■ 「 優しさを、俺自身へと、向けてほしくて 」



 /1

 マスターの部屋には静かな音楽が流れている。疲れた体と心を癒すために適当に奏でられているどこかの国の音楽は、何の持ち上がりもない、空白の寂しさを思わせるものだった。
 こんなものどっかの音楽家が聞いたら憤慨するのか、それとも「存在感を極限まで殺した音色だ」と逆に称賛されるのか。掴みどころのない音色に最初は首を傾げるしかなかった。
 その音色が体に染みついてしまうぐらい今は、無いと不安になる。

「んんんぅ……んんぅっ、んぅっ! むぅうぅぅっ……!」
「燕青? もしかして音楽と一緒に唄っているつもりなのかな、それ」

 確か白かったベッドに寝かされて、目隠しをされ、猿轡もされて突っ込まれて数時間経った今となっては、耳に入ってくるものが無ければ不安で不安で堪らない。
 視界はきつく奪われているので真っ暗だ。両腕は頭の上で括られていて、目隠しを取ることもできずに相当の時間が経った。暗闇の中に放置されてもうどれくらい経った? 足をM字に縛られて、剥き出しのアソコに変なよく判らない震える物を付けられて、ケツの穴にも暴れる何かを突っ込まれて、喘ぎ声しか出せずにもう何時間?
 流れる音楽に合わせるつもりはなくても声が出る。完全に封じられた身動きの中、身を揺らして快楽を唄う。喘いで反応を示さなければ、マスターは何も言ってくれない。暗闇の中で放置されないようにするためには、ひたすら喘いで何か喋ってもらうしかなかった。

「んんんっ! ぐうううぅんっ! んんぅうっっ……!」
「燕青の体、汗でびっしょりだよ。ああ、なんだかここの花が……雨露に濡れているみたいで綺麗だ」
「んんっ! んんんんっ……んんぅーっ……!」
「そんな景色、もう暫く見てないけど」

 マスターの幼い指が、刺青の花をなぞる。
 熱く反応してぐっしょりと汗で濡れている体を弄られた。脇腹を下から上へ、汗を拭いとる指は次第に胸へと上がり、ぴんと張った突起を弾く。
 反応してしまって惨めに身を捩る。縄ぐらい力づくで解くこともできると高を括っていたが、この少年相手には叶わなかった。
 彼の手に刻まれたものはたとえ口で命じなくてもサーヴァントを服従させる力を持つ。契約を切らぬ限り、マスターに牙を向くのは強い対魔力の持ち主でなければ不可能といえた。
 それに、俺は本当にマスターを殺すほど刃向う気は無い。
 結果、柔らかい拘束でも俺は雁字搦めに結ばれ、無抵抗に弄ばれるようになってしまっている。

「あれ、ローターの電池が切れかけてる。ごめん燕青、ちょっと待って」

 俺の乳首を突いて遊んでいた彼は、今度は道具に翻弄されている性器に指を這わせた。
 性器を覆う薄いゴムの中には長時間稼働した道具が二つ挟まっている。元気を無くしたそれが抜き取られた。直接的な刺激を受けていた場所が解放され、呼吸を整えようとするが、無作為に暴れ回るケツの穴の動きは止まっていない。

「ふぅ……んんぅ……んんんっ……」

 今度は後ろにだけ意識が集中してしまう。
 桃色の瓶の薬と共に挿入されたアナルバイブがもっと痴態を曝け出せと唸っている。ヴヴヴ、ヴヴヴヴと動きを変えていった。
 こちらの音も、部屋に流れている音楽と合わせる気の無い無機質なものだ。耳から入る静かな音楽と、体の奥から感じる機械の音。容赦ない快楽の音色に体を逸らす。

「ん……んんんん……ぃ、ぃぐぅっ……!」

 声は涸れかけていた。気が狂いそうな限界の壁が見えている。
 足は閉じることは許されず、刻まれた花をより濡らして、龍すら涙させて、痙攣。
 奥を刺激され続けた快感が蓄積し、小刻みに絶頂へと導いていく。慈悲は無く道具が奥のいいところに当たって、発情しきった体を破裂させようと追いやっていった。

「駄目だ。燕青、イくんじゃない」
「……ッ……!!!」

 ギンと、真っ暗だった視界が真っ白に燃える。
 体が視えない鎖で縛られていった。時が、流れる血が、何もかも止まる。同時に、登り詰めた絶頂感も停止した。
 発情しきった体はそのまま。イキたくてもイケない状態で固定されてしまう。

「ッ……! ッッッ……!!」

 声も出ない。
 また、止められた。
 そして最初に戻る。機械音とマスターの声だけに縋って体を揺らす状態に。

「ほら、新しい電池に入れ直したよ。これでもっと唄えるね」
「ッッ! んっ……んんんんっ!?」
「歌とか踊りとか、こういうこととか、好きで得意だって言ってたよね。もっと見せてくれていいよ。はい」

 敏感な場所に震える小さな物を押し付けられる。淫具を繊細な箇所に括りつけられ、ダイヤルを最強にされる。
 けれどどんなに強大な快感に襲われても決してイカせてもらうことはできずに、焦らされた。
 出したい。射精させてほしい。イきたい。イかせてほしい。イかせてください。そう叫びたかった。
 そもそも最初からマスターによる魔力の神経改良で性感が限界までいじくられていた。またよがり狂わされる。何回も何十回も射精したい地獄に突き飛ばされているというのに、限界の一歩前で踏み止まるように命じられて。
 我慢なんてもう出来なくなっていた。横暴を続けるマスターを抑えつけたいとも思えた。だが、殺したいとまでは思えなかった。体の底で欲しいと欲している自分がいたからだ。
 だから本当に抵抗に至れずにいる。そのせいで縄から解放されることも出来ず、不格好に腰を動かして喘ぐだけになっていた。

「ぃぃ、ぅんんんんんん……!!」

 目隠しの布の下で瞼を開けた。真っ暗だと思っていた視界は真っ白に染まって、ゆっくりと黒へと戻っていく。
 また気が狂いそうになるぐらい気持ち良くしてもらえたのに。イけそうだったのに。イけなかった。イカせてほしいのに。イかせて。どうして……。
 強制的に気持ち良くされても求めた終わりが来ない。ああ、まただ。尻の中もぎゅうっと詰まったアレを咥え込んで悦んでいるのに。前だって全身真っ白く濡れたいぐらい元気なのに。涙を流してイかせてくれよって叫びたいのに……!
 主は、聞いてくれない。
 主人が満足するまで気絶することも死ぬこともなく、常に大声で叫び続けるしかなかった。



 /2

 何故マスターの部屋には常に音楽が流れているかというと、スタッフが言うには「部屋で一人でいると寂しいから、音楽が聴きたい」とマスターから提案されたかららしい。
 マスターにも寂しいってことがあるのかい。新参者としては当然尋ねた。だってその言い方だと『マスターには空虚があり、それを埋める必要がある』のだと聞こえるもんだ。
 何気なく訊くと、その場に居たスタッフは皆複雑な顔をする。

『藤丸立香から突然申し出されたのです。本人から、部屋で一人でいるとき気を紛らすために曲を流してほしい、と相談を受けまして。BGMを流すだけですから、私らも拒否する理由が無く……』

 なのでただいま実践中だとか。
 言うべきか、言わなくてもいいことではないか。顔を見合わせて、何も知らない俺に話しても問題無いと判断し、口を開いていた。

 ――なんだか騒がしい、それでも邪魔にならない静かな音楽。どっかで聞いたことがあるような、聞いたとしても忘れてしまいそうな、雑多な音楽。それがずっと部屋に流れている。
 少なくとも俺が生前に聞いていたものではない。どこの国のものかと与えられた知識の中で巡ってみたが、近代であるということしか判らず、そうこう考えているとまた俺は道具で喘がされることになった。

 立たされ、後ろから抱き締められ、目隠しを取られる。
 久々に拓けた視界の先に映っていたものは、自分の……鮮やかな色の裸体だった。ケツの穴に刺さった物は抜かれないまま、バスルームの全身鏡の前に立たされている。

「オレが、燕青を独り占めしたい」

 相変わらず口には猿轡を噛まされていた。後ろ手に縄で結ばれ、性器は剥き出しのままぶら下がっている。主は後ろから俺を抱いている形で、そんな俺の全身を見つめていた。

「燕青を独り占めしたい。そう思って今日一日、燕青の声を聴いていた。でも見るなら……燕青も一緒に見ようと思って」

 鏡越しに見る少年は、幼く笑う。
 元からガキっぽい顔をしていた。酒が飲めるようになっても暫くは勘違いされるぐらいだ。だっていうのに、俺の体を弄る手は一人前だった。

「燕青は『黙っていれば色男』って言ってたけどさ、オレはいつも、どこを見ても綺麗だと思うよ。いつ見ても、どこから見ても」
「んっ……んぅっ……」

 後ろから伸びた片手が性器を掴み、擦られる。
 もう片方の手がケツに刺さった玩具の頭に触れた。立たされて排出されかけていた物を、ぐいぐいと押し込んでくる。そのうち起動スイッチを押され、また俺の中を刺激するのだろう。そのために中へ中へと進めていった。

「ぁ……ああ……んぁああ……!?」

 両手は後ろ側で縛られているものの、両脚は健在だ。
 マスターを振り返りざまに蹴る。そうすりゃただの人間である彼は、壁の先まで吹っ飛ぶだろう。それぐらいの力なら残っている。
 出来る。可能だ。そう思うことは思うが、次第に自分から中腰になって、ケツに刺さるものを強請るように体を揺らしていた。
 たとえ自分の目に卑猥な格好が映ったとしても、まだ一度も絶頂に導かれていない体は、ラクになる方を優先していた。

「燕青の髪の毛、凄く綺麗だ。ブーティカやマリーが褒めていたよ。戦闘中に揺れる髪が綺麗だって……まあ、あの二人は人を褒めるのが得意だけどね。燕青と同じで」
「んんっ……うううぅ……」
「俺も二人と同じことを思ったよ。初めて会ったときから」

 ぐりぐりと中へ突っ込もうとしていた手が、髪の方へと移動する。
 もっと突っ込んでほしいのに止められて、余計に俺が腰を押し付けるようになった。
 へっぴり腰で格好のつかない姿が鏡に映る。見ていたくないと思ったが、同時に鏡の中で映った主の顔に……思わず釘づけになってしまう。

 愛おしげに俺の髪を手に取り、唇に運んでいる。
 たったそれだけの仕草なのに、じゅくりと中で何かが熱くなってしまう。

 直接責められた訳でもない。卑猥な言葉を浴びせられたのでもない。なのに幸せそうに髪へと口づける姿に微かな興奮を覚えてしまった。
 そう、興奮だ。主に対しての。
 今までの快感は、機械で無理矢理押し付けられたものだった。敏感なところを責め立てられ、蓄積したまま発散できずにいたもの。今の興奮は、主に向けてのものだ。
 優しく口付ける姿に、どうかその優しさを道具に頼ったものではなく……俺自身に向けてほしいと思ってしまう。

「んっ……」

 俺は思わずその場に膝をつく。そして受け身なんて取らず、そのまま上体を横たわらせた。
 俯せで崩れ落ちた視線を少し上げれば、腰だけ主に突き出している俺の姿が鏡に映っている。結ばれていない黒髪がバラバラに散り、それでいて腰を上げていることで背中の刺青が全て見えた。

「欲しいのかな、燕青……?」

 そこに刻まれた文様も、何もかも。俺が背負っているものを晒す。そんなことまでして情けなく腰を振っている姿も、全部見えていた。
 尻の中を蹂躙する物を抜こうと彼が動き出す。手を添えた。でもそこで止まった。

「……オレもね、欲しかったんだ、燕青のこと! 嬉しいよ、だってずっとずっと欲しかったんだから!」

 甘い言葉だ。甘ったるくて単純でウブな奴だったらコロリとイってしまいそうなぐらい理想的な一言。
 しかしそうは言いつつも、臀部を撫でながらも主はそれ以上のことをしない。
 俺がどんなに欲しい欲しいと腰を動かして呻いているというのに。何故かそれ以上の施しを……主自身がしてくれることは無かった。



 /3

 藤丸立香。世界を一度救ったことがある天下の魔術師様。
 数ある時代を冒険し、多くの出会いを、大切な人との別れを経験してきた少年。彼のもとに集結した英雄達と肩を並べることだってできる。それほどの名誉を彼は持っている。
 けれど、その正体はまだ酒も飲めない子供だ。数えきれないほどの栄光を手にしていても、寂しくて眠れなくったっておかしくない少年だ。
 若いが良い人間。出来過ぎているぐらいだ。名誉もある、実力は乏しいがやり遂げた実績はある。正義感もあって、顔は……平均だが悪い訳じゃあない。
 そりゃあさぞモテてモテて困りものだっただろう! ……と来たばかりのカルデアで酒宴中に口にしたら、あの荊軻が複雑な顔をして黙ってしまった。酒で愉快になる彼女が、素面に戻るまでして。

「彼はある日突然、誰も自分のもとへ近寄らせなくなった。それまでは、マスターの部屋には誰かしらが居た。居なかったときは無かったぐらい賑やかなものだったよ。……変化は、判りやすかった。世界を救う大仕事をして、青空の下の雪を踏みしめて、皆で宴を開いて笑い合っていたのに……外から次々と問題を吹っかけられて、ただでさえ大事なスタッフが欠けて傷心中だったところに新たな特異点だ。お前さんが居たところでは戦闘続きで疲れたらしく、『出来れば一人でいてほしい』と彼とは思えないことを言われた。さすがにこれには全員驚いたさ。彼の心中を思えば、すぐに納得できたがな」

 お前さんがいたところ、と言われたが……新宿の出来事なんて、全てが終わった後にカルデアに召喚された俺には判らない。けど話の腰を折らずに聞き入る。
 切なく彼女は何も知らない俺へ語ってくれた。
 言葉通りの話だ。藤丸立香は明るい人格者ではあるが、ある日、一匹狼になった。共に酒を飲んでいた連中も、同じような顔をして語る。
 マスターが自分の部屋に人を入れなくなったのは寂しいが……仕方ないことなんだ。そう皆は語った。

 どうして。問い質すと荊軻は淡々と語り始める。
 スタッフもサーヴァントも、全員が藤丸立香を信頼していることを。けどそれと同時に、後ろめたさも感じていることを。
 だって一人の少年に重荷を背負わせてしまったのだ。何も知らない一般人だった彼に。しかもそれを彼が達成してしまった。それがどれだけのことか……。彼が素直に『一人にしてほしい』と言ったことで、ようやく思い直されたという。

 無事世界は救われた。悲しい別れもあったが、大勢が笑顔になって旅が終わった。
 けれど問題は続く。新たな特異点、次々現れる強敵、一般人の世界には帰れない存在になってしまった少年。
 彼は大切な存在だ。信頼できる存在だ。彼の身に何かあっては困る。潰れては困る。機嫌を損ねてしまっては困る……。
 藤丸立香のことを大切に想うあまり、彼の行動は第一に考えられ、そして皆は離れていた。

 俺は……藤丸立香がカルデアの中心人物になってしまった当時を知らない。とても大変な事態だったとしか認識できない。
 全てが終わった後、変化した藤丸立香の従者として仕えた俺には……頷くことしかできない時間だった。



 /4

 召喚されてまだ三日。人格者であるマスターの自慢話をされたのは昨日。さて、ろくにマスターのことも知らぬ俺の地獄は、まだ継続していた。
 鏡を背にして、逃げることもできずに責め立てられる。背にした鏡に結ばれた両手を押し付けて腰を下ろしている俺は、足を広げて主の体を迎え入れようとしていた。

「んんんんぅ……! んんんんんん……ぅうぅぅんんん……!」
「さっきよりも声が大きくなった。燕青って、こうされると気持ち良いのかな? ローター二つもお尻で食べて、その上バイブでゴツゴツされて……」
「ん……ぐぅ……うううううっ……!?」
「気持ち良いんだ? ごめん、実は……男ってどう気持ち良くなるのか自分でもよく判ってない。でも……おちんちん、触れてないのにピンピンだし、俺のやってること……正解だよね? ぜんりつせん……とか、えす……けっちょう……? とか? 調べてみたけどよく判らなくって」

 解けた髪を振り乱して、唸って懇願している。
 でも口は猿轡で塞がれているので主へ願いは届かない。足を開いてどんなに待っても、彼はバイブの電源を入れて穴の中を行き来させるだけ。中の壁をずりずりと刺激して悶えさせてはくれたが、彼自身を貰えることはなかった。

「けれど、燕青に出会って……こういうの好きかなって思って、勉強したんだ。好きそうだった……って言ったら怒る? あ、怒るか。ごめん。でも……第一印象が『こういうことに明るそうな人かな』って」
「んぁ……んぁんんんぅ……! ぁぁんんんっ……!」
「それに、一目惚れしちゃった好きな人には最高の想いをさせてあげたいしさ」

 照れ隠しの笑みを浮かべながら、責めを止めない。快楽をずっと与え続けられている。
 面と向かってやっていたが、まったくさっきの時間と変わらなかった。目隠しをされていないだけで、道具で翻弄されるのとまったく同じ。
 同じだから、最大限気持ち良くされるのも同じ。おかしくなるぐらい責め立てられるのも同じ。そして、

「おっと、駄目」
「ッ……!!!!」

 イきまくる前に肉体の熱を強制終了させられて、全身痙攣していても何も発散できないまま、イけずに快感が残るのも同じ。
 息が出来ないぐらいだ。塞がれた口から呼吸するのが億劫だった。逃れようとしても後ろは鏡で体が滑り、抵抗しようにも欲しがる体はマスターへ危害を加えることを許してはくれない。霊力によって縛られた体は逃げることも、達することもさせてくれずにいる。
 じゃあ足を開いて主を導こうと必死に誘惑しても、『目を見開いて笑った』って何もくれない。
 それどころか、『そんな俺の姿を見て』主はとても愛おしそうに微笑む。

「燕青……今更だけど、俺のところに来てくれてありがとう。また会えて本当に嬉しい」
「ッ! ……ッッ! ッ……!!!」

 猿轡の隙間から流れる涎を、主の指が掬う。
 顎に触れ、首筋を撫で、それだけで……全身性器になったかのように改造された俺は、またイきかけた。
 もちろんその一瞬を魔力の拘束は見逃さない。
 イきかけてもそのまま。イかせないまま快楽を続けさせる。

「それ。その顔」

 一度、俺の中にしまわれていたバイブを引き抜かれる。
 醜悪な突起が至るところに生えたそれは、熱のこもった臭気を漂わせていた。解放されると思ったが、それも一瞬。
 主はただ俺の壁面を甚振りたいだけで、また俺の中へそれをしまった。
 そして引き抜く。ずぷ、突き刺し。ずぷ、引き抜く。ずぷ、ずぷ……ずぷ、ずぷ。目を限界まで見開きながら、激痛と悦楽に喚き散らした。
 同じように喚いているうちに……下半身で起こされていることしか考えられなくなってしまった。視界も奪われていないのに、目の前には俺の裸体を眺めているマスターがいるのに、同じみたいに、ずぷ、痛い、のに、ずぷ、ずぷ、痛い、痛いよ、ずぷ、のに、ずぷ、いい、って、いい、いいのに、痛いのに、感じて、馬鹿になった頭が感じ出して、いい、イく、イけないな、なんで、イ、いい、いいよ、なんで、ずっとズボズボされて、ちんこ突っ立ってて、中をぐりぐりされて、擦られて、ぐちゅぐちゅってされておかしくされていってイイのに痛いのにイけるのにぞくぞくってイきすぎてそれしか考えられなくなるぐらい責め立てられているのにどうしてまだイきたいのにイかせてくれないイくイきたいイクイくイくイイイイいクいいイっちゃぁ――!

「ずっと見たかったんだ」

 同じだから、さっきの時間とまったく同じことをしているから。どんなに俺が主に懇願したっていいよって喘いだところで聞いてくれやしない。



 /5

 マスターを好きになったキッカケは? 優しくされた、それだけだ。
 多くに信頼され、英雄を友のように接し、傲慢に扱うことなく突き進む理想の善。俺には眩しすぎる存在が、話し掛けてきてくれた。そう、俺はたったそれだけでマスターに惚れてしまったんだ。
 でも好かれる自信など無かった。俺は強いが、世界に轟かせた名ではない。マスターの周りには世界を救った大英雄で溢れている。俺は新人、下っ端、どこかの世界の一登場人物……もしや自分は何も出来ない……仕えた主に何もしてやれない……? いいや、何かは出来る筈。
 例えばマスターが誰にも頼めないようなことを。誰にもしたことないことを。誰にもさせたくないようなことを、俺が。俺だったら。

 ――セックスには、あまり良い思い出が無かった。
 けど自分は何にでもなれる。商売女でも。見世物の子供でも。どんなことでも主の為ならやってみせるかつての俺にでも。俺なら、全部再現してみせる。どんなことでもいい。役に立てるなら。俺は、主の為に。



 /6

 どっかで聞いたことのあるような静かな音楽が流れている。

 サーヴァントってものは便利な体だ。どんなに傷ついても魔力を送れば修繕される。血まみれ傷だらけになっても元通りに修復されるぐらいだから、ケツの穴がガバガバになっても元通りにできる……と思う。
 主の香りがするベッドで目が覚めて、聞こえたものはよく判らない音楽のみ。俺を苛む機械の音も、口から自然と出てしまう俺の悲鳴も、マスターが俺を責め立てる言葉も無い。
 改めて部屋に流れる曲に聞き入る。
 小さな音量で流れてはいるが……はっきり言って、雑な音だった。
 おそらくはマスターが生まれた国で……街中で流れていた曲だ。人の多い街中で流すような、もしくは人が集まる愉快なパーティー会場で流しているような……大衆向けの騒がしい曲。静かな音楽とずっと思っていたが、ただただ音量が小さいだけで、歌詞も俗物で上品の欠片も無いものだった。
 始めは、藤丸立香という少年が生まれた国の音だし……ホームシックになって流してくれと言っているのだと思った。家に帰れず重責を負わされた子供だから。カルデアに居る連中はそう思っているだろう。
 けど、それは違うんじゃないかと俺の中に生じる。
 記憶に無いが知識はある。この音楽は、藤丸立香が過ごした日々とは少し時代が重ならない。たった数年の違いだから些細なものだとしても、彼には『1999年の新宿に流れていたもの』に固執する理由があるだろうか。

「アサシン。……イけなかった後にイきまくったのは、どうだった?」

 主がベッドに腰掛ける。真名ではない呼称で俺を呼んだ主は、シーツにくるまっていた俺の頭を撫でた。
 気が狂いまくった俺だが、記憶が飛ぶまでマスターに相手をしてもらったということだけは覚えている。
 散々イかせてもらえなかったのに、ふと気付けばマスターと重なり合っていた。どうしてとか何がキッカケだったなんてあのときは考えず、無我夢中に快楽を貪って、果てた。

「凄く綺麗だったよ、アサシン。必死な顔で、いいよいいよって甘えた声を出して……大好きだよ」
「主。俺の名前、燕青って名乗ったよな」

 主の顔が、一瞬強張った。

「……………………。ごめん、つい」

 謝罪を繰り返し、笑う。
 龍が刻まれた右肩にそっとキスをして、ベッドから離れる。
 どこに行くという訳ではない。ただバスルームにタオルを取りに行った。それだけ。でも遠くに行ってしまおうとする彼。止める手は間に合わず、離れていった。

「……ああ、そうかよ」

 彼が戦いは、七騎が一体ずつ召喚される聖杯戦争じゃない。彼は……幾多の英霊達を束ねて戦うという超イレギュラーの魔術師様。その筈だ。
 このカルデアにはアサシンクラスのサーヴァントは大勢いる。酒を注いでくれた先輩の荊軻だけでなく、大勢だ。暗殺者という陰の従者ではあるが、皆で世界を救うために冒険したと何度も聞いたじゃないか。
 だから俺一人しかいない部屋で『アサシン』と呼ぶのは、それ事態に意味があることに他ならない。

 カルデアに召喚されて、まだ三日目の俺。
 優れた人間であり信頼され愛され大切にされ、不満を述べる者がいない彼。
 ろくにマスターのことも知らず、時代を駆けて共に戦ったこともない俺。
 ある時代を渡り歩いて、人が変わったと言われる彼。
 1999年の新宿のことなど知らない俺。
 1999年の新宿に固執する彼。

 昇華された特異点のことなど、記憶に無い俺。
 『また会えて』『一目惚れ』『ずっとずっと欲しかった』『その顔、ずっと見たかった』『アサシン』と口にする彼。

「……そうかよ、なるほどなァ。騙された」

 ――シーツを握りしめ、一人、顔をうずめる。
 確かに、好かれる自信など無かった。でもそんな自分を誰も呼ばなくなった部屋に呼んでくれた。過去を知らない後腐れない関係だからと納得すると同時に、歓喜したのを覚えている。
 例えばマスターが誰にも頼めないようなことをしたっていいって思った。どんな姿になっても仕えてやるって豪語したら、「そのままでいいからベッドに来て」って言ってくれて、それもまた歓喜したのを覚えている。

 だから『どんなことでもいい、役に立てるなら』と、あのときいだいた決意のために今の自分を押し殺す。
 可能だが……それにはもう暫く時間が掛かりそうだった。

 だって、まさかかつての自分を再現しなければ愛されないなんて、誰が思っただろう。

 シーツに涙を流しても、きっとあの主は気付いてくれない。




 END

新宿クリアー後、カルデアに初召喚された新宿のアサシンが訳ありぐだ男と拘束+道具プレイでスケベする。春コミで出したぐだ新殺本のとある一節で、別パターンを書いてみたいという欲望を叶えました。新宿の、新宿のアサシンが見せる、あの顔が好き。
2017.3.21