■ 「 機械は止まりそうにない 」



 /1

 両肘と両膝の先を完全に機械が固定している。大の字で捕らえられた手足は、どんなに力を込めても動かすことができなかった。

(あああぁ、んあああっ! いぃっ、ぐっ、イくぅ、イクぅうううう……!)

 一端の武闘家を、英霊を捕らえるほどの戒めだ。単なる拘束具とは訳が違う。全力を出せばこれしきの戒めなど解けると思っていたことが馬鹿みたいだ。
 無限に続けられる絶頂。力を無くし体を捩るしかできず、誰にも聞かれぬ呻き声を上げる。
 身を覆うものは何も無い。腰を捻ろうにも固い機械に四肢を繋がれている。拘束を解かれるまで晒した肌を隠すことも不可能だ。冷静になればなるほど自分の体に起きている事態を意識し、羞恥に顔を染めてしまう。
 その間にも、無慈悲な機械は俺を苛め抜こうと迫っていた。

(ぁ、んぁああっ……!? あぁ、まっ、またぁっ、ケツ穴、深くぅ入ってぇ、じゅぽじゅぽってぇ、奥をぉ、んぐぅぅううんっ……!)

 一度は止まったイボ付きのディルドが、開きっ放しのアナルに侵入してくる。
 足を大きく開かされた状態で立っているのだから、責める側からしたら歓迎しているようにも思えるだろう。
 しかも先程まで長時間行き来していた孔は、すっかりディルドの形に馴れてしまっている。
 閉じる隙も与えずにいるのだから、再び凄まじい陵辱が開始されても不都合など無い。
 散々な悲鳴を上げている間にも、新たに潤滑液を塗したディルドが奥へと突き刺さり、振動を始めた。

(あああっ、んああっ、やあ、そこぉっ……)

 酷い暴力だ。一方的な暴虐だった。
 既に後ろからの刺激で何度も絶頂を迎えさせられている。人間相手なら達せば暫く休めるものだが、心無き機械は数分も休憩を与えてはくれなかった。
 涙も乾かぬうちに再び喘ぎ狂わなければならず、ゴムで出来たバー型の猿轡を?む。
 参ったな、許してくれよ――そんな声、聞き入れてくれる訳も無く。

(あああ、ああ、また……! この、くそ、また中を、ぁ、ぁあああっ……!)

 そうしているうちにまた、機械がズンと奥へと沈んだ。イかせ続けられる時間が再開される。
 一段と激しい蹂躙を覚悟し、目を瞑った。
 深呼吸が間に合わない。何故って、中を行き来するイボ付きの電動性具はさっきとは違う不規則な動きをしていた。おかげで何度か呼吸が儘ならなかった。
 ゆっくりと突かれたと思ったら素早く身を引き、予期せぬタイミングでまた沈めてくる。
 ただのピストンではない、嘘みたいに生きた責め立てだった。

(いいっ!? いいぃ、いいよおお……! そこぐちゅぐちゅしちゃあああまたぁイくううううっ……!)

 猿轡を噛まされた頭を振りたくる。長い髪がちっとも揺れない。首輪のような拘束もされていたため、どんな抵抗をしても敵わない。
 ならばと身を捩った。だが両手両足を機械に埋め込まれた形だ。開かれた穴を閉じることも出来ず、イき狂うことを強制されていく。
 『気持ち良すぎて自我など無くしてしまうかもしれないね』――と、ここに来る前に、万能のキャスターが言っていた。そんな言葉を思い出したが、まさにそれ。

 ――ずぷずぷ、ずぷずぷ、じゅぷじゅ、ぷ、じゅぷ。

「んんんっ、んんんんん、ぐぅううううううぅっっ……!!?」

 予測できない動きで中を虐げる機械は、ただ俺を狂える肉塊に変えようとしていた。
 悪党を誅する悪党など――主の為に拳を振るう拳闘家など――世界を救うべく呼び出されたヒーローなどに忘れてしまえと言わんばかりに、果てしない暴力が向けられる。
 浪子燕青という俺を捨てろと叫びながらイかせてくる動き。ただ絶頂するだけの『観賞用』となれと強いていた。

(イっちゃう、イっちゃ、ますたあイクゥウウウぅっ……い、イイイイッ……!?)

 まるで生きているような、人に犯されているかのような暴行に錯覚して、思わず視線だけでも背後を振り返ろうとする。
 両手両足を開かされている中、不器用にも背後を向いてみてもある物は間違いなく血の通わぬ機械だった。
 俺の居た世界には無い無機質な配線が、ただただ俺に快楽を与えるべく蠢いているだけ。
 そこに愛しい人など居ない。

(イっ、イクいく、イィッ、イッて……!? ぁ……あぁ……はあ、はあ……マスター……)

 ――そこに、愛しい人など、居ない。
 そしてお前に落胆している暇など無いと言うかのように、容赦なく腸壁に刺激する機械。
 また限界までイかせられる。さっき休んだばかりだから、暫く機械は止まりそうになかった。

(マスター…………ますたぁ、俺、イっちゃ……また……おれ……)

 後ろを向いても彼が居ない。
 居たとしても、こんな姿をマスターになんて見せたくなかった……。いや、どうだろう。俺の本心は見てほしいのかも……いやいや……。

 そう自分の中で葛藤しながら、改めて前を向いた。
 透明なガラスで覆われた物体は、今もまだ稼働を続ける。一向に機械は止まりそうになかった。



 /2

「英霊の座から召喚されたサーヴァントはね、大本のデータからコピーした複製データみたいなもので。君は『天巧星 浪子燕青』をコピーして、名前を付けて保存したもの。正確に呼ぶなら君は『燕青-コピー(6)』。ダ・ヴィンチちゃんにそう説明されたのがオレには一番しっくりした表現なんだけど……」

 マスターにはすまない話だが、俺はコンピュータってヤツが無い時代の存在だ。
 現界する際に現世知識をインストールされてはいるが、説明されても実感はわかなかった。

「そ、そうだよね。……てっとり早く説明するなら、君はカルデアにやって来た『6番目の燕青』だってことだ」

 はあ、たまげた。俺みたいな無頼漢が5人も既に居ると言うのか。
 いやいや、こんなのがあと5人。マスターも苦労していることだろう。
 だって色男があと5人も! これほど仰々しい刺青をした無頼漢が何人も居てみろ。さすがに暴れ午に匹敵するほどなんじゃ?

「ううん、実際にこのカルデアにいる燕青は1人だけだったよ。『1人にしてもらった』からね。守護英霊召喚システム・フェイトで召喚されるサーヴァントは、本来の召喚儀式で呼び出されるサーヴァントより……弱体化された状態で現れるんだ。通常の聖杯戦争で召喚される英霊がレベル90ぐらいの強さなら、システム・フェイトで召喚されたばかりの英霊はレベル1ぐらいで……」

 それはそれは……。なるほど、何だか自分の体の調子がおかしいのもそれか。俺はもうちょっとやれる男だろうと思っていたのは、気のせいじゃなかったらしい。
 役に立てる力は、改めて努力し補っていかなければ……主人の為に働くことすら難しいようだ。

「マスターである俺が魔力を与えていけば本来のレベルに戻ることができるよ。異常はレベルだけじゃない。宝具だって伝説通りの力が全て発揮できないんだ。どうすれば本来の宝具が開放できるかって、同じ英霊を5つ統合させることができれば真の姿に戻れるから……」

 じゃあ、あれかい。
 もう俺――燕青は、既に統合を果たし、『真の姿』で現界していると?

「…………うん……」


 ――自分を召喚した主人である少年は、礼儀正しく俺を直視して頷く。

 椅子に座っていても椅子に座らさせられているようで、威厳は無かった。
 小柄な俺と同じぐらいの背。まだ酒の味も知らなそうな顔。
 前に仕えていた主人が大男だったこともあり、彼と比べるとひどく頼りなく思える。
 だけど、情けなくは見えなかった。
 誠実に話す声は心地良いからか。向かい合っての会話は親近感を抱かせるのもある。
 あたたかい声とも思えるのは、おそらく……前に召喚された『別の俺』が彼に好意を抱いているせいもあるだろう。

「燕青……ごめん」

 どんなに器が複製されても、魂までは分割されない。
 たとえ俺がマスターに出会って1日目でも、既に長い時間マスターに仕えている俺が好意を抱いている限り、嫌な顔は出来なくなるらしい。

「とにかく。マスターの長話をまとめると、つまり! 『6人目の俺』は『不要な存在』ってことだ!」
「……燕青」

 魂に刻まれた絆は消えない。理屈は判らないが、感覚でそうだと納得する。
 その間にも、会話は無慈悲に続いていった。
 無慈悲に続けたのは、俺だった。
 誠実に『6人目の俺』に対応し続けているマスターは、俺が乱暴な論調になった途端、表情を歪ませる。これから先はあまりしたくない話だと言うかのように。

 それ以上の説明はいらなかった。
 英霊を維持するにも代償がいる。たとえ人型で自立歩行するものだとしても維持に必要な容量があり、過剰なものは削除していかなければマスターに負担が掛かる。
 『真の俺』が現界している以上、『あぶれた俺』は邪魔な存在だ。
 邪魔なものは、捨てなければならない。そんなの子供でも判ること。
 存在しているだけでも主人の負担になるとなったら。
 ……そうだ、確か英霊が昇華される際に発生する霊力を凝縮すれば、特殊な魔道具が精製できるのでは?
 魔術師ではないので詳しいことは言えないが、道具として役に立てるなら早くそうした方が良いのでは……。


 ――白を基調にした部屋には、俺と部屋の主、二人しかいない。
 ろくな家具も無い部屋は最低限のベッドと椅子、無造作に置かれた観葉植物があるだけ。
 だけど、色濃く生活臭がした。長い間、この少年がこの部屋で生きてきたことを実感させる香りを感じていると、彼が固い表情で立ち上がった。

「燕青。君を座を還すことはできる。君の体を魔力の結晶にして、オレの力として生かすことだって可能だ。……でも、でも。オレは燕青を、そんな道具のように扱いたくはない」

 ――絵に描いたような甘い言葉に、思わず鼻で笑いそうになってしまう。

「ど、どうしてだって? そんな……だって……君は、オレの大事な仲間の一部なんだよ」

 サーヴァントなんて魔術師の兵器のようなもの。
 そもそも従者なんて主人の道具のようなもの。そんなのこの場に呼び出された存在なのだから百も承知。
 時には甘っちょろい考えの持ち主がいてもおかしくないが、少なくとも俺の知っている主人という生き物はもっと真摯で頑愚なお人だった。だから甘えた口ぶりに冷笑してしまう。
 笑われたというのに目の前の彼は表情を変えなかった。変わらず、俺一人を気遣う優しいお顔を晒すだけだ。

「オレは燕青のことが好きなんだ。ずっと一緒に居た仲間だからね。その仲間を…………いらないからって、捨てられるもんか!」


 さて、立ち上がったマスターが何をするかと言うと。
 俺が座る場所までやって来て、膝を折り、手を握ってきた。
 どこかの国の騎士様がしたら様になっていただろう。そうでもない少年がしたら、無様にしか思えない格好だ。
 なのに、わざわざ……男で不要者の俺に晒した。

 一介の下っ端風情に、膝を折っている。
 無価値な俺へ下た手に出て、それでも手を取っている。
 思わず全身が騒めいた。そんなことをしなくていいと声を張った。馬鹿なことをしないでほしいと荒げてしまうほどだった。

 だって、だって……俺にそんな厚意を向けるなんて、おかしいだろう?
 何度も言うが、俺は彼にとって不要な存在なんだから!

「そんなこと言わないでほしい! 燕青は……オレの大事な人なんだよッ!」


 ……その通り。彼と同じく、俺も今日初めて会った人だというのに……彼のことを大切な人だと思っていた。
 俺じゃない俺が、彼と出会って絆を結んだ。
 魂に刻まれたその想いが、初対面の俺にまで繋がっている。
 別人の記憶でも、無関係の想いじゃない。
 俺自身のものである彼への好情に違いない。

 マスターが愛している俺は、俺と別人なのに。
 でも、確かにこの熱く躍動する心は確かなもので。
 ――――己の想いを一層自覚してしまった瞬間。途端に、消えたくなくなった。

 マスター……俺は、あんたの為に何が出来る……?
 もう完成された俺は居るんだろう? だというのに、何をしてやれるって言うんだ……!?

 初対面でも愛しいものは愛しい。自分以外の自分が彼を愛おしく想い、全身を捧げていると同じく。俺自身も彼へ尽くしたいという心で満たされていく。
 以前の俺だったら奇妙な感覚だと気味悪がっていただろう。でも、もしそうだったとしても……わざわざ礼儀を尽くしてくれる相手を見たら、ここから好意を抱いてもおかしくないんじゃないか?
 ああ、おかしな話じゃない。
 今すぐ好意を抱いたって、変な話じゃないんだ……。

 取られた手を、思わず両掌で包み返す。
 何をしてでも、何の役に立とうとも彼の傍に居たくなった。
 不要だ、無価値だと判っていたって――それでも、この人のお傍に置いてほしくなってしまった。
 もう二度と誰かに下につくもんか、そう考えたこともあったのに。嘘みたいに狼狽していた。



 /3

 ――じゅぷ、じゅぷ、じゅぷっ。

(……っ! 嗚呼、また……また……!)

 微睡んでいた矢先、激しい挿入に意識を取り戻す。
 既に慣れた感覚だった。この体はとっくの昔にアナルで悦びに浸ることを覚えてしまって、苦痛より先にゾクゾクとした心地良い痺れを味わう。

(ぁ、ああああ……これ以上っ、刺激はっ、んああっ……!)

 眠った次の瞬間に機械で犯されても、不快感など生じない。
 猿轡を噛めば媚薬が体内へと流れる仕組みだ。そのおかげで呼吸を整えて噛めば噛むほど、引っ切り無しにクスリが喉の奥へ流される。
 心を溶かす液体に嫌悪感を抱いた時期もあったが、それももう昔。今は肛門の刺激を手助けしてくれる媚薬に感謝しつつ、肛虐を味わっていた。

 ――じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ。

(いくっ、いっ……イって意識が……飛んだばかりだっていうのに……またっ、んんんんっ……!?)

 四肢の拘束は解かれることはない。開かれた肛門に、さっきとは形の違うディルドがズプズプと往復する。
 今度はごく普通の男性器を模ったオーソドックスなディルドだ。物足りないかと思ったが、勢い良く出し入れされて休んでもいられない。
 これでは数分も経たないうちにまた理性を吹き飛ばされる。そう考えている間にも、妖しい感覚に腰が震えてきた。

 ――じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ。

(ぁっ、あああっ!? んああああ……いいよぉ、そこぉっ! 今日も、イってばっかりだ……また、またイッ……んん、ぁあああ……イぐ、イグぅ……!)

 身を捩って猿轡を噛むと、またじわりと脳を犯す液体が口内を襲った。
 飲み込むたびにドクンドクンと胸が高鳴り始める。同時に、ディルドの動きが早くなる。
 挿入に耐えようとする腰を砕くかのように、奥へ割り割き、快楽を叩きつけようとしてくる。
 このままだと数秒で達する。あまりの絶頂への駆け足さに、何故か恐怖した。

 ――イってばかりで、本当にそれだけのために生まれてきたみたいだ。

 いや、その通りだ。その通りに違いない。
 俺は、嬲られるためだけにいる。そうなのだけれど。『だって戦う俺は別に居る』。それならばと俺が力になれる場所を、俺自身が選んだんじゃないか。何がおかしい、何もおかしくない……。
 葛藤する最中、断続的な快楽が迸る。執拗に、残酷な波が押し寄せる。
 居眠りのせいなのか蘇った理性が、今の状況が異常だと訴えていた。
 訴えたって俺自身を辱めるだけで、いっそのこと全部意識を吹き飛ばした方がラクになるのだが。
 そんな自分一人のやり取りは、意味を為さない。
 突き上げの激しさに涙しながら、絶頂を堪能した。

(んあああぁ、いっ、んあああぁっ……あああああっ……イクぅ……アクメいくうううぅ……!)

 繰り返す歓喜。小刻みに痙攣する肉体。全身濡れて無様にも程がある。
 倒れ込むことすらできず、大の字に拘束された体はまた新たな刺激に襲われる。前からは放出する元気すら無かった。それでもまだ機械は止まりそうになかった。



 /4

 ――あのようなモノの存在を知ったのは、彼と出会って数日目のことだったか。

 体を機械に拘束し興奮を与える。そこから創製されるサブスタンスが機関の動力源となるエネルギーとして利用可能となった。限りある物質ではない。人という人がいれば生み出せる神気なるものが活力源とするシステムは長年研究されていたが、ようやっと2016年に実装されるようになった。
 だが、『人間を材料に機械を動かす』という判りやすさに、理解の無い人々は反発した。
 非人道的な装置など他にも数えきれないほどある。なのに、たまたま矢玉に挙がってしまった『それ』は表に出せなくなってしまったという。
 人間が発する脳内物質をエネルギーとして動かすことが駄目だと言うなら。
 ……人間でなければ、いいだけなのでは?

 ああ、良い。実に判りやすい。
 サーヴァントは魔力で模った人間の真似事だ。肉もある、傷つけば血も出る、痛いと思う感覚もあるしそれで嫌がる心もある。
 最終的には光になって消えるものだ。確実な物体としてこの世にいない。なんて都合の良い存在なんだろう。

 『この機械』は、興奮によって生まれた物質をエネルギー還元できる代物だ。
 ホムンクルスのように不器用で単一化された人形では物足りない。情緒が足りぬ動物でも駄目だという。
 それならば材料とするのは『人間そのもの』であり、『しかし人間ではないもの』……更にいうなら耐久性があって、人並みに苦しんでみせて、それでもすぐに回復できて、なおかつ涙して嫌がってみせる情緒を持った……そんな都合が良すぎる物が核となるに相応しい。

 ――そのようなモノの存在を知ったのは、彼と出会って数日目のことだったか。


 白を基調にした部屋に、何日も置いてもらえた。
 ろくな家具も無い部屋は最低限のベッドと椅子、無造作に置かれた観葉植物と、無価値な俺が居るだけだった。

 マスターは日々奮闘していた。
 あちこちを飛び回り、大勢の話を聞き、釈迦力になって戦っている。
 たまに休日だと言って部屋で休むこともあったが、そんな中でも小難しい本を読んで鍛錬に励んでいた。
 けれど、決して俺をおざなりにすることはない。
 忙しそうにしていても、時間が空けば俺と話をした。
 何の話かって、下らない雑談だ。本当に他愛もない話。
 そんな優しい日常的な会話を、俺なんかとしてしまうぐらい、彼は出来たマスターだった。


「…………燕青。その、聞いたよ。詳しいことは知らされてないけど、何かのプロジェクトに立候補したんだって?」

 そしてあのようなモノの存在を知ったのは、彼と出会って数日目のことだったか。

 何の拍子かは思い出せない。
 けど、俺でも役に立てそうなモノがあって、しかも空席と告げられたら。希望するのは当然とも言えた。

 俺が機械の一部になることをどこからか聞いたらしいマスターは、複雑な顔をして尋ねてくる。
 適当に言葉を返した。何を言ってマスターの気遣いを追い払ったかも、今となっては思い出せない。
 既に俺の拳は『別の俺』がマスターの為に見せているし……俺は俺が出来る別の仕事をしないと……退屈は人を殺すって言葉もあるしな……確かこんな台詞を吐いた気がした。

「あのさ、燕青、何もしなくったってオレは別に良くて……気にしなくてもいいのに……。や、やっぱり逆に気を遣わせちゃったかな? 従者であることとか、そんなのオレには……」

 自分の言った言葉だというのに、巧く思い出せない。
 思い出せるのは、マスターの気難しい表情。そして俺を気遣うように次々と出てくる生暖かい言葉。
 そればかりは忘れられず、一言一句思い返すことができる。
 特に色濃く覚えているのは、

「燕青。……ありがとう。燕青なりに力になろうとしてくれているなんて。そしてごめん。正直『何かをしたい』って言ってくれることが嬉しいんだ。いつも燕青に頼ってしまうオレを許してほしい」

 決意して部屋から出ていく俺の腕をわざわざ引いて、そんな感謝と謝罪を述べたこと。

「どんな君も愛しているよ。……どうかこれからもオレの為にずっと居て」

 そして、絵に描いたような優等生な愛の台詞を綴ったこと。

 ……天にも昇る気持ちというものを味わってしまった。
 いっそ聞かなかった方が幸せだったと思えるぐらい、最上級の賛美を手に入れてしまった。
 ああ、後悔している。腕を振り払ってすぐにでもマスターから離れるべきだったと思うぐらいだ。
 だって……一度もそんなこと、誰かに言われたこともなかったから。
 博愛主義者らしいマスターなら誰彼構わず言っていた台詞かもしれない。けど、俺にとっては……そんなこと言われたら。
 どんなものでも、耐えてしまう。

 その言葉があれば、零基なんてものが歪むぐらい、強くなってしまうかもしれない。
 それほど恐ろしく俺の心を奮い立たせるものだった。

 ああ、忘れられない。忠実に思い出すことができる。
 どんなことがあろうとも、どれほど俺自身の言葉は忘れ去られようとも。マスターの声だけは、俺の魂に刻まれている。



 /5

 ――ずぷずぷずぷっ!

「ぎっ!? ぐん、んんんんんんっ……!?」

 また意識を失っていた。そして挿入劇に叩き起こされた。
 何度も何度も強制的に絶頂を強いられたら、この生活が板についてきてしまった。簡単に眠れるようになったし、突然の挿入で目覚めさせられることも慣れ始めていた。

(夢……? 夢……マスターの……。ぁああっ! またっ!? こんなの……耐えられるとか……嘘だな……ぁ、んああっ……!?)

 全裸で四肢拘束されて、無限に続く快感の波。
 たまに肉体消耗を修復するために休憩が挟まるが、延々とイかされるだけの生活。電源を切られるまで稼働する連続絶頂。
 これが、機械になること。エネルギーになること。物体になること。役に立つこと。それが、部品の役目。そうであるともう少し慣れることができれば、妙な涙を流すことも無くなるのではないか。
 思っていると、あまり聞いたことのない音がした。

(……あれは……。このやろう……だいぶ肉体が慣れてきたから、嗜好替え……かよ……あんなの、我慢なんて……)

 開かれた股間にブラシのような機械が二つ近寄ってくる。それが性器を挟むように付いた。凄まじい速度で回転が開始される。
 容赦の無い研磨に猿轡を強く噛む。噛んだところから脳を快感漬けにしていく液体が肉体に蔓延し、更なる凄まじい快感を生もうとしても構わない。

「んんんんんんっ、んんんんんんんんんっ……! んぐううううううぅぅううっ!?」

 イってばかりで敏感な性器の先端に、細かい毛がサワサワと這う。
 容赦なく直に刺激する無数のブラシが、的確な位置で止まった。
 体を逸らして回避しようとしても、自慢に肉体ですら拘束はビクともしない。おかげでどんなに体を揺さぶっても暴力的な悶絶が待っていた。
 綺麗に清浄するかのような、暴力とも言えない行為が……確実に俺を壊していく。

(ああ……んああああっ……あああああ! やめてくれあああそれだめええちんぽじょりじょりするのは……ああっ、あああああっ、イイイイイイっ! ああああぁぁ、きもちいいいいいぐううきもちいいいあああっ!?)

 だらだらと唇の隙間から涎が溢れた。
 それぐらいぶつけられるような快感だった。イってもイっても止まらない、もう嫌だと思うぐらいイかされてもイかされていた。

(ぁああああケツ穴またごりごりされてまたぁんああああっ……! やめてくれ、もう、今日は限界だってぇ……もうやめてくれ何度気を失ってると思ってるんだ、ぁ……あああっ……)

 発狂するんじゃないかというぐらい手加減無しの仕打ちのところに、また尻穴に何かの感触が触れた。
 ぐちゅりと音が鳴って、俺の中へ侵入する棒。
 不規則なピストンがまた始まる。ヌルヌルと潤滑液を纏った性具は、今度は上下運動をするだけでなく、ぐるぐると回転するタイプらしく、腸内をぐちゃぐちゃに掻き乱してきた。

(ぅぅうんんんんっ! ああああっ!? 奥まで当たってぇっ! ジンジンしてぇっ、んあああ、もうだめなんだ……すごく、くる、イっちまう、イっちゃ、ぁぁぁああああぁっ……!)

 容赦のない高速回転に、全身がドロドロに溶けてしまいそうだった。
 開いていた筈の視界が真っ暗になり、時にパチパチと光が舞い、そう思うと元通りの無機質な部屋の模様に戻り、ずぷずぷと強く犯され赤く染まる。
 我慢ならぬと全力を出して拘束を破壊しようとするが、元々どんな強敵ですら動力部へと変貌させるものとして造られていたそれは、軋んで鳴るばかりで緩むことすらない。
 絶頂と絶頂と絶頂だけをぶつける装置が、俺を苛む。

(イクっ! イくうっ! イって……イッてる! イってるぅ! イってる……のにぃ、んああああっ!? とま、らな、んぁあああああ、またイくイくぅうううっ!)

 強烈すぎる刺激に頭を振りたくり、全身から体液を垂れ流す。
 呼吸を求めるが口は黒いゴムのバーで塞がれているため、なかなか巧く酸素を掴めない。強く噛んで、更なる快楽を誘発する薬を飲み込み、連鎖的に絶頂地獄に陥る。

(イクウウウゥッ! もう無理だからぁっ、許してっ、イキ、イキっぱなしで、もうおかしくなっ……んああああ、また前がジョリジョリって、後ろがズプズプって、また激しく、イっちゃ、イキっぱなしに、なる、んぁああああぁあああぁ……!?)

 仰け反っている裸体を更に仰け反らせる。動かせない腰を動かして無数の責めから逃げようとする。それでも逃げられずに、慈悲無き猛攻は地獄を続けていく。
 尻穴に挿入された物は再度激しい絶頂を押し込んだ。
 淫猥な灼熱が肉体を壊していく。
 腸内を掻き回し、表面を擦られ、イキ続けるだけの肉体へと化していった。
 もう無理だから、許してほしい。
 再び浮かんだその言葉を今度こそ声に出そうと大きく口を開いたとき、自分を呑み込んだ機械を包むガラス越しに、マスターの姿を見た。

 大の字で立たされている俺を鑑賞している少年。
 名を、藤丸立香という。

(…………あ…………)

 何てことはない。
 彼はただ……自分達が暮らす施設にある、とある装置を、見に来ただけだ。

 ただそれだけだ。
 空調機を、自販機を、単なる塊を見るかのように。
 現に彼は俺と目が遭っても何も言わず、手も振らず、ただただこちらを見つめているだけ。
 ごく普通の少年の顔は、歪むことなく。ただ俺を見つめる。
 それが当然の物であるかと言うかのように。
 目で俺を犯しているだけだった。

(ああ……あああ……マスター……マスター……マスター……!)

 マスターは、こんな俺を見て何を思うか。

 みすぼらしい? 軽蔑? 落胆? 自分で散々茶化していたこの外見が、ぐちゃぐちゃの体液塗れになっていることを……ざまあみろと思う?
 ううん。たとえ他の連中がそう思っても、あの少年に限っては言うもんか。

 同時に思い出されるのは、わざわざ俺の腕を引いてまで綴ってくれた感謝と謝罪。
 実はずっと欲しかったあの言葉。
 言われたら幸せだろうな、俺には手が届かなかった言葉だけど……と夢にまで見たあの言葉。

 ――――どんな君も愛しているよ。

 実際に言ってもらえて、深く刻み込まれたあの言葉。
 蘇って、また俺の体を強化する。

(ああ……ああ、最高のタイミングで現れやがって……。マスター、こんな絶望的な状況に、あんたの顔なんて見てしまったら……)

 挫けかけた心が復元されて、どんなものでも耐えてしまう。

(マスター、マスター……マスター……見て、見てくれよ、俺、こんなになって、あああ、んああ、マスターの為なら、オナホになって、あんたの為なら、ケツ穴じゅぽじゅぽしたって全然嫌じゃないんだ、ちんぽ擦られるのだってイイんだ、きもちいんだ、もっともっとイっちまうんだ、イキっぱなしだっていいんだ、ああきもちいんだ、ああああ、すごく、きもちいい、見て、みて、ああ、イイイ、い、イって、イってイってイっちゃあああああ、あああああああああああああああっっ……)

 快感に身を委ねるだけじゃない。壊れてしまってはいけない。ずっとイき続けることに意味がある。
 そう、延々とイき続けて役に立っていくんだ。ずっと快楽に身を捧げ、興奮し続ける。そのことに意義のある機械なんだから。
 意識が遠ざかるのを感じても、堪えるんだ。よりイキ続けようと己の力で耐え忍ぶんだ。
 どれほど連続絶頂を迎えても追い込まれても、あの言葉があれば。

 マスターの役に立てる。その一心で、無限に続く絶頂にも喜んで耐えていける。



 /6

 ――燕青の姿は、無い。
 あんな派手な外見の男だ。美しい黒髪、肌に刻まれた美しい花々、美しい立ち振る舞い……オレの目を奪うあの体躯。どんな所でも居たとしたら一発で発見できる筈なのに……。
 探せど探せど彼の姿は何処にも無い。

「マースター、ここデートコースにしちゃあ殺風景だぞぉ?」
「ああ、ごめん、燕青」

 ゴウンゴウンと動き続ける機械――コフィンのようにも見える物体が、並んでいる。
 確かに部屋のナンバーは教えてもらった永久エネルギー装置がある場所の筈だが、隣やそのまた隣にある機関室と何ら変わりの無く思える一室だった。
 ただ他の機械だらけの部屋に比べれば、少しだけ魔力の濃度が濃い気がする。
 と言っても魔術師に毛が生えたぐらいの知識しかないオレは、多少の霊力しか感知することしかできないのだけど。

「誰も……居ないね……」

 こんな所で一人で仕事をしているとなったら、さすがの彼だって心細いんじゃ……。そう思って顔を出すつもりだったが、肝心の彼が見当たらない。
 まさか一人で寂しくて泣いているとは思えない。会ったら会ったでいつもの調子でからかわれるのだろう。数日間そんな会話を楽しんできた仲だから、会いたいという気持ちが強かった。
 どんな仕事をしているか知らないが、どんな姿であろうとも彼である以上…………などとウンウン唸っていると、陽気な燕青が肩に腕を回してきた。

「わっ!? な、なんだよ燕青っ?」

 あまりに唐突だったのでバランスを崩して転びかける。俺が甘えた声を発した瞬間、燕青に強く唇を奪われた。
 強引なキスは久しぶりだった。
 そんなに我慢が出来なかったのだろうか。暫く熱く口付けを交わし合う。
 呼吸困難になるぐらい求められて目を開くと、そこには真剣な眼差しでオレを欲しがる燕青がいた。

「…………え、燕青? 怒ってる?」
「……マスター。ここデートコースにしちゃあ殺風景だぞ? 再臨素材を全部集めるまで帰れなかった俺と、久々にするデートが、こーんな機関室とか……どう?」
「ど、どうって……。ご、ごめん! ごめんってば燕青! 食堂に行こう! ねっ!?」
「はぁー? 食堂ねぇ? みんなが居る前でデートしろってぇ? 別にー、完全な従者であり完璧なカレシである俺はぁー、久しぶりですから何処でデートしても嬉しいですけどぉー? ……マスターはそれでいいのぉー?」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃん……。じ、じゃあ! どこか外に出ようか!? 燕青が行きたい所に行こうよ! オレは…………もう行きたかった場所に来られたからどこでもいいや」

 なんだいそりゃ。そう笑う燕青が、一足先に部屋を出ていく。

 オレも後を追った。
 そうして自動ドアが開いたとき。ゴウンと一段と激しく、機械が唸り声を上げる。
 思わず振り返った。
 何てことはない。ただの白い、大きな……俺の体より大きな大きな機械がそこにあるだけだ。

「…………?」

 どんな仕組みで動いているのか、中身が何なのか、そして何の意味を為しているのか俺には判らないが、とにかくこのカルデアにある以上何かを意味している物には違いない。

 ――もう一人の燕青が、オレの為に働いている。応援できたらと、思ったんだけど……。
 在るのは、橙色の光が微かに輝く機械。止まりそうになく、ずっとオレ達の活動の為にか、動き続けている。

 妙な熱気のある一室を見つめていると、だらりと汗が垂れた。
 やはり精密機器が稼働している空間。とても暑苦しい。居るだけで息が荒くなってしまいそうだった。
 そう思っていると、またまた恋人がオレの首に腕を絡ませてくる。
 いいかげん俺に構ってくれと口を尖らせていた。彼らしくない非常に甘えた顔だ。
 そんなに綺麗な顔をくっ付かれると困る。オレだって辛抱ならない。……オレは悪いマスターなので『誰も見ていないここで致してもいい』と考えちゃうぐらいなんだから。

 いやいや、さすがにそれはダメだ! スライド式の扉がシュインと静かに閉まると同時に、今度はオレから燕青にキスをする。
 この場はそれで我慢しよう。大好きな人の唐突な甘えに、今は『愛する彼のこと』を忘れ、『愛する彼に専念する』ことにした。




 END

機械姦×連続絶頂×新宿のアサシン。自らドスケベアサシンになる新殺かわいい。サーヴァントって複数人所持していても絆レベルは共有して同じだそうですね。レベル80とレベル1でも絆は2人してMAX。とってもふしぎ。

2017.7.22