■ 「 俺の言葉を聞いて 」



 /1

「まったくマスター、無理なんてするもんじゃないよ。辛くなったら言ってくれたって良かったのに」

 眠る主に唇を寄せる。
 マスターは――いや、本来なら明日まで彼を『マスター』とは呼んではいけないだろう、藤丸立香は――ベッドの中で穏やかな呼吸を繰り返し、規則正しく胸を上下させていた。何の変哲の無い睡眠の様子である。なんとか今日も主人は静穏な夜を堪能している。『今日も』とは言いたいが、残念ながらそれは藤丸立香にとって珍しいことでもあった。

「別にみんなも批難しないって。誰も嫌がらない。自分を追い詰めて何が楽しいんだ。……言わないのはマスターの悪い癖だぜ?」

 ボソボソと俺は呟きながら、周囲を伺う。
 部屋に侵入者は無し、怪しい気配も無し、トラップも見当たらない。何も変化は無い。
 寝室であれば当然の穏やかさが部屋を満たしていた。『当然の穏やかさ』、それでもマスターにはそんな当たり前さえ稀有なものだった。
 ……どれだけ恐ろしい日々を過ごしていれば、そんなことになってしまうんだよ?
 今すぐ起こして問い質したかった。絶対にしないけど。だって今日も手にすることができた穏やかな呼吸、何の変哲の無い睡眠。彼が欲していた『ただ静かに暮らしたい』という願いを、引き千切ることなどできやしなかった。

「これからもあんたは好きなことやれよ。みんな判ってくれるから。…………そういやマスターの好きなことって何だったかな? みんなに何が好きで何が嫌いかって訊いてまわるくせに……自分のことを話してはくれなかったな」

 些細な願いすら手に入れられずにいた哀れな主人に、もう一度唇を寄せる。
 目覚めない程度に小さな声で語り掛けていた。
 返事が欲しい訳じゃない。彼には穏やかに眠ってほしい。けどこの想いを吐き出せずにはいられない。

「……マスター。いつか、聞いてくれるかな」

 小心者の俺は、隠れてマスターに思いの丈をぶつける。
 自分勝手な奴だと叱られるのを覚悟して。それでも主の隣を陣取っていた。



 『藤丸立香の周囲には異常がよってたかる』。
 一週間に一度事件が起きて、一ヶ月に一度は世界の危機が訪れる。例えば、じゃじゃ馬娘のお祭り騒ぎに、贈物のぶつけ合い、ぐだぐだとした大戦争まで……。愉快で毎日笑いっぱなしが止まらない日々の男。彼が何かとトラブルに見舞われるのは誰もが知っていた。
 その結果、彼は限界を訴えた。
 十七歳まで一般人として過ごしていた自分には荷が重すぎると、泣き笑いながら。

「一週間だけでいいから休みたい。何もせずに眠りたいんだ。どうか静かに過ごさせてほしい」

 ――マスターの「みんな、聞いてほしいんだ。真面目な話がある」の一言で大勢が集められ、一体何を言い出すかと思えば。なんと彼は真剣に、人として当然の権利を主張してきたのだった。

 数人が「マスターは何を言っているんだ」と笑った。「寝たければ寝ればいいじゃない」とあっけらかんと言い放つ者もいた。しかし口にした連中は中央に立つマスターの顔色を見るなり、すぐに頭を下げる。
 物柔らかな笑顔の中に、思い詰めた色が見えたからだ。
 彼の体調を看ていたドクターが「確かにね、最近立香くんの体調が……実はあまり……」と発言する。ある者が「何故それを先に言わなかった!」と問い質すと、マスターが「オレが言わないようにお願いしたんだ」と制した。

 つまり何が起きたかというと。
 ――マスターは相当参っていて、もう何もしたくないと言い出した。
 その間も彼は皆に笑顔を向ける。申し訳無いと謝りながら。

「ごめん、みんな。その……一週間だけでいいからさ、静かに過ごさせてほしいんだ。それ以上の我儘は言わない。一週間経ったら元のオレに戻るよ。マスターとして戻ってくるって約束するから。お願いだよ。ごめん」

 とても笑顔がぎこちなかった。隠れて苦しんでいたことを想わせる不自然な笑みだ。
 精神的に追い詰められた彼に気が付いてやれなかった。誰もが後悔し、息を呑んでいた。

 とはいえ、一刻も解決しなければならない問題は多い。事態に立ち向かうための鍛錬だって必要だ。マスターにしか出来ないものがある、それを全て捨てることなんて不可能で……。
 ……そんな訳だから、真面目で責任感あるマスターは限界まで追い詰められたんだ。わざわざ全員を集めて「静かに過ごしたい」と懇願するなんて悲しい。
 ああ、なんて男なんだろう……ズル休みすらできないマスター……いつも笑顔で穏やかに、誰にも苦を感じさせずに振る舞ってきた逞しいマスター……! 皆が顔を覆う。そして賛同する。
「どうか休んでください、先輩」「暫く日課だった魔術鍛錬は無しね」「筋トレも一時中断としましょう」「良い食事を用意しよう」
 そうして大勢は、マスターをマスターとして扱わなくなった。全ては彼の為に。憔悴しきった少年を救うために? いや、もう一度彼をマスターにするために。
 何故って? ……彼が居なくなったら真の危機が訪れるから!
 それだけは何としても回避しなければならない!

 ……まあ、もちろん心から彼を心配する者もいるだろう。けど……本音を言えば、みんな『本当の危機感』に襲われていると思う。
 彼を守ることは世界を守ることと同義。なら彼の心を癒さなければならない。
 優しく事務的に、マスターを包み込んでいた者達が離れていく。

 ――――…ただただ部屋で静かに過ごす、そんな一週間が始まった。

「マスター……楽しかったかな、今日まで」

 そうしてあの告白の日から、もうすぐ六日が終わる。

 藤丸立香は最低限のことしかしなかった。堅苦しい白い制服に袖を通さず、管制室には近寄らず、キャスター達に頼んで行なっていた日課の魔術鍛錬すら手をつけない。
 今日は廊下でフォウやスフィンクスの子供達と一緒に散歩していたのを見かけた。あとは食堂で数人と談話していたぐらいか。少年らしい私服姿で、何もしない日々を送っていた。とても平和な六日目と言えた。
 何も無い日々だった。
 誰も彼を欲さない日々が続いた。
 信頼しあった面々による穏やかな……空白の日々だった。
 誰も文句は言わない。口答えもしない。我儘も言わない。徹底的に調教された一同。なんて平和な一週間。

 でも。
 必要だったとはいえ……マスターにマスターと言えない日々を『寂しい』と思っていたのは、俺だけなんだろうか?


「なあ。マスター。マスターは、自分のことをちっとも話さなかったよな? だからみんな気付かなかったんだ。それ、悪い癖だよ。直してくれよ。…………俺達だって気を付けるからさ」

 ――さて、俺こと燕青が、どうして眠る主の耳元に唇を寄せているかというと。

 ズバリ言ってしまえば、夜這いである。
 主に許されて部屋に入れられたのでもなく、誰に許可を得たでもなく。

「うんうん、マスターは良い人間だよ。理想的なマスターってやつだね。何事も真面目でコツコツやっていける努力家だってみんな褒めている。アレが欲しいだのコレが欲しいだの、連中の我儘を全部叶えようとしてるの、知ってる。でもさぁ……」

 六日前に『静かに暮らしたい』と願ったマスターは、自室に誰かを迎えることも拒絶した。
 それなのに俺は無断で夜の部屋に入り込んでいる。そして眠るマスターに話し掛け、起きるか起きないかを楽しんで遊んでいる。
 誰もしない遊びを、文句を本人にぶつけるというふざけた遊びを興じていた。今の俺は、とんでもない反逆者だ。

「ドクターから『体調が悪い』って診断されておきながら、よく『みんなに黙っていろ』なんて言えたよなぁ? そりゃ限界にもなるってぇ」

 『静かに過ごさせろ』という命令に背いて、無断に侵入してベラベラと喋りたてている。
 アサシンクラスに許された特権・気配遮断のおかげで、マスターの部屋に侵入することなど他愛なかった。マスターはいくら魔術師といえど数ヶ月前まで一般人として過ごしてきたただの人間、本気を出した俺の侵入など察知できるものか。
 あーあ、酷い従者を受け入れちまったもんだねぇ、運が無かったと思うんだな! そんな軽口を混ぜながら、今日で六日目の安眠妨害を企む。

 だって……だって、誰も文句を言おうとしないから。
 誰も『一人で抱え込んでいた主が悪い!』と言わなかったから!
 なら悪者の俺が一人忠言したっていいだろう!?
 たとえ俺の忠告を聞き入れてくれなかったとしても!

 主に拒絶されるのを覚悟して、彼の元に赴いた。
 怒鳴られるかもしれない、笑われるかもしれない、足蹴にされるかもしれない……。大なり小なり恐怖心と格闘したが、主を正すために言わずにはいられなかった。

「……マスター」

 ……と言いながらも、結局直接言わずに寝顔に語り掛ける形になってしまっている。
 理由? 理由は何かって。
 …………寝顔が、あまりに幼くて、可愛くって……切なかったからだ。
 そんな顔して眠られたんじゃ、言いたいものも引っ込んじまう。……そういう表情だった。

「それに……。ここ一週間、色んな奴と話して判ったことがある」

 主は、俺達が思っている以上に疲れていた。平穏を取り戻したいと本気で願っていた。
『静かに過ごしたい』なんて誰もが求める願いを……かつて『同じこと』を願った俺が、切り裂くなんてどうしてできる。

「マスターに休んでもらいたいって思ってる奴、結構いたぜ。あんたはサーヴァントの要求を叶えるために必死だった。その裏で、あんたに対するみんなの気遣いや忠告は無視してたみたいだなぁ? ……悪い主だ」

 眠る主の横に座って、六日目の愚痴を吐く。
 その間も周囲を伺っている。不審な影や主を陥れるトラップは、無い。自分の部屋であっても安心して眠れない彼のために英霊の役目を果たしておく。
 それぐらいは果たしておく、けど、いざとなったら背くことだってある。こうやって……口を寄せるぐらいのことは。

「俺達の言葉を聞かない、そんなの酷いぞ」

 ……彼がカルデアという異世界に迷い込んで数ヶ月。
 常に誰かが騒ぎ立て、誰かが助けを乞い、誰かの為に自分を犠牲にする日々を送り続けたマスター。
 笑顔で乗り越え疲れ果ててしまった彼を、何も言わず休ませてあげたいという心も理解できる。だけど律さなければならないことだってあるんだと、閉じていた口を奮い立たせた。

「……明日から、マスターとして頑張るというなら。明日から、俺達の……俺の声を、ちゃんと聞いてくれよ」

 眠る主に唇を寄せた。

 ベッドの中で穏やかな呼吸を繰り返し、規則正しく上下する胸。何の変哲の無い睡眠の様子。今日も主人は静穏な夜を堪能していた。
 悪夢に魘されていないなら、優しい夢でも見ているか。
 何の変哲の無い六日の夜を享受できているか。

「良い主になれよ。……従者の忠告に耳を傾ける良い主になってくれよ。潰れて使い物にならなくなったマスターを見たくないから……いいや、そんなんじゃない」

 正直に言えば不安だ。彼は真面目だから約束の明日から、また堅苦しい制服に袖を通して戦ってくれる。
 しかし期待がまた彼を追い詰め、壊していくのではないか。そんな悲しいこと、誰も望んじゃいない。
 マスターが静かに苦しみ始める日々が、また始まるのか。
 そうならないように……彼には理解してほしい。今のままではいけないということを。
 どうか伝わってくれと願いを込めて、自分の唇を彼の耳元に寄せる。

「……俺達……俺より、先に逝ったりしない主でいてほしい。そんな良い主になってくれよ……俺の言葉、聞いて……」

 どうか守らせてくれ、主に仕えるサーヴァントとして。


 ……今夜の主人も静穏な夜を堪能している。
 残念ながらそれは、藤丸立香という少年にとって最後の平和とも言えた。

 明日になれば凛々しく逞しい姿で時空を駆ける。
 この少年はそれが出来る人物だ。皆がマスターとしての彼が戻ってくると信じていた通り、彼は期待に応えるだろう。
 もちろん今まで俺が吐き出していた言葉は、目が覚めた主に改めて伝えるつもりだ。今は予行練習のようなもの。下らない夜の遊びの一つ。夜のうちに主が調教されていたならなんだかラッキー。その程度の軽い気持ちで、俺は主の耳元に唇を寄せ……重ねた。



 END



 ・

 ・

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 /2

「ガンド!!!!!」
「んぐうああぁっ!?」

 ああ、やっぱり最終日まで平和で終わるなんてことありえなかった。

 どうせ何かがやって来るに違いないって思っていた。判っていたさ、そんなこと。今度はどんな化け物が襲い掛かってくるのか、夢の中まで何に追いかけ回されるのか、眠っていても戦わなきゃいけないのかって何度も考えた。
 疑心暗鬼にもなるさ、部屋で休むたびに何かが現れたとなったら。

 ああ、ああ、なんでオレに安息は訪れないんだ?
 連日何者かが侵入していたことは察していた。誰なのかは素人魔術師のオレには判らなくても……。また魔術王の仕掛けなのか、オレはまた眠れないのか、だからみんなにお願いしたっていうのに!
 みんなも優しいからオレの希望を叶えてくれたよな? 何もしないって! マスターらしいことはしないって! だからなるべく一人にしてほしいって……約束したよなぁ!?
 なのに襲ってくるなんてどこのどいつだ!?
 六日分の全魔力を込めたガンドの威力はどうだぁ!?

「………………え? 燕青?」

 耳を噛んできた何者かを弾き飛ばしたところで……若干ハイになっていた気持ちが、落ち着いてくる。
 おそるおそるベッドから降りてみると、ベッド下で……床に這いつくばっている青年が居た。
 ビクビクと痙攣をしていて起き上がれずにいる彼。その特徴的な背中……漢字一文字の大きな刺青……ばらけた長い黒髪……呻く声、どれも相手が燕青であると告げていた。

「ま、ますたぁ……ぅぅ……ひ、ひでえことしやがる……」

 不意打ちの拘束を食らった燕青は、俯せのままヒクヒクしている。
 全身で網に掛けられて、受け身も取ることもできず床に突っ伏したまま。痺れがずっと続いているらしく、顔すら上げようとしない。
 痛くはないけど動けない……逃げることも謝る余裕すらないと見た。あまりにピクピク震えているので、ガンドをかけたこちらの方が申し訳無くなってくるぐらいだ。

「燕青。何しに来たの」

 ……って、『静かに過ごさせて』ってお願いしたのに無断で侵入している燕青は、酷い奴認定してもいいのかな。

「俺は……その、寝ているマスターの身に危険が無いかって……ご、護衛だよぉ……」
「そんなの頼んでない」
「で、でもぉ、必要だろ……? 主が寝ている隙に夢から出られなくなったり、別次元に飛ばされたこともあったって言ってたしぃ……」
「あったけど。じゃあ燕青、なんでオレの耳を食べたの」

 床に伏せて項垂れたまま。
 燕青は数十秒ほど固まり……苦く笑い始めた。

「そ、それは。その場の勢いでぇ……や、やっちまいました」

 伏せた顔からそんな声が聞こえる。
 うん、オレは護衛なんて頼んでない。普通の生活に『護衛としてサーヴァントをつける』なんて無いから断っていた。特異点の話も緊急ではない限りしないでってドクターに頼んである。……しかも寝ているオレに危害を加えてくる奴がいた。
 『その場の勢いで』?
 呆れた。燕青って楽観的な性格だとは思っていたけど、そんな……悪い奴だとは思わなかったのに。

「ま、マスター……? その、怒ってるのかい……ははは、参ったなぁ。で、この痺れ……何とかしてくれる?」
「なんとかって。いつものガンドだよ」
「いつものって、俺は猛獣じゃないんだから受けたことないよぉ。その、解除の仕方ぐらい……」
「解除のやり方とか知らない。いつも時間が経てば振り解かれているなって思っているぐらいだから。……それより燕青」
「……ぅん……?」
「謝らないの」

 伏せたまま震えている燕青に近づき、剥き出しの背中を指でツイーっとなぞる。
 動けない燕青を懲らしめるつもりで、悪戯心のままに指を這わせた。

「んあああっ……!?」

 這わせた、が。
 まさか出るとは思わなかった嬌声に思わず、こちらも固まってしまう。

「燕青。今の声……」
「あっ、あ、謝る! マスター、悪かった! ……だから変なとこ撫でるなよぉ!?」
「変なとこって、ただの背中だよ。いつも出しているだろ、ここ、ここも」
「ひっ……!? ぁ、ぁぁっ、やめっ、ばっ……!」

 動けない彼が、背中を指で弄られるたびに……ビクビクと震える。
 って今、「ばか」って言おうとしなかった? うん、確かに「ばっ」て聞こえた。思わず口を尖らせて、彼の体を俯せから仰向けへひっくり返してやりたくなった。

「ふぁ!? ま、ますたぁ……っぁ、んんんんっ!?」

 実際にひっくり返す。
 で、ただ体をひっくり返すために触っただけでこの反応。仰向けに横たわらせたまま、ひとり全身を痙攣させている。
 顔は真っ赤だ。まるで今にも爆発しそうなぐらい。
 笑ってはいるけど、冗談にならなほどの汗をかいている。
 そんなに拘束魔術が抜群に効いてしまったのか。全身敏感になるぐらい縛りつけてしまったってことか? ……なら、もっと敏感なところを触ったらどうなるんだろう?
 例えば……胸の突起とか。

「ますたぁ!? そ、そんなとこ触ったら……予想ぐらいできるだろ!? こんだけ敏感になってるんだからっ!」
「おしゃべりは出来るんだから、それほど大変じゃなさそうだね」
「あ、謝るから……勝手に部屋入ったこと謝るから……ま、マスター……その手、下ろして……」

 七日分も魔力を込めるとこんな拘束が出来るのか。
 ……そうだよな、なんとなく判ってきたぞ。今までオレってそんな長時間、体を休めたことって無かった。なるほど、それだけ強力なものを温存できたってことなんだ。
 これって休暇の効果はあったってことかな! 静かにそう感動しながら、もう一度燕青を伺う。
 ベッド下に仰向けのまま倒れて何も出来ずにいる彼は……涙目になっていた。
 相当な快感に追い立てられたように。
 不意に、『まな板の上の鯉』という言葉が脳裏に浮かんだ。

「ごめんなさいマスター……一週間……勝手にマスターの部屋に入って、う、うるさくして……すみませんでした……」
「……………………一週間?」

 オレに『許して、懲りたから頼むよ』という目のまま見上げている。
 勝手に入ったこと、失礼なことをしたという反省の言葉を述べている。
 述べているのは判る。判るけど……今、燕青はどんだけの間って言った?
 すぐに何とかする手段を探してきてあげようと思ったけど、ちょっと今のは聞き捨てならないぞ?

「あ、謝ったから……た、助けてくれよ」
「ごめんね、燕青」

 ――それにさ。
 悪さをしたサーヴァントには、きちんとしたお仕置きが必要だと思うんだ――。

 彼の肌へ指を近付ける。
 引き攣った笑みを浮かべた彼が、頭を懸命に振り始めた。



 END



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 /3

「ぃぃっ、いいいぃ……」
「おヘソを撫でられるだけでイイんだ? なんだかおかしくなってきたな。うーん、これって動けるようになっても変な癖が残ったりしないよね? 元に戻れるかなぁ?」
「んぁっ……!? いっ、いやだぁ……ますたぁ、許してくれよぉっ、もうくりくりしないで……!」

 固い床で寝かせているのは可哀想だと思って、ベッドう上へ燕青を寝かせてあげている。
 触るたびに悲鳴を上げたけど、死ぬほどじゃないって本人談だから安心していた。そろそろ拘束魔術を掛けて一時間が経過する。未だに効果は解かれず、燕青はオレに指で擦られるたびにヒイヒイと悶え苦しみ続けていた。
 さすが六日間何もしなかっただけある。充電しきったオレの力は、かの有名な精神緊縛術並みの効力を発揮しているみたいだ。
 難しいことはさておき。仮にも英霊である存在が『一時間も無力化している』って凄いことなんじゃないか?
 一時間も快楽責めを受けて正気でいる燕青も、凄いと思うけど。

「燕青の体って……擦り甲斐があるっていうか。判るかな、こことか、つい触りたくなるっていうか……」
「ぅぅ……やだ……もう、変なのになりたくないっ……!」
「あ、やっぱり変になってる自覚あるんだ?」

 オレのベッドを大の字で占領したまま一時間。
 雑にベッドへ上げたので両手両脚どちらも放り出してしまい、そこから全く動けず一時間。
 オレの指の為されるが儘……抵抗もせずにいるって、さすがサーヴァントの体力と言ったところか。

「一時間経つのに逃げないなんて、燕青も我慢強いなぁ」
「に、逃げられないって言ってるだろぉ! 許してって何度も……ぃ、んぐぅっっ……!?」
「アサシンって対魔力はそれほど強くないのかな? 燕青が生前魔術に関する逸話が無いから余計に効きやすいとか? にしても……こんなに敏感になるなんてどういうことなんだろ」
「マスターっ! 俺はっ! ……人の話を聞かない主が嫌いだ! 必死で頼み込んでるのに無視して身勝手に突っ走る主は嫌で! 悪い主は自分で正したくなるぐらい嫌いで、ね……ぅ、ぅぅぅぅうう……っ!」

 大の字で寝そべる、という名の両手両脚緊縛をされている燕青は、抵抗すらできないままオレの指に犯され声を上げていく。
 何をしているって、首筋や……刺青の花びらの輪郭を指でなぞっているだけ。
 色鮮やかな花々を撫でるたび、ビクンビクンと跳ねる姿。
 なんとも不思議で、綺麗なものだった。……つい何度も続けてしまうぐらい。

「マスター、ますたあ、ぁ、ぁあ……!?」

 顔を真っ赤にして首を振り、出そうになる熱い声を耐えている。
 耐えられている。お仕置きなのだから、多少きつくないと効果が無い。
 この一時間、オレは単調に花を撫でていただけだったが……耐えるようになってきたなら、違う方法に移るとしよう。
 目を瞑って声を殺す彼に不意打ちで、両乳首をキュッと挟んで摘んだ。

「ッッッッッ……!?」

 そんな状態になるとは、と思わずにいられない反応だ。
 通常ならその程度、少し痛いぐらいで済む。
 しかし無理矢理に感度を底上げされたような硬直状態で、一時間も刺激に耐えていた燕青にとって、目を見開いて悶え苦しむ羽目になってしまった。

「ッ、ッッ!?」

 両胸から襲われる快感に震えている。逃げ出そうにも逃げられない窮地に追い込まれていた。
 昂奮と屈辱を全身で堪能していく燕青の体。必死に歯を食いしばって刺激に耐えていたが、

「ッ、い……いいぃ……いくぅ……!?」

 ついには、隠すこともできずにいた下衣を……ジットリと濡らすほどになってしまった。

「あれ、お漏らし? ……ああ燕青、イっちゃったんだ? しかもおしっこじゃなくて、こっちかぁ……」
「……あ……あ……」
「気持ち良すぎたってやつなのかな、アソコは一度も触ってないのに射精しちゃうなんて」
「ぅ……うぅう……ますたぁ……」
「これでさすがに燕青も懲りたよね?」
「ぁ……んっ……。ま、ます……ごめ、ごめん……ごめん……」

 普段だったら粗相をすれば身じろぐなり股間を手で隠すなりするだろう。
 だがそれすら出来ない燕青はふるふると痙攣したまま、天井をボンヤリと見て謝罪を繰り返し始める。
 一時間の刺激に耐えきれず、ぽっこり膨らんだ股間はぐっしょり濡れていた。
 脱がずに射精は気持ち悪いよな、オレだってあまり良い思い出は無い。そろそろお仕置きも許してやろうかと、濡れたそこを拭き取るべく手を掛ける。

「だっ!? 駄目、駄目だって……! そんなとこっ、触ったら、んんっっっ……!?」

 善意で綺麗にしてやろうと思ったのに、燕青は悲鳴を上げて拒絶する。

「いぃっ!? そこはぁっ……! ますたぁっ、ぁ、ぅううんっ……!?」

 下衣を脱がしてやると、元気良く燕青のそれが顔を出した。
 濡れきったそれを拭いてやる。でも……拭けば拭くほどまた違う色を見せていった。

「ゆ、ゆるし……んんんっ、ぐぅぅうううっ……!?」

 胸を弄られ、触れられていなかったのにイかされて。自分で濡らしたモノを綺麗にされたと思ったら、また恥辱の的にされている。
 ……さすがにこれはお仕置きとはいえ、やりすぎたかもしれない。燕青の顔は真っ赤。ずっと頭を振りたくっていたせいで髪の毛を口にしていたり、涙で顔を濡らしていたり。せっかくの端整な顔立ちが台無しになってきた。

「えっと……燕青、生きてる?」
「はあ……あ……ぁぁ……マス……ター……んぅぅ……」
「も、もうやめるよ。これに懲りたら勝手に入ってきて……その、耳を食べたりするの、やめてくれよ」
「ぅ……んっ……マスター……」
「まさか一時間以上ガンドが効くってことは無いと思う。そろそろ動けるようになると思うから……」
「マスター……マスター……」

 汗ばんだ四肢を放り出しながら涙を流す姿を、上から見下ろした。
 精液で濡れてしまった股間。なんとか一通り綺麗にしてあげられている。真っ赤になった体も……きっとあと数分すれば落ち着いてくると思われる。
 申し訳無いと謝り続けていた燕青だが、今度はオレが同じように謝って終える番かもしれない。

 だけど。
 そんなのはいらないと……燕青の涙に濡れた顔が、終演を許さなかった。

「……こんなところでやめるなんて、言うの、ひどすぎるだろぉ……?」

 鼻を啜りながら、彼は今までと相反した言葉を口にした。

 ……そろそろやめておかないと、オレ自身も、元気になってきてしまう。
 今は自制できている。それでも燕青が妖艶な嬌声を上げて吐精した瞬間……体の奥が熱くこみ上げてくるものを感じてしまった。だからそろそろ……。

「燕青。やりすぎたね、ごめん、だからこれで……」
「……さ、触ってくれよぉ……。自分じゃあ……動けないから……」
「でも、もう暫くすれば動けるようになるだろうから」
「今っ、今欲しいんだよっ! あんたのがっ! …………マスターに、触ってほしいんだ! 頼むからっ、俺のぉ……聞いてくれよぉっ……!」

 汗で濡れた燕青は気も狂わんばかりにという声で、懇願してくる。
 苦しい地獄から、快楽地獄へと導いてくれと涙ながらに訴えていた。

 さて、ここで敢えて手を出さないのがお仕置きになるのか。
 それとも恥を胸に誇りを捨て哀願する姿は充分に罰になっているか。
 ……それにしても、燕青ってそんな声も出せるのか。
 イかせれて、焦らされると、そうなるんだ? ……なんだか毎晩夢の中で聞いていたような声と同じで、安心してしまう。……あれ、安心? 一週間無断で入り込んでいたことを腹を立てたオレは一体どこに……?

「マスター、お願いだ、情けを、どうかぁっ……」

 未だに視えない鎖で全身拘束された燕青は、四肢を揺らして強く求めてくる。
 悦び悶えている鮮やかなその体。焦らさないでくれと叫び散らしてまで、オレを欲するその声、その言葉。体の奥がジンジンとする。ああ、もう、仕方ないなぁ。燕青の揺れる花々をじっくりと眺め、そして必死の訴えを受け取ろうかと迷った末に――――。




 今度こそ本当にEND

俺の言葉が届かない。従者の声を聞かない主は悪い文明、破壊する。だがしかし新宿のアサシンには難しい問題だった。毎日コツコツAPを消費してきた主、ログボ勢となる。
話としては1作ですが、どうしても元の愛らしさを台無しにしたくないという気持ちとイタズラな2人が好きだと終わりどころに迷ったので、3つ分のラストがある仕様。
「/1」までなら、シリアスエンド。「/2」までなら、ギャグエンド。「/3」までなら、ハッピーエロエンド。主人は傲慢なぐらいがちょうどいい。
2017.4.7.