!
 確信したオレは、無断で燕青と絆を結んだ。


 /3

「カルデアのマスター様は賢いねぇ。俺の機嫌を損ねないように必死だ」
「んぐっ……! ぐぅ、ぐうぅっ……」
「でもそれなら、もっとしおらしい演技に徹した方が良いよぉ? そんな風に……露骨に逃げようとしたら、いたぶりたくなっちまうだろぉ?」

 ベッドへ乱雑に拘束されたオレは、新宿のアサシンという陵辱者に弄ばれていた。
 ベルトで縛られた腕は、頭の上で固定されて動けないまま。
 黒いスーツは散々に引き千切られ、もう外へは出られない姿にされてしまっている。
 下着も遠くへ投げ出され、玉袋を刺激されながら恥辱的な台詞を浴びせられていた。

「おっ? なんだ、期待してるのかい?」
「期待って……何がっ!」
「良い目だ。でも強がりたければせめて涙を止めてから言えよ、童貞マスターさん!」

 歪んだ笑みを浮かべるアサシン。蠱惑的な指が、乱暴に先端を掴む。
 繊細なところを煩雑に、痛めつけるように攫われた。そこは他人に触れられていい場所じゃない。嫌悪感しか抱けない……と思ったのに、オレはあろうことか『燕青としていたこと』を思い出してしまい、顔が赤くなった。
 その反応が気に入ったのか、野蛮な笑みを纏ったアサシンは両脚の間に入り込む。
 そして先を親指でグリグリと潰してきた。グリグリ、グニグニ、グチグチ……執拗な刺激のせいで汗が止まらなくなってくる。じりじりと辛さが増していった。

「はっ……はぁっ……んぅっ……」

 呼吸も次第に乱れ始める。
 慰められて気持ち良かったのは、燕青にしてもらっていたからだ。他の奴にはさせたくない。なのに今はどんどんと快楽に呑まれていく。
 そんな、燕青じゃないのに、でもオレを弄ぶこの顔は間違いなく燕青で……?

「ぐぅっ……ぃ、んんっ! やめろぉっ……」
「イイんだろ、もっとラクになれよぉ。そうだ、笑わせてやろうか?」

 ふと、パシャリという典型的なシャッター音が響いた。
 アサシンの手にはどこから出したのか、使い捨てカメラが収められている。オレが住んでいる時代からするとアンティークとも言えるそのレンズが、無情にも光っていた。
 あまりの下劣さに言葉を失ってしまう。暫くアサシンは笑い惚けると、更に下腹部への刺激を再開した。パシャリ、パシャリという音と、フラッシュがオレを襲う。

「この光景、凄く笑えるよ。新宿中に写真をバラまいてやろうか?」
「やっ、やめ……やめろぉっ! んぐぅぅっ!」

 痛みに呻こうが声を荒げようがお構いなし、新しい玩具を手に入れた無邪気な子供の如くオレを弄りまわした。
 時間を掛けて虐げられては、たとえ下らない遊びであっても限界は来る。
 抗いがたい性感が背中を巡り、解放を求めて走り出す。

「ふあっ……!」

 そうしてあっという間に、アサシンの手の中で射精してしまった。

「あんたの童貞、俺の手が貰っちまったかな?」

 ニヤリと笑うアサシンが、白く染まった手を自分の唇へと運ぶ。
 ペロリと赤い舌で精液を絡め取った。そんなモノを口にするなんて……。絶句しながらも、妖艶な佇まいに胸の奥が高鳴ってしまう。
 『燕青が、オレのモノを舐めた』。そう思った途端、違う興奮が湧き上がってしまった。

「んん? さすがにこれぐらいはショックでも何でも無いか? ……じゃあ次は、俺が楽しむ番だよ」

 唾液とオレの体液で濡れたアサシンの指が、再びオレの元へ襲いかかる。
 今さっき達したばかりだというのに、また同じ刺激を与えようとしていた。

「んあっ……? や、やめろよっ。なんで、こんなことをするんだよっ……!」

 けれど今度の指は、冷たかった。滑り気も先ほどとは違う。オレのペニスと指が触れるたびに、ねちゃねちゃという粘着質な音が立った。
 異質な感覚に目を見張ると、アサシンはローションの瓶を掲げる。それもまたホテルの部屋に置かれていた物だった。

「なんでするかって? 攫ったときに言わなかったっけ? 面白そうだったからだよ」

 激しく、シュッシュッとシゴいてオレ自身を昂らせていくアサシン。
 再び掻き乱される性感に唇を噛んだ。けれど圧倒的な力にまた翻弄されていく。

「刹那の快楽、一瞬の気の迷い、今を生きているって感じで良いじゃないか! ……今の俺は、面白そうなもんなら骨の髄までしゃぶりつくす主義なんだよぉ」

 あまりの厭らしさに眩暈がした。
 先程よりも丹念な手淫に、更に浅ましい吐息を漏らしてしまう。歪んだ笑みのアサシンが、左手でオレのモノをシゴきながらも顔を近付け、耳元へと唇を近付けていった。

「まだイくなよ。言っただろ、今度は俺が楽しむ番だって」

 空いた右手に何を持っている? ローション? またインスタントカメラ? いや、それよりも鮮やかな赤色。細長くて、あれは……。
 太くて短い注射器、なんていう名前だったかな。答えが出るよりも早く、アサシンはオレの首にそれを刺し込んでいた。

「ッ! ……っ? ッ!」

 首に激痛が走る。
 首を折られた? いや違う。じゃあこの痛みの正体は?
 見渡して目に入ったのは妖艶なアサシンの顔。それと、見覚えのあるアンプル。そこから零れる赤い液体。『魔術髄液』と呼ばれる魔薬だった。
 脳がそれを認識した途端、熱い体が一瞬だけサアッと凍る。
 ……魔薬? 麻薬? クスリ? それ、いけない物だよな。いいや、確かそれ自体には影響は無い筈。一般人を魔術師へと作り変えるものであって、でも、本当にそれだけ?
 だって体の中が書き換わるような物だぞ? 書き換わる、中が? そんな物を仕込まれたら何が一体どうなって……? 何をされた? 何になる? 何なんだ? 判らない!

「あ、あ、ああああああっ!」

 何をされたか判らなかった。
 ただ一つだけ、『アサシンがオレに恐怖を挿入した』ということだけは把握できた。

「や、やめ、ろぉっ! んぅっ、んんんぅっ……」

 動転するオレへ、アサシンが口付けてくる。

「んんぅっ! んちゅ、んんぅぅう……!」

 脳が混乱した中で呼吸器官を奪われてしまった。そんなことをされたら更に冷静な判断が出来なくなってしまうのに。

「ぷはっ……く、くくく、傑作だなぁ! ザーメンぶちまけておいて、またアクメをキメかけて。あの美女二人が来なきゃ何にもできないの? 男の俺に破廉恥されてるのってどうよ!」

 舌を絡め取られ、口内を犯されていく。呼吸は追いつかない。
 全身で焦る体が暴走する。艶めかしい暴力に打ち勝つ手段はどこにも無かった。

「良い反応だ! いっそハマっちゃう? 俺がやってる良い店を紹介するよぉ。あんたみたいな純朴そうなお坊ちゃんを一から調教してくれるとこ! 天下のマスターからペットに華麗なる転身。ほら、ちんぽ虐められるの好きなんだろぉ? 悪くないんじゃない!」

 唾液を飲まされ、また敏感な箇所を弄られる。
 ねちゃねちゃと音を立てて、全身が壊れていく。
 下半身は溶け、頭も食われていた。今のオレは誰が見ても、淫乱で情けない男だろう。
 蕩けた喘ぎ声を発して身震いをする。耐えたくても止まらない。
 そして胴震いするオレの上に、アサシンが……燕青の顔の彼が、笑顔のまま跨った。

「ちんぽバキバキにイキり立てやがって。クスリが効きすぎだろ、ホントにあんた童貞かぁ? ……では、生のハジメテを貰っちゃうかねぇ」 

 アサシンが馬乗りになったせいで、目の前に美しい花々が広がった。
 鮮やかな模様、鍛え抜かれた肉体、オレにはどれも見慣れたものだ。
 けど、見たことのないものもある。下半身に刻まれた刺青は初めて見たし、何よりオレと同じように勃起したモノを見せつけられて……。
 ……ああ、燕青もオレと同じ、キスで気持ち良くなってたのかな。それなら嬉し……。
 いいや、違う。しっかりしろ、オレ。彼と目の前の彼は別人だ。他人だ。決して同一人物ではない。
 なのに同じ、同じ気分で、熱くなって、これから一緒に、この熱を、熱いのを、共に繋がれる、同じになれる、嬉しい、ようやくお前と結ばれ、やめろ、同じ顔でオレを惑わせないでくれ、オレは燕青を……燕青に……燕青が……。

「あああ……あああああ……」

 妙なモノを注入されて混乱した脳が、変な言葉を引き摺り出そうとしていた。
 おかげで支離滅裂な言葉しか喋れない。さらに沸騰した肉体が、痛いほど中央を盛り上がらせていく。

「どうした、物欲しそうな顔をしてぇ? 俺のちんぽでハメられたい? 先にケツでイキたい? おいおい、アヘ顔になるのまだ早すぎるだろ」
「あ……ぁぁぁ……あ」
「クスリ効きすぎかよ。……俺、あんた達の戦いを見てたときからさっさとハメたくて仕方なかったの。これでも童貞に免じて今まで我慢してやってたんだよ。感謝しろよぉ?」

 アサシンが腰をゆらゆらと揺らし、オレのモノを宛てがっていく。
 丁寧に愛撫され、潤滑液を塗され、ドロドロに出来上がっていたオレ自身。
 アサシンはそこに狙いを定めた。アナルを拡げて、ずぷずぷと腰を落としていく。

「んあっ! んんんんっ……! んはっ、入っちまったなぁ……!」

 滑ったオレのモノを、アサシンはどんどん咥え込んでいった。
 反り立ったオレに中腰で挿入してくアサシンの尻穴が、淫靡な形へ変貌していくのを見てしまう。強気な目でオレを見下ろしていたアサシンだったが、次第に恍惚の色へ表情を変え、最終的には雌の声を上げていった。

「ぁっ、んんっ……! いい、いいねぇっ、その顔っ……。ははは、尻穴を掘ってる気分はどうだいっ……? ほらぁ、童貞ちんぽ、オレの中っ、堪能しなよぉっ……!」
「は、ぁっ! ぐぅっ! んんっ……!」

 アサシンが腰をくねらせて、自ら肛門を引き締めて更なる快感を味わおうとしている。
 振動のたびに、心地良い酔いに襲われた。
 肛悦を貪る感覚がこんなにも良いものなんて知らなかった。
 オレは情けない声しか上げられない。一度アサシンの手で絶頂へ導かれていたのに、魔薬の影響なのか、自分の体だとは思えないほど気持ちが盛り上がっていた。

「んんっ、んぁっ! ほら、イカしてるだろぉっ、俺の腰遣い、んんんっ……」

 好き勝手にアサシンは動く。
 奥まで入ったと思ったら抜かれたり、全体重を掛けて根元まで咥え込んだと思った矢先に引き上げられたり。
 上下運動のたび、ずぷずぷ、じゅぷじゅぷと粘り気のある音が響いた。
 その音が、オレの耳までも犯しているみたいだった。

「んあっ、ゴリゴリいって……! んん、童貞ちんぽがっ、俺の奥にぃ、当たるぅっ!」

 何度も繰り返され、気が狂いかけた。激しい腰の動きのたびに淫乱な嬌声が上がる。
 腰を自ら動かすアサシンだけでなく、為されるが儘のオレも同じだった。

「んんんっ! はあっ……ぁっ! なんだよぉっ、いきなり大きくしやがってぇっ」

 そんなつもりはなくても、動かれるたびに体が知らない熱さに蝕まれ、膨張していく。
 射精への欲求はすぐに昂ぶっていった。一度達した筈なのに、暴走したオレの体は『アサシンの中で果てたい』という愉悦を求め始めていく。

「んあっ、ぁぁぁっ、なんだよ、良い顔、できるじゃ、ないかっ、んんぅっ!」

 オレの太股と滑らかな肌が卑猥な音を奏でていた。涎と零れる声が愛らしく思える。
 乱れる黒髪も揺れる花も美しく、蕩けた表情も堪らなくオレを刺激していった。
 ああ、その声、その髪、その刺繍もその笑顔も何もかも……欲しくて……もっと触れたい、撫でたい、引き寄せたい、一緒にいたいと、何度も……。

「んぁっ、んはっ、あはっ……! その気になってきたかいっ?」

 アサシンが上下に動く。奥に当たる。先端まで戻る。
 単調な動きの繰り返し。その筈なのに、気持ち良すぎてそれ以上はいらなかった。

「は……んんっ、んぅぐっ! イ、イく……燕青っ!」
「ッ!」

 抵抗は捨てた。今は少しでもラクになりたいと、一緒になりたいという想いが勝ってしまう。彼の名を叫び、助けを求めた。
「…………いいよぉ、イっちまえよぉ。全部俺が、貰っちまうからぁ……」
「んんんっ……燕青、燕青っ!」
「いいっ、イクっ、俺もイくぅ、童貞ちんぽでっ、メスイキするうぅっ!」

 不自由な体を懸命に気張らせた。
 オレの体を使って喘ぐアサシンの無慈悲な責めには抗えなかった。
 苛烈な責めを繰り出す彼に堕ちる。
 二度目の射精とは思えない勢いで、アサシンの中に放ってしまった。

「んあ、ああぁ……出てるぅ……ザーメンがぁ、俺ぇ、そこ好きぃ……」

 放出した途端、アサシンは先端を奥へと押し込んでくる。オレの上でビクンビクンと嬉しそうに踊りながら、精液を逃さぬよう、オレを中へ中へと捕らえて離さなかった。

「熱い……中、いっぱいだぁ。……名前、呼ばれるとは思わなかったなぁ。俺の真名を知っているなんて。ははは、そのせいでイッちまったようなもんだぞ?」
「……燕青……燕青……!」

 中に入りきれなかった分の精液が、肛穴とペニスの狭間を巡り、溢れ出してくる。
 それすら愉快だと笑うアサシンの姿が、完全にオレの理性を溶解していった。

「そっかぁ、そういうことかぁ。ははは、あんたは……『俺を知っている』んだねぇ?」

 染み込む精液を堪能し終えたアサシンは、甘い顔で自分の腹を撫でる。
 下腹をヒクヒクと痙攣させ、全身に伝わる官能に微笑む男。
 陵辱者であることは変わらないが、始めの頃に比べるとオレを見下ろす視線は別物へと変わっていた。


 /4

 薄い木板で造られた狭い小屋は、隙間から空が見えてしまうほど粗雑な建物だった。
 雨風を凌げるだけの納屋だ、人が住むための家屋には見えない。そんな薄暗い小屋の中で、男達が一人の青年を取り囲んで犯していく。
 裸体の青年が後ろから男に突かれて甘えた声で悶えていた。痛々しく背中を叩かれているにも関わらず、大口を開けて喘ぐ。「ああ、そこ、動いてぇ、イくイくぅ」……淫らな声を小屋中に響かせていた。

「こいつの口が名器だって噂は本当だったぜ」「はした金でこんな良い玩具に巡り合えるなんてな」「早く退けよ、俺の番だろ」 下品で野蛮な会話が、彼を取り囲んでいる。

 けれど、彼の魅力は失われていなかった。艶のある長い黒髪が揺蕩う姿も、オレにとっては眩しいものに変わらない。体中の刺青が体液で濡れ、黒髪がぼさぼさに乱れていたって、大勢の陵辱者に全身を犯されていても、彼は溜息が出るほど美しかった。
 必死に腰を動かし、自分を貫く男を射精に導いていく。今の彼は、男を満足させるだけの道具。犬のような格好で、薄い壁の外へ聞こえる声で吼え立てていた。
 そのとき、板の隙間から雨が漏れ出した。
 小屋が風で軋む。そんな外的要因が無ければ、男達は無我夢中で彼を犯し続けていただろう。我に返った男達は、体液で濡れる青年を一人置いて小屋を出て行く。
 精液まみれの彼の横に、少しの食べ物を置いて。

「……あるじ……」

 突然、彼に呼ばれた。ドキリと『無いオレの体』が跳ねる。
 どうしてオレを呼ぶ……? しかし彼の呼びかけは、オレ以外に向けられたものだとすぐに判った。快楽にやられた彼の目は虚ろ、どこか遠くを見つめていた。
 全身を穢された彼は、男達が置いていった食物に手を伸ばす。
 なるほど、この陵辱は全て飯を手にするための手段だったのか?
 そう思ったけど、彼は手を伸ばした食べ物を自分の口へと運ばなかった。

「……あるじ……俺は……」

 食物には手を付けず、おもむろに自分の体を抱く。そして涙を流し、蹲った。
 その涙は惨めさからではない。蹲ったのも、己を庇うためでもない。
 では何か? ……ここは、隙間から雨風が吹き込む粗野な小屋。彼は、雨から体を守っていた。
 体に刻まれているもの……すっかり汚された文様と、僅かな糧を守るために。

「……ああ、貴方の名を穢し続けてしまう……早く、どうか貴方の元に……イ……」

 ――オレは、彼を知らなかった。

 彼がどの時代に生き、誰に仕え、どうしてオレの元へ来てくれたのか知らずにいた。
 だから知りたかった。いつまでも真名を話してくれない彼に、少し卑怯な手で使ってでも過去を知ろうとした。
 それで何が判った? 彼が他者を想って涙を流したということか? やって来るかも判らぬ人を想い、孤独に耐えて生きていたということか? いいや、もっと思い知ったことがある。……オレが彼に劣情を催してしまうということだ!
 この過去を見て、犯される彼を男達から救いたいと彼に手を差し伸ばそうとしておきながら、浅ましく発情して……。結局はオレも陵辱者に他ならない!
 ……蹲り涙する燕青は、こんな生活をあとどれぐらい続けるのか。一週間? 一ヶ月? 半年? これが終わったら今度は報われる日々が来る? 寂しく一人で涙するような日は終わりを告げる……?
 そんなことはなかった。
 彼の想いは届かない。どんなに身を捧げても、待ち焦がれても、期待しても、信じて声を張り上げても、燕青の声は……身に名を刻んだ人物には届くことはなかった。
 オレは……主人に忠誠を捧げながらも報われなかった寂しい彼へと、手を伸ばす。
 届かない。過去に手など届かない。彼が主に手を伸ばして届かないのと同じように。
 悔しくて悲しくて、腹立たしかった。
 オレならこんなことをさせないのに。燕青の声を受けとめるのに。燕青の腕を引き上げるのに。燕青を一人にしないのに。燕青を……抱き締めるのに……!

 契約を結んだマスターとサーヴァントは、意識を共有することがある。交感現象なるものがあると知ったオレは、彼と一対の契りを結ぼうと決意した。
 理由は、何も教えてくれなかった燕青の秘密を手に入れたかったから。
 何故燕青は隠していたのか。彼は『自分の内側を明かすことを躊躇うようになった』のではないか。どんなに尽くして声を上げて手を伸ばしても、報われなかったから……。

「最初に見た夢が、これ。申し訳無くて、おれ、暫く燕青の顔が見られなかった」

 もちろん違う夢も見たさ。楽しそうに仲間と笑う彼の姿も見た。凛々しく活躍した勇姿も、ちょっと恥ずかしい笑えるシーンだって幾度とだって見た。けど。

「燕青にだって武勇がある。英霊になるぐらいの物語がある。なのにおれが最初に見た夢は、なんであんな悲惨で淫猥なものだったんだ?」

 それは間違いなく、オレが燕青に対していかがわしい情を抱いていたからだろう。
 どうやらオレは……長い間一緒に戦ってきた相棒を、抱きたいと思っていたんだ。
 そうだ! 最初会ったときの印象が『綺麗だ、美しい、触れたい』だったぐらいだもの! 何より先にそれがあったんだ。オレは気付いていなかっただけで、最初から燕青に性欲を、そして愛情を抱いていたんだ。
 初めて召喚されたときのことを思い出そう。サーヴァントなんてどんな人だか判らなくて少し怖かったオレの前に現れたあのときのことを……。
 金色に輝く光の中で現れた彼の姿が綺麗で、言葉を失った。
 一見大人しそうなのに陽気に笑った顔が、なんだか意外だった。
 カルデアに生きて戻れて、疲れ果てたオレをいきなり寝かしつけたときは驚いた。
 案外世話焼きな性格が、兄弟のいないオレには嬉しかった。
 色んなことを話してもらって、人懐っこい満面の笑みを見せてくれたとき……ドキドキが止まらなかったっけ。――なにより、『あの日のこと』を忘れてはならない。
 ドクターが身を挺してオレ達の未来を作ってくれた日のこと。
 別れが寂しくて、マシュの前では笑顔でいられたけど自室に戻ったら耐えきれなくて、泣いてしまって不安がるオレに……。

『アサシンは、オレに黙ってどこかに行ったりする?』
『いいや。……主が許してくれるなら、いつまでも貴方のお傍に』

 そうやって笑いかけてくれた。オレの問いかけにどこか満ち足りた笑みを浮かべて、座に戻らずにずっと傍にいてくれて……。

「そう。全然気付いていなかっただけで、おれは最初から燕青を欲していた」
「そう。その通り。オレは最初から燕青を欲していた」

 そこまできたら、親しい仲だけでは飽き足らなかった。それ以上の関係に、深い関係に、体の奥の奥まで染み込む関係になりたいと思えてしまった。
 でもずっとなれなかった。深い関係に必要な、名前すら明かしてくれなかったから。
 だからオレは狡賢く彼を知ろうとした。彼が隠しておきたかった暗部を無理に……。

「仕方ないだろ。だって、おれは最初から燕青に欲情していたから」
「そう。その通り。オレは最初から燕青に欲情していたから」

 口に出して、耳から自分の心を確かめて……ようやく自覚した。
 燕青のことを愛している。大好きだ。ずっと傍にいたい。
 だから名前も過去も体も何もかも、ズルをしたって欲しかったんだ。

「なあ、おれ。どうしてまず『それ』を言ってあげなかった? さすがの浪子燕青だって『愛している』『傍にいよう』って言われたら、観念して名前をくれると思うよ」
「ああ、そうだねオレ。でも『お前もオレなら』判るだろ? オレは彼から告げてくれるのを待っていたんだ。傲慢にもマスターだからって、あちらから教えてくれるものだと思い込んでいて。オレから動けばきっとあっさり解決したと思う。オレが先に告白すればすぐに手に入っただろう。これほど苦しむことも無かった」
「ああ、そうだなおれ。『おれはお前だから』判るよ。『何もかも、手に取るように判る』。燕青の名が判った時点で、おれから動けば良かったんだ。彼は自ら主に手を伸ばすことを躊躇っていた。近くにおいてもらえる自信が無かったからだ。なら、おれが……」
「そう、主人のオレが手を伸ばせばいい。ようやく気付けた! 素直になれた」
「素直になれた。ほっとしただろ。自分自身と話し合うって大事だよな」
「苦しんでいたのが馬鹿みたいだ!」
「苦しんでいたのが馬鹿みたいだ!」
「もっと早くお前のことが知りたいと言えば良かったんだ!」
「もっと早くこの想いを彼へと伝えておけば良かったんだ!」
「そうすれば、もっと早く……燕青に触れることができた!」
「そうすれば、さっきみたいに燕青に触れることができた!」

 クスリのせいでまだフラフラする頭でそう結論づける。新宿のアサシンによる両腕の拘束はとっくの昔に解かれていた、オレは自由だ、体も、心も、今は熱く火照った体を持て余しつつも自分の心と直面し合う有意義な時間、開放的になった心で明るい未来を考える、アサシンに襲われてどうなるかと思ったけどなんだか気分が晴れやかだ、鬱憤を溜めるのは良くない、服薬は適度が一番、頭が軽い、晴れやか、何でも出来そう、とっても自由、帰ろう、でも滅茶苦茶にされたオレの衣服は戻らない、目の前のオレの衣服は健在だから平気か、魔術で割れたガラスを戻す方法はどうすれば良かったか、あれって衣服には使えたかな……「しっかりしろよ、おれ」「しっかりしなきゃ、オレ」……そうだ、今のオレは一人だ、新宿のアサシンが姿を消した今これからどうするべきか考えなきゃ、そういやここはどこだっけ、ホテルの一室だよ、連絡手段は無し、でもオレを捕まえていた奴がいなくなったなら……「まずどうするべき? そうだな、勃起したそれを収めないといけないだろ」「そうだな、まずは勃起したこれを収めないといけない」……頭がガンガン、クスリがジュクジュク、穴の空いた首をガリガリ、疼く体で外に出られない、だからまずは……「一人で処理しようかな、おれ?」「いいや、オレはいつも燕青にしてもらっていた」「いつもしてもらっていたね、おれ」「いつも頼んでいたさ、オレ」「じゃあ燕青を呼ばないといけないな、おれ」「そうだ、燕青を呼ばないといけないんだよ、オレ」「燕青に来てもらわなきゃ。なら、どうすればいい?」

「どうすれば? ……オレは燕青とだけ直接パスを繋いでいたんだ。つまり燕青とオレは誰よりも深く繋がっている。他のサーヴァントでは察せなくても、燕青ならオレの居場所を見つけてくれる筈!」
「その通り。判っているじゃないか、おれ! おれも判っていたけどな、お前だから!」



 /5

 燕青は誰よりも早くオレの元に来てくれた。
 何故自分だけがマスターの居場所を察知できたのか、きっと本人も判っていない。
 生前の燕青は魔術に縁が無かった。クラス的にも知識が長けているとは思えない。
 だからオレが施した仕掛けに気付けないし、説明しないと判ってもらえないだろう。
 事情は後で話そう。勝手に二人だけの絆を深めていたことを謝ろう。聞き終えた燕青ならきっと小さく叱って、『俺に許可無く悪さを? 困った主だなぁ』と笑うに違いない。

「マスター!」

 常夜の街を飛び、ビルの森を抜けてオレが居るホテルに到着した燕青が、慌てながら駆け寄ってきた。新宿のアサシンが帰らせたのか、部屋の外に武装した男達は一人も居ない。だから大した騒動も無く、燕青が大暴れをすることもなく、ごく普通にホテルの一室へと入ってきてくれた。
 オレの散々な格好を見た燕青が息を呑む。けど「無事で良かった。すぐにみんなと合流しようぜ」とホテルのバスタオルを放り投げてきた。
 そっか、わざわざ下半身を露出させておかなくてもタオルがあった。
 でもそんな物はいらない。まずは燕青に、してもらわないといけないから。

「藤丸立香の名のもとに、令呪を以て命じる。『燕青、絶対服従しろ』」

 ――赤い輝きのもと、土下座をするように燕青が床にキスをする。
 もう一人のオレ(悪戯っぽくバスルームに隠れていた)に命じられた燕青は、視えない力に縛られて床に突っ伏した。まさしくベッドに座るオレへ服従している姿となる。

「ま、マスター? なんで令呪を……今日は使い切って、一画も……。そ、そいつは?」

 額をオレの足に擦りつけ、背中を晒しながらも燕青が困惑した声を出す。

「なんでマスターが二人……。ッ、あいつらが報告したドッペルゲンガーか!」

 伏せた顔はどんなものになっているだろう? 驚いているのかな? 
 ふと思って「燕青、顔を上げて」と命じる。燕青は伏せた体のまま、自然な動きでオレを見た。もう一人のオレが命じたというのに、オレを主と認識している。なるほど、ドッペルゲンガーの『外見だけでなく記憶と能力も完全コピーする』というのは本当らしい。まさか『オレだけの特権である令呪』まで再現できるとは思わなかったけど。

「重ねて命じる。燕青、『何も考えず無力化して楽しもう』。そして第三の令呪を以て命じる。……『素直になるんだよ』」
「なっ。なんだそれ……。ッッッ!」

 動揺して声が裏返りながらも、燕青の体はまた視えない鎖で縛りつけられていった。

「燕青。愛しているよ」
「……俺の真名……? マスター、いきなり何を」
「早く言いたかった。ムードが全然無くてごめん。でもオレ、すぐに伝えたかった。今とても心が晴れやかで、頭がスッキリしていて、何でもしたくって、自由で……燕青に来てもらえて嬉しいよ。燕青。愛している。これからも傍にいてほしい。ずっと……」
「………………てめぇ、マスターに何をしやがった!」

 慌て揺らぐ燕青の目が殺気立ったものに変貌し、もう一人のオレへ向けられる。
 すると令呪を使い切ったオレの姿が、グニャリと歪んだ。そのかわり消えた筈の新宿のアサシンが現れる。……あれ? アサシンがいる……? 危険な存在であるアサシンが? またオレを狙いに来たとか? なら応戦しないと……?
 いやそれよりも解放感溢れる脳が『先にすることがある』と全身に指示を送ってきた。
 やることは何だっけ? 『想いを伝えること』だよ、うん、それは終わった。
 じゃあ次にすることは? それは……『燕青に応えてもらうこと』だ!

「燕青、しゃぶって」

 頭を上げた燕青の目の前に、オレの反り立ったモノを近付けた。
 目を見開いて驚く燕青だったが、命じられた通りにオレの先端を口に含んでいく。
 何故そうしてしまうのか判らないという動揺のまま、口内へ導いていった。
 オレが腰を動かさなくても頭を前後に揺さぶり、頬を窪ませる。「ぅんん、んんんんんんっ……!」 しかも丁寧にチュウチュウと吸いつけてくれていた。
 今までは手で抜いてもらうだけだった。
 でも今は、燕青が美味しそうにしゃぶってくれている……。上から眺める燕青の姿は色っぽく、流れる長髪も艶やかさをより演出していた。なんて絶景だ。
 だけど燕青の目には涙が滲んでいる。どうしてだろう?

「どうして? そいつ、嬉しくって泣いているのさ。だって『愛している』って言われたら嬉しいもんだろ? 判るさ、俺だって『傍にいてほしい』って言われたかったもの」

 燕青と同じ顔のアサシンは笑いながら、オレに跪いて口淫に励む彼の背中を指で撫でた。燕青の背中に刻まれた字をツイーっとなぞっていく。フェラチオに専念していた燕青がピクピクと反応したが、オレを愛することに必死な体は、弄ぶ指さえ許していた。

「なあ、嬉しいだろ? 大好きな主に求められて、命の限り尽くしまくる……。俺がしたかったことをさせてもらって、嬉しいよなぁ? 嫌な訳ないよなぁ?」
「んっ、んんんぅ……!」
「だから応援させてもらうよ、俺」

 涙を浮かべている燕青が、何かを喋りたいのかくぐもった声を発する。けどオレへの奉仕をやめようとしない。何があっても俺に尽くすのか? ……ああ、可愛らしい!

「今の俺はもう忠義なんて捨てて好き勝手に生きている身だけどねぇ。羨ましくはないが、気持ち良くて楽しいことは好きだからさぁ。さーて、張り切って幸福を極めようぜ」
「んんんっ……ぐぅうんっ!」

 奉仕する燕青の口元から唾液が零れ、顎を汚していく。
 その光景がアサシンにとって楽しいものだったらしい。ただ背の刺青をなぞっていたアサシンが、燕青の背後に抱きついて、はしゃぎ始めた。熱くオレに尽くす燕青の下半身へと手を伸ばして愛撫する。オレにしていたときのように、燕青を指で犯し始めた。

「ほらほら、早く主を満足させてやれよ。舌でイかせるのは俺の得意分野だろ? 『お前の口は名器だ』って散々褒められていたじゃないか!」
「ぐ、ぅんっ! んんんぅ……」

 アサシンの言葉の影響か激しい前後運動からか、燕青は顔を赤く染めていく。そんな彼の頭をオレは抑えつけて、喉の奥へ自身を突き刺した。燕青の中へ、白濁液を流し込む。
 爆ぜる放出から決して逃げられない。オレが頭を抑えていたのもあるが、アサシンが燕青の後ろから抱きついていたのもあり、どこにも逃れることなどできなかった。
 ようやくオレのモノを口から引き抜かれた燕青は、激しく息を乱す。
 『無力化』を命じられた彼は、いつもの素早い動きで敵を振り解くこともできない。
 ゼエゼエとよろめき、背後のアサシンに体重を預けていた。

「がぁっ。ご、ごほっ……。ま、マスター……もう」
「おや? 今ので終わりだと思ってる? いやいや、高濃度のクスリを打たせてもらったからねぇ。真面目な坊主が色欲狂いの廃人になるぐらいの量は使ってるから……まだまだイき足りないと思うよぉ?」
「なっ……。く、くそったれが!」
「自分にくそったれって言われてもね、知ってるよ。ああ、さっき『毒は効かない体』だって知ったんだけどさ、残念ながらうちの商売品は毒じゃないんだよなぁ。だからビンビンに効いちゃうだろうねぇ……戻ってこられないかもなぁ!」
「――燕青、ベッドに上がって。生まれたままの格好になって。全部オレに見せて」
「ま、マスターッ……!」

 オレが命じると、燕青は真っ赤になりながらも言われた通りに裸体を晒してくれた。
 その間も「マスター! マスター! しっかりしてくれ!」と吠えている。聞き慣れた心配性の声だった。それでもオレの言うことに従ってくれている。優しかった。
 嫌がっているのに何故従う? 令呪の力によるもの? ううん、ここはきっとオレに対する愛だ、そう信じよう――そうだよ自由に考えよう好きなように考えよう好きなように思うが儘にとずっと脳がずっと唄っているし楽観的な頭がリンリンジリジリジクジク奔放な音を奏でてオレを騒ぎ立ててもっと明るくもっとフリーダムにもっともっと愉しいことを求めようって首から流れ込んだ液体がラクになれ陽気になれ声を出して笑え踊れ暴れまくれとオレを囃し立てて燕青がオレを呼んでいるからマスターますたあ主あるじってひたすら鳴き続けている良い声をちょっとだけうるさいからキスで黙らせてやろう――。

「っ! んんんぅ、ぅぐんぅ……! んはっ、マスター、目を……覚まして……」

 首をぶんぶんと振ろうとしている。燕青って実は恥ずかしがり屋?
 あ、そうだ。オレ達、キスしたのはこれが初めてだ。擦り合ったり、うなじや耳に口付けたとしても、唇同士のキスは初めて。怒って押し退けようとしても無理もない。

「マスタぁー! 俺を素直にさせたいなら、もっともっと可愛がってやらないとイジけるぜ。可愛がる道具ならこっちにみんな揃ってるぞぉ!」

 アサシンが、ベッド脇の箱を指差した。
 箱の中には様々な淫具が顔を出している。いかがわしいホテルには一頻りの物が準備されているらしい。カメラや潤滑液もそこから出したのかと感心しながら、とりあえずオレは電動マッサージ器を手に取った。そして燕青へ端的に声を掛ける。

「燕青。足、開いて」

 ピタリと動きを止めた燕青は、震えながらベッドの上でオレと向き直った。
 わなわなと唇を震わせていたが、またアサシンに体重を掛ける形で仰向けに倒れる。
 アサシンに腕枕をされながら横たわる姿は、まるで仲の良い双子の兄弟だった。

「ま、マスター……やめろよ、頼むから……。ぅ、ッッッ!」

 腕枕をされている燕青が、両脚を大きく開く。アサシンの腕が燕青の片足を抱え、もう片足はオレが持つ。そしてオレは剥き出しの股間にマッサージ器を押し当てた。
 スイッチを入れる。容赦なく送られる快感に、燕青は声を荒げた。

「ひぃっ! いいい、そんな強いのっ、無理っ! あっ、ああっ、あああああっ!」

 普段の力が出せるなら、オレの手なんて蹴り飛ばせただろう。
 けどオレに従順になった燕青は、両腕で顔を隠して激しすぎる刺激に悲鳴を上げるだけ。すぐに痙攣が始まる。体を大きくビクンビクンと跳ねさせて悦んでいた。

「イイよな、それ。俺達が生きた時代には無かったし、怖いぐらい気持ち良くてハマる」
「あああ、だめっ、や、やめろよぉ、ぁあらめっ、ああああああっ……!」
「ん、電マを使われるの初めてかぁ? じゃあ目一杯味わっておけ。癖になるから」

 肌の上の花が声に合わせて踊り始める。卑猥な声を上げていても美しさは途絶えることがない。前に見た夢をそのまま再現しているようだ。あのときの燕青は男達の陵辱に感じきって「イくイく」と悶えていたっけ。……あんな奴らに負ける訳にはいかない!
 嫉妬心に燃えたオレは一際大きく燕青の体が弾ける前に、急所からマッサージ器を外した。突然振動が無くなったことでこみ上げていた快感が止まり、燕青が目を見開く。

「ま、ますたぁ……? そんな……。んんんんっ!」

 再び敏感なところに器具を押し当てる。体をくねらせて快感から逃れようとした。

「ぁぁっ、ぁあああっ!」

 ピクピクと全身が跳ね、喜びの声を上げ始める。小刻みな振動が徐々に燕青を追い詰めて、またゾクゾクとした感覚を引き起こしていくようだった。

「いやだっ、いやなんだ、やめてくれよぉっ!」

 大きく燕青の全身が震える。再びオレはマッサージ器を急所から離した。

「っ……ぁぁっ……。イっ……」

 絶頂に届きそうなところで、止める。刺激を離され、燕青の体が涙を流して固まった。

「ははは、意地悪だなマスターは! でもいいねぇ、どんなものでも王道は悪くない」

 衝動が完全に沈静化する前に、もう一度燕青へと振動を加えた。
 二度、三度と絶頂を止められ、息ができないほどの昂りを与えられている。
 幾度となくイキかけている体は、気を許すとすぐに達してしまいそうになっていく。
 だから次第に器具を離すペースが早くなっていった。

「んぁぁっ! ま、またぁ……イっ、もう少しで、イけ……」

 押し付けられても離されても、燕青の体が跳ねる。それだけ。荒々しい息遣いを整えさせ、平穏を取り戻したらまたくっ付けるを繰り返す。
 呼吸がなかなか戻らないときは、花が雨露に濡れたように汗を流す肌をマッサージ器でなぞった。胸の突起に反応したが下半身ほど大きな変化は見られなかったので、頃合いを見計らって股間へ戻る。「はぁぁぁ、んんんぅ、ぅぅぅ、狂うぅ……!」 やがて悲鳴は甘い声に変わり、端整な顔も涙と涎で塗れていった。
 長い髪が汗で肌に張りつく。片足を抱えていたアサシンが優しく掻き分けて、顔を隠さぬようにしてくれていた。アサシンに撫でられていても燕青にはそれどころではないらしく、最終的に燕青から抱えてくれているアサシンにしがみ付くようになっていく。

「ぁぁぁぁっ……! まっ、また……イけ……な……」

 別に暴力的な快楽を与えるのが目的じゃない。縦横無尽に燕青を責め、絶頂を迎える前に寸止めをしているのには、オレなりの訳があった。
 その目的が達せられるまで、ひたすらに快楽を与え、奪う行為を繰り返す。
 快感が溜まるギリギリを待って、いざ弾け飛ぶ瞬間、外す。訪れない終わりに歯を食いしばって刺激から耐えようとするところを再び着火する。だが燃え尽きる前に避ける。
 生殺しを続けるが、決して憎くてしている訳ではない。愛しい故の行為だった。

「はぁぁ……んぁぁぁ……ぁぁぁぁ、マスター、俺ぇ……おかしく……なっちゃう……」

 このままでは壊れる。絶頂禁止地獄に耐えられない。そう、燕青は声を振り絞った。

「マスター……許して……イかせてっ。……俺、もう……欲しいよぉっ……」

 長く続いた快楽責めにしては、恐ろしく単純な一言を呟いた。
 だけどその言葉は、オレの不満を全て吹き飛ばすほどの力を持っている。
 ――オレは、彼に求められたかった。オレが燕青を求めるのではなく、燕青からオレを欲してほしかった。
 その心が、長い間オレが彼の名を訊けずにいた最大の理由。
 誰かに助けてほしくて英霊召喚を行ない、彼と出会った。
 性欲を持て余して頼み込んで、抜いてもらった。
 彼の真名が知りたくて、卑怯な手段を使ってでも手に入れた。
 どれもどれも、オレから彼へしたことだ。素直になった頭だから判る。オレが『愛している』と言わなかった理由は、『燕青からの好意』を待っていたからだ!
 『愛している』と言えば名前を教えてくれたかもしれない、それも考えたが、やはり燕青と面と向かったオレは……彼から求められたいと思ってしまった。
 燕青から名前を告げてくることを願っていた! オレからじゃなく燕青から『ずっと傍にいてほしい』って言ってほしかった! だから今も、素直な心で求めた結果が……。

「イかせてっ……! お願いだ、もうイかせてくれよぉ! 我慢できないっ、イきたいっ、ますたぁ、頼むからぁ!」

 求めた結果が、これ。オレを欲しがるこの声を聞くために、絶叫を強いている。
 至福だった。……懇願を聞き入れ、ぐっと性感帯に押しつける。
 ありがとう燕青。燕青の声ならいつだって迎え入れる。欲しいならいくらでも。イかせてほしいというなら何度もイかせてやろう。イってイッて戻ってこれなくなるぐらい満足させてあげる。だからもっと欲しがってほしい。どうかオレを……。

「ぁぁっ、ああああ! だめ、イイ、いいっ、イくぅ、イくううううぅ……!」

 そうして燕青が完全に失神するまで、マッサージ器での責めを止められなかった。
 ――何回イかせたかは燕青のイキ顔ばかり見ていたせいか、数えていない。
 寸止め地獄からの連続絶頂で、花々が散る裸体はじっとりと濡れている。
 そんな涙を流す赤い花に、アサシンがすっと口付けていた。度重なる絶頂に意識を失った燕青は、その程度のことでは目覚めなかった。

「アサシンって実はナルシスト? まるで自分を可愛がっている」

 同じ顔の燕青を愛おしげに唇で撫でているアサシンへ、声を掛ける。
 同一の霊基から魔力で肉体を再現したというのに、笑い方からして違う彼。豪気に構えるアサシンとイき果ててグッタリとした燕青が、同一存在だとは思えなかった。

「いいや、俺は俺が好きじゃないよ。寧ろ俺を捨てたいぐらいさ。現に捨てた」
「捨てた? 自分を、捨てたの?」
「俺は莫迦な主に付き従った莫迦な使用人だった。主の為だと尽くしたのに酷い裏切りに遭って……そうして得られた第二の人生。主なんて持たず、自分の快楽の為に生きることにしたんだ。『こいつと違って』」

 何を口にしても愉快なのか、アサシンは口を開くたびに楽しそうだった。

「恥辱塗れで侮られた過去を捨て、主のことなんて忘れて刹那の快楽だけを貪る。たった一瞬の愉悦を求めて自由に生きる夜は楽しい。柵も誇りも何も無い、ただ心のまま素直に生きる今が楽しい。ああ、今の俺は愉しいよ! あんたも、今まさにそれを味わっている最中だよな! ……けど『この俺』は、第二の生でも従者であることを選んでいる」
「この燕青は、オレのサーヴァントとして召喚されたから」
「ああ。こいつは俺じゃない。俺と同じ過去を持った別人。でもさ、自分が殺したつもりの暗部を見せつけられて気分が良いものか。……嫌だよねぇ。そりゃあ壊したくもなるよなぁ……そう、こいつも愚か者になってほしいんだ……『俺とあんたみたいに』」

 気を失った燕青の首元に、注射針が沈んでいく。
 楽しそうに話すアサシンは、燕青に打った針を自分の腕にも突き刺していた。

「これ、『愛の霊薬』。サーヴァントにも効くクスリを作っちゃう魔術師様もいるって知ってた? 人間に使うと壊れるけど俺、大好きでさぁ。毎晩愛用しちゃうんだよねぇ」

 ニタリと笑いながらアサシンが蕩けた目で、オレに口付けた。
 同じ顔でもアサシンは愛する燕青ではない。拒もうとしたがその瞬間、急に何者かに頭が締め付けられた。
 どうやら部屋に虫が入り込んだらしい。大量の虫が目の前を這ったせいで頭痛がして身動きができなくなる。よく判らないがそういうことに違いない。

「あれ? 早くも薬切れ? 仕方ねえなぁ、初日サービスってことでもう一本やるよ」

 プスリ。息をつく暇も無く、アサシンの手で再びオレへ何かが注入されていった。
 すると視界に埋まっていた大量の虫や、それが横切るたびに聞こえた耳鳴り、楊枝で脳をザクザクと突き刺されているような痒みが瞬時に掻き消えていく。
 はて、数分前にアサシンの言っていた『普通の人間に使ったら頭が吹っ飛んで戻れなくなる』という説明は、その注射はどういう効果で、つまり、つまりつまり、などと真剣に考えようとしたとき……眠る燕青が呻き声を上げた。
 一度は落ち着いていた体が再び火照る。イきたいって絶叫していたときみたいに大量の汗が流れていく。「ぁ、ぐ、ぐあ」と低い声で鳴き、辛そうに自身の体を抱いた。

「な、なんで、あ、体が、あつ、あつい、ひぃっ」

 体の奥から湧き上がる暴力に耐えきれず、ベッドの上でもがいて涙を流している。
 燕青がハッと目を開けた。自身に何が起きているのか、把握するためキョロキョロと辺りを伺う。そうしてオレと目が合った瞬間、顔をカアッと赤くした。元から赤くしていた肉体を更に炎上させていく。どうしたのだろう?
 まさか、恥ずかしくてオレと目を合わせられなくて顔を背けている? ……そんないじらしい顔を見せられたら、こっちだって熱く盛り上がってしまうじゃないか。

「マス、ター。お、俺、カラダ、ヘン、変になって……や、見ないで、見ないでくれ」

 燕青が顔を隠そうと腕を振るった。そんな仕草を見せられたら、やめろと言われても無理な話。今の燕青、凄く可愛くてたまらない。すぐに手を取り、胸の中へと抱き寄せた。

「ほら、マスターが抱いてくれるってさ。素直にさっさと股を開けよ。マスターの命令には絶対服従なんだろぉ?」

 既に燕青の体は、自分の意思では動けなくなっていた。
 主であるオレの声と、威圧的なアサシンの後押し。魂すら書き換えてしまう霊薬の効きに加え、快感にやられて熱くなった体……。何もかもが燕青を無様な姿へ彩っていく。
 抵抗を表わしつつも、結局はひっくり返った蛙のようにベッドの上に横たわった。
 些細な抵抗など構わない。オレは隠すものが無い燕青の肛孔に、熱くなった肉棒を宛がう。簡単に挿る訳が無いと思ったそこへ、一気に押し込んだ。

「ぐ……がっ! がっっっ……!」

 無理矢理に肉を拡張されていく衝撃に、燕青は不気味な声を上げて抗う。

「燕青、ああ、凄くいいよ、燕青の中……平気?」
「がっ、ぐあっ、んがっ……」
「大丈夫さマスター、痛くされるのも俺は慣れている。久々なら辛いだろうけど、あとはマスターの愛次第でなんとでもなるよ!」
「あ……ああ……痛っ……ぁあ、熱い、ま、ますたぁっ……ひうぅっ!」

 オレのモノを咥え込めず、燕青が首を振る。上から圧し掛かられた状態では逃げることもできず、ただオレの目を見て喘ぐだけになっていた。

「嬉しいよなぁ? 愛しの主のちんぽだぞぉ? 主も嬉しいよなぁ? ほら、もっと根元までズプズプ挿れてやれよぉ。さっき俺としたみたいに……そうだよ、俺が平気だったんだ、こいつも挿るに決まっているだろ! 奥まで気持ち良くなるに決まっているさぁ!」

 アサシンの声に導かれて、燕青の中を突く。性器への直接刺激ではなく、普通の男体なら快感すら得られない尻奥を打ち込んだ。痛みを訴える絶叫も覚悟していた。しかしかつての燕青は、その身で受けていた前立腺の快感を知っている。悔しい話だが男達に抱かれていた妖艶な体は、無理矢理に抱かれる今をすんなり受け入れようとしていた。

「ぁっ! んあっ! ふぁ、そんなっ、ぁっ、マスターっ、らめっ……」
「燕青……必死な燕青も綺麗だ、可愛いよ。気持ち良い……もっと求めて……。んん」
「んん、んんんっ……!」

 天を仰いで仰け反る燕青の唇を奪った。その間も挿入はやめない。
 素人なりの懸命な口辱だった。アサシンとしたときのことを思い出して、燕青の舌を奪ってみる。呼吸が続かなくて口を離すと、慈悲を乞うような目でオレを見てきた。

「んぁぁぁ……う、中、動くと……また……おかしくなっちまうぅ……」

 端整な顔立ちが美しい雫に濡れてキラリと光っている。どんなにひいひいと喘いでも彼の魅力を損なわせるものにはならない。
 だから、より求めてしまう。シーツが汗まみれになろうが、燕青がまたオレを求めるようになるまで……奥まで突いて、腰を引く。ぐちゅっと中を抉り、堪能を続けた。

「んはぁっ! ぁぁっ! こすれるっ、奥がぁ……ぁぁぁっ……」
「燕青のお尻、いいよ……。なあ、もっとこうしてほしいとかないの……?」
「んあっ、ぁぁぁっ! ……やだっ、ますたぁ、やめてくれ……」
「おいおい俺さぁ、他に何か言えないのかぁ? 褒められているぞ、嬉しがれよ」
「ぁっ! んぁぁ、ぁぁっ、そこはぁ! ……おかしくなるぅ、うううぅ、ぁぁぁ……」
「褒められたことなんて滅多になかったじゃないか。新しい主はケツ穴でアンアン鳴くだけで褒めてくれる。こんなに幸せだったことがあるか? お前も、快楽を貪ろうぜ」
「ひあ……! あ、ああっ、そこっ、こつんって、当たっ、んあああっ……!」

 燕青はオレの下で動くに動けず、暴力的な刺激に甘受するだけだった。
 打ちこむたびに、声が変わる。腸を抉られ歓喜に震え、自分を見失うほどの甘い衝撃に首を振るう。下からのピストンに、ぼろぼろと涙を流して喘いでいた。
 けれど、痛々しい泣き叫ぶ姿はアサシンのおかげで終幕を迎える。
 オレの下で悶える燕青の耳元に、アサシンが唇を近づけ、囁いた。

「主のためにイけよ。『じゃないとまた捨てられるぜ』」

 ――燕青の悲痛な声が、ピタリと止まる。
 その一瞬の硬直を見計らってか、アサシンはもう再度、燕青の首元に針を刺した。
 今度は長い、とても多い注入。流し込んだ後の燕青の中が、ぎゅうと締まった。

「あ、あるじ……いっ、イイ、い、いいよぉ、イイ、イかせて、一緒に、ぃぃぃ……!」

 元よりオレの臨界は迫っていた。燕青の体を抱き締め、腰を突き出す。
 ようやくそこで燕青が、圧し掛かるオレの胴体に腕を回してくれた。
 腕でしがみ付くと同時に、両脚もオレへと纏わりつこうとする。捕らえて離さないように引き寄せ、全ての力を振り絞ってオレを感じようとしてくれていた。

「あるじ……! あるじぃ、俺ぇ、一緒に……一緒に……ぃぃぃぃ……!」

 燕青の中で何かが弾け、オレを無心に求め始める。「どうか、一緒に、いっしょに、イッショに……」 まるで壊れてしまったかのような喘ぎ声だ。それでも全身でオレを求めてくれることが途轍もなく嬉しくて、つい熱い精液を放ってしまう。
 どんな姿でも構わない。縋る燕青の姿に、数えきれないほどの幸福感を抱いていた。



 /6

 何者かが近くまで駆けつけている。
 人足の速さではない。誘拐されたマスター・藤丸立香、それを追いかけていたサーヴァント・燕青の両名を捕捉した……彼らの仲間達がこのホテルを割り当てたに違いない。
 けれど、捜索に時間を掛け過ぎだ。
 もし監禁場所が悪の結社の本拠地や、煌びやかな中央地なら逆に手間が掛からなかったかもしれない。しかし……一日近く見つけられないなんて、バッドエンド確定だ。

「ああ、面白いもんを見た」

 生臭い部屋の床には、もう何本目か数えられないほどの空アンプルが転がっている。
 無我夢中にサーヴァントを愛して犯すマスター。犯されて歓喜するサーヴァント。お互いを理由無しに求める快楽に辿り着くまで、一体何本のクスリを使用したことか。

「結構な出費だったが、こんなもんで壊せたなら上々か」

 本来の真面目で誠実な藤丸立香を倒すことは難しい。なんてったって、世界を救うぐらいの存在だ。真っ向からやり合って勝てる相手ではない。
 やるならばサーヴァントからなんとか引き離し、彼らを操る優秀な脳味噌をぶっ飛ばさなければ。
 とはいえ、まさかこんなに上手くいくとは予想外だった。毒は効かなくても薬が効いてくれたということが一番の勝因と言えよう。
 いや、敢えての勝因は……つけ入る隙を得られたことか。
 藤丸立香が夢中になっているものが、『俺と同じ存在』だった。これに尽きる。
 『忠言や口出し、強いては干渉まで生前のトラウマで臆病になっていた』サーヴァントがいてくれたおかげで、誘惑に成功した。同じ顔の彼にこっそり感謝しておこう。

 さて、この部屋がある階層を目指す足音が聞こえる。
 これから凄まじい救出劇が始まると思われるが、それももう意味の無いこと。だってもう救えるものは何も無い。
 救出団が階段を駆け上がるのと同じく、二人も絶頂へ駆け上がっていた。

「ああ、燕青、燕青、あああ、燕青、ぁぁぁぁ」
「い……イク……イクう、ぁぁぁ、もっとぉ、ちょうだい、あるじぃっ……!」

 呼びたかった名前をうるさいぐらい叫ぶ主と、主にしがみ付いて離さないでいる従者。
 二人には駆けつける連中の声は聞こえていない。お互いしか意識にない二人は合体したまま離れない。頭の中はもう、救いようのなく異物でぐちょぐちょになっていた。
 色欲狂いになった頭でマトモな生活は送れない。冷静な戦術指揮なんて無理、ちんぽのことばかり考える脳で指示を送れる訳が無いし……。
 つまり、藤丸立香のマスター業は引退確定だ。

「あれ、もしかして俺……凄い事しちゃった?」

 大将達の趣味じゃないストーリーだとは思うが、まあどんな終わりでもいいだろう。

「ぁぁっ……すごいのくるっ、んんん、あるじぃ、どうか貴方と、イ、イくぅうう」
「燕青、燕青、燕青、いいね、燕青、オレと一緒にイこう、んんんっ!」
「はいはい、イカしてるね。早くイけよ。さーて俺はもう一仕事」

 求めるべきは一夜の快楽。刹那の愉悦。だってどうせ最後は何も残らない世界だ、なら好き勝手に狂って自由を謳歌した方が幸せものじゃないか。




 END

新宿のアサシンと、新宿のアサシンと、ぐだ男がホテルで3Pをしてほしい。きっとかわいい。

2018年4月12日